27.使い魔になる!

 部屋でイチャイチャ……ならぬ他愛ない話で盛り上がる。

 ふと、時計の針を確認し直した。


 午前八時十分。


「師匠!」

「うわっ! 何だよ突然大きな声出して!」

「時計見てください!」

「え、時計?」


 師匠が時計を見る。

 針の位置を確認した途端、目を丸くして驚く。


「フレイ!」

「そうなりますよね!」


 入学式の受付は八時半から開始され、式そのものは九時から始まる。

 この宿屋から学園までの距離は、徒歩で約一時間弱かかる。

 王都でも端っこに近い場所にある宿屋だから仕方がないとか、立地条件を言い訳にしている場合じゃない。

 のんびり歩いて向かうことは不可能になった。


「走らないと遅刻するよ!」

「急ぎましょう!」


 さっきまでムードは消し飛んだ。

 僕と師匠は急いで階段を駆け下りて玄関へ向かう。

 師匠が気付く。


「あれ? ジータはいないの?」

「今日は先に学園で待ってるって言ってました」

「そうなんだ!」


 あの一件以降も監視は続いているけど、監視のレベルは聊か下がったらしい。

 多少は自由になって喜んでいたが、こういう時は居てほしかった。

 ジータが待っていたら、子供云々の話になる前に催促してくれただろう。

 慌てて玄関を出ると、フローラが日課の掃除をしている最中だった。


「おはようフローラ!」

「お、おはようございます」


 こんな状況でも挨拶は欠かさない。

 さすが師匠。


「ど、どうしてそんなに急いでるんですか?」

「今日はほら、入学式だから」

「ああ……」


 フローラは師匠にチラッと視線を向ける。


「で、でも入学するのはフレイ君だけじゃ……」

「あーそうなんだけどね」

「私も一緒に通うことになったんだよ!」

「え? そう、なんですか?」


 僕はこくりと頷き肯定する。

 そして師匠の口から続けて――


「そう! フレイの使い魔としてね!」


 と聞いて、フローラは一瞬固まった。


「え、え? 使い魔?」

「そうだよ! ほらこれ見て! 昨日買ってもらったんだ」


 師匠は瑠璃色の首輪をつけていて、それをフローラに見せた。

 フローラはさらに混乱している。


「首輪? 使い魔……? アルセリアさんはフレイ君の師匠……何ですよね?」

「ん? そうだよ?」


 フローラの頭には疑問符が浮かんでいることだろう。

 しかし申し訳ない。

 説明している時間はないんだ。


「ごめんフローラ、帰ったら説明するよ」

「は、はい……気を付けて」

「ああ」

「いってきまーす!」

 

 フローラが手を振っている。

 僕と師匠は彼女に見送られて、学園に向って走る。

 帰ったら説明すると言ったけど、どう説明しようか考えながら。


「にしても、よく許可が下りましたね」

「そうだね。融通の利く学園長さんで良かったよ」

「本当にそうですね」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「学園に通いだしたら、昼間は師匠一人ですね」

「え……」


 世界の時間が停止した。

 と思えるくらいの静寂が部屋を包む。


「師匠?」

「ひ、一人なの?」

「まぁ、だって入学するのは僕だけですし。基本的にあそこ、部外者は立ち入れませんよ?」


 国の機密に関する物も多いから、生徒と教員以外の出入りは原則禁止。

 親類や友人は、面倒な手続きを済ませないと入れない。

 入る度に手続きがいるから、さらに面倒だったりする。


「師匠、僕がいない間なんですけど――」

「……」

「師匠?」


 なぜか師匠が、僕の右腕に抱き着いてきた。


「嫌だ」

「はい?」

「一人は嫌だよ」

「し、師匠!?」


 瞳は涙で潤んでいた。

 突然のことで僕も驚き動揺する。


「ど、どうしたんですか?」

「一人……一人は嫌だ。私も一緒に行く」

「い、いや無理ですよ。入学の資格は僕にしかないですから」

「じゃあ行かないで」

「えぇ……」


 じゃあ一体何のために試験を受けたんですか?


「別にずっと離れ離れってわけじゃないですから。泣かないでください師匠」

「うぅ……方法はないの? 私が一緒に行く方法は」

「方法……」


 今から入学……は無理だ。

 あとは手続きをして来賓として?

 師匠のことをどう説明すれば通してくれるかわからないから難しい。

 あとは……


「使い魔なら入れますけど」

「それだ!」

「え」

「私がフレイの使い魔ってことにすれば、一緒に入れるんでしょ!」


 師匠は急に元気になった。

 勢いよく立ち上がって、ぐっと握りこぶしを作っている。


「いや、いやいやいや! それは無理ですよ!」

「何で? フレイが言ったんだよ?」


 それは言ってみただけなんです……


「それはそうですけど、人間が人間の使い魔になるなんて聞いたことないですから」

「そう? 私のいた時代は普通だったよ?」


 師匠はさも当然のことのように言う。


「そ、そうなんですか?」

「うん。私はいなかったけど、人によっては何人も連れてたな~ 使い魔ってわかるように首輪をつけてね」


 それは奴隷と何が違うのだろうか。 

 というか見た目は完全に奴隷だよね?


「決めたよ! 私はフレイの使い魔になる!」

「えぇ……」


 堂々たる立ち振る舞いで、迷いなき目をしている。

 師匠は僕の師匠で、恋人で……使い魔にもなってしまうのか?

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