22.私にはわからない

「学園へ報告に行きます。あなた方も同行してください」

「……え?」


 監視が始まって五日目の朝。

 珍しくノックされ起こされたと思ったら、ジータからついてきてほしいと言われた。


「報告だよね? 何で僕たちまで一緒に行く必要があるの?」

「私が目を離した隙に何かが起こらないようにです」

「ああ、そういうこと。ちょっと待っててくれるかな?」

「はい」


 閉めた扉を背にして、僕は小さくため息をこぼす。

 手伝いが休みの時は、師匠とのんびり過ごしたり、一緒に買い物をしたり。

 楽しく過ごせる時間だったのに、今ではそれも制限される。


「仕方がないか」


 僕は師匠の枕元へ近づく。

 まだ眠っている師匠は、すぅすぅと寝息を立てている。

 気持ちよさそうだし、可愛い寝顔だ。

 ずっと見ていたいけど、外でジータが待っている。


「師匠」

「ぅ……う~ん?」

「すみません師匠、寝ていることを起こしてしまって」

「どうしたのぉ?」

「実はジータに、学園へ同行するようお願いされまして」

「ふぇ~そうなんだぁ~」


 師匠がふわふわしている。

 完全に寝ぼけている。


「師匠は待ってますか? そう長くかからないと思いますけど」

「駄目だよぉ~ フレイと一緒が良いぉ」

「し、師匠?」


 寝ぼけながら師匠が僕の腰に抱き着いてきた。

 稀に寝起きの師匠は子供みたいに甘えてくることがある。

 僕にとっては世界中に彼女の可愛さを叫びたくなるほど喜ばしい出来事だが……


「い、今じゃないですよ師匠」

「ぅうん?」


 上目づかいで僕を見る。

 

 ああ、駄目だ。

 こんなに可愛い師匠を見せられたら、抱きしめずにはいられない。

 外で怖いジータが待っているか、もうどうでも良い。


「師匠!」

「ひゃっ、フレイィ」


 小さな師匠の身体が全身に感じられる。

 抱きしめている間こそ、僕にとって至福の時間だ。

 このまま時間が止まれば良いのに、とか思ったこともあるくらい。


 しかし残念ながら時間は動いていた。

 中々出てこない僕たちを心配……もとい疑って、彼女が扉を開けることは必然だっただろう。


「何をしているのですか? いいかげん出発……」

「……はっ!」


 ようやく師匠の目が覚めた声が聞こえた。

 肌で感じられる体温が高くなって、顔が真っ赤になっている。


「はぁ。駄目とは言いませんが、人を待たせてまでイチャつかないでくださいね?」

「はい。ごめんなさい」

「ぅ、うぅ……」

「私は外で待っていますので、五分以内に来てください」


 バタンと扉を閉める。

 二人きりになったところで、師匠の恥ずかしさが爆発する。


「もう! なんでちゃんと起こしてくれなかったのさ!」

「だ、だって師匠が可愛すぎるから」

「君は大体そればっかりじゃないかぁ!」

「いつも師匠が可愛いんだから仕方ないですよ!」


 言い争いの声は、たぶん外まで聞こえていたと思う。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 扉を閉めたジータは一人、店先に顔を出す。

 すると、掃除をしていたフローラと目が合った。


「おはようございます」

「お、おはようございます……」


 フローラはジータのことが苦手な様子。

 何かされたわけではなく、単にピシッとしている彼女が怖いからだ。

 ジータも彼女の様子から、苦手に思われていることは察している。

 それもあって、二人はまともに会話したことがない。


「フローラさん、でしたね?」

「は、はい!」

「お聞きしたことがあるのですが」

「な、何でしょうか?」


 ギャーギャーと二人が言い争いをしている声が外に漏れていた。

 可愛いからどうとか、恥ずかしいセリフも聞こえる。


「……あの二人はいつもああなのですか?」

「え、あ、はい。いつもです」

「そうですか。すみません、聞きたいことは別です」

「は、はい」


 ジータは改めてフローラに問う。


「フローラさんは、あの二人をどう思っていますか?」

「ど、どうって?」

「……彼らは魔術師ですよね? フローラさんは非魔術師ですから、二人から嫌なことを言われたりしなかったですか?」


 魔術師の一部は、非魔術師を見下す傾向がある。

 魔術が使えないなんて、人間として劣っているからだと。

 騎士である彼女も、そういう心無い言葉をかけられたことが、あるのかもしれない。


「そんなことありませんよ」

「本当にですか?」

「はい」


 オドオド話すことが多いフローラが、これにはハッキリと答えた。


「フレイ君は、優しい人ですから。アルセリアさんも」

「……そうですか。無粋なことを聞いてしまったようですね」

「い、いえ……あのジータさんは……魔術師のこと、嫌いなんですか?」

「……私は――」


 店の扉がガチャっと開く。


「お待たせ」

「五分ギリギリだけどセーフだよね?」

「……はぁ、すみませんフローラさん、私たちは行きますので」

「は、はい。お気をつけて」


 回答はせず、ジータは歩き出す。

 その後ろにフレイとアルセリアが続く。


 私には……わからない。

 彼女は本心から、二人のことを信頼していた。

 魔術師にとって、私たちのような非魔術師は差別の対象だと……そう思っていたのに。

 この二人は違うというの?

 だとしたら、私は一体、何を信じればいいのですか?

 

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