第二章
26.友達って何ですか?
ベッドに脱ぎ捨てられた服。
窓から差し込む日差しの眩しさで、少しだけ目が痛い。
「どうですか?」
「うん。良く似合ってるよ」
師匠は魔術学園の制服に着替えた僕を見て、ニコリと微笑んでそう言ってくれた。
自分が映った鏡を見るより、師匠にそう言ってもらえる方が自信がつく。
ふと、時計の針に目を向ける。
午前七時三十分。
「そろそろ行かないと」
「うん。入学式から遅刻なんて格好悪いからね。急いで出発しよう!」
「何で師匠のほうが張り切ってるんですか。入学するのは僕なんですよ?」
「えっへへ~ 実は私、学園とか通ったことなかったかさぁ~ ちょっと楽しみなんだよ」
師匠が生まれた時代には、学校もなかったのだろうか?
いや、単に師匠が特別すぎて、誰かから学ぶ必要もなかっただけだろう。
「フレイは楽しみじゃないの?」
「うーん……普通ですね」
「えぇ~ せっかくの学び舎だよ? 同年代のお友達もたくさんできるかもしれないんだよ?」
「別に要らないです。師匠さえいてくれれば良いです」
「ぅ……嬉しいけど、私は君の将来が心配だよ」
「心配いりませんよ。師匠のことは、必ず幸せにしますから」
「そういう将来じゃないから!」
ちょっと声を張ったツッコミの後で、師匠は小声で「ありがとう」と口にした。
照れて顔を赤らめている師匠は何度見ても可愛い。
入学式とかどうでも良くなる。
「どうでも良くはならないでよ」
「平然と心を読まないでください」
「君の考えてることなんて大体わかるよ」
師匠はやれやれと身振りをする。
「雪山で引き籠ってた私が言っても説得力ないけどさ。友達くらいは作っておいた方がいいよ?」
「……フローラとジータがいますよ」
「二人だけじゃないか。しかもジータは友達じゃなくて監視役でしょ」
「似たようなものでは?」
「全然似てないから。君は友達を何だと思ってるのさ」
僕は少し考えて……
「……何でしょうね?」
わからなかった。
改まって聞かれると、友達って何だろう?
「師匠はわかるんですか?」
「え、そ、それは~ わかるよ」
「へぇ~ ちなみに何です? 参考までに教えて頂けると」
「う……そ、それも学園で学んできなさい!」
逃げた。
答えられなくて逃げたな。
師匠可愛い。
「と、とにかく! この機会に友達は作っておきなさい!」
「えぇ……」
「そこまで嫌がること? ほら、男同士趣味の合う友達とかいたら楽しいよ?」
「趣味の合う男友達……」
僕の趣味って何だろう。
趣味……趣向、好みのことか。
僕の好みは師匠で、師匠以外どうでも良くて……つまり、僕と趣味が合う男ってことは、僕と同じように師匠のことが好きな……
「どう? そんな友達なら」
「敵ですね」
「何で!?」
「そんな奴いたら戦うしかないですよ」
「どうしてそうなるのさ! じゃ、じゃあほら! 可愛い女の子と知り合いになれるかもしれないよ?」
師匠は必死に友達の良さをアピールしてくる。
でも師匠……
あの夜の出来事が脳裏に浮かぶ。
「それを師匠が言いますか」
「え?」
「……無自覚ですか? それとも、僕が他の女の人と一緒にいるのは嫌だ、は嘘だったんですか?」
「え、あ、嘘じゃないよ! 嫌だけど、でも友達は作ってほしいし、そ、それに……」
「それに?」
師匠は恥ずかしそうに、お腹の少し下あたりに触れる。
あの夜と同じ表情で、僕のことを見つめる。
「もう安心かなって」
「師匠……まさか子供が――」
「出来てないよ! まだそんなにしてないでしょ!」
「そうですね。まだそんなにしてませんね。ホッとしました」
割と本気でホッとしている。
「さっきのセリフをあの手の位置で言われたら、誰だって誤解すると思いますよ」
「い、いやだって、他に表現のしようが……」
「表現ですか。一体何を表現しようとしたんでしょうね」
「そ、それはほら……わ、わかるだろ! 君のがあれで、中に、って何言われるんだよ!」
慌てふためく師匠を見ていると、何だか心がチクチクする。
もっと有体に言えば……可愛すぎて興奮する。
これは良くない気がしないでもないが、可愛い師匠を見ていたい衝動が溢れ出る。
やり過ぎると怒らせてしまうから、何とか抑えなくては。
「まぁ、でも、そうですね。確かに友達くらいは作ったほうがいいかも」
「え、わ、わかってくれたの?」
「はい。将来、子供が出来た時のことを考えたら、やっぱり必要なのかなって思いました」
「そっかそっか、君もようやく将来を見越し……え? なんで子供?」
「いやですね? 僕と師匠の間に子供が出来たとするじゃないですか?」
「う、うん」
「自分の父親に友達がいないって知ったら悲しむかなって思ったんですよ。あと変な虐めにあったりとかしたら嫌じゃないですか」
「な、なるほど……」
師匠は微妙に首を傾げて納得したような顔をしている。
戸惑い半分、恥ずかしさ半分といった様子か。
「ず、随分先の可能性の話だったけど、わかってくれたなら良かったよ」
「何言ってるんですか師匠。可能性じゃなくて確定事項ですよ」
「ふぇ、そ、そうなの?」
「え? 師匠は子供……ほしくないんですか?」
「そ、それは……ほしいです」
消え入りそうな声で答える師匠。
そんな師匠を見ると、身体が不意にぞわっとする。
もっと見ていたいという衝動を抑えることの難しさを、改めて実感した。
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