貴族令嬢の誕生日

朽葉陽々

第1話

(あっ、もしかして、うちの家族ってみんな転生者?)

 ……私がそう思ったのには、いくつか理由がある。

 まず、私は転生者だ。生まれてほぼすぐの段階から、前世の記憶があった。

 前の私は、二十一世紀初頭の日本に生まれ育った少女だ。そしてオタクだ。漫画、小説、ゲーム、アニメ、あちこちのジャンルを渡り歩いて、短い小説を書き散らしていた。そうでなくとも、もともと本を読むことや、小説を書くのが好きだった。拙いながらも、オリジナルの小説を投稿することもしていた。

 ある冬の日、予約していた本を受け取りにいった帰り、スリップを起こした車に轢かれて死んだ私は、こちらの世界に生まれ変わったのだ。

 こちらの世界。マルヴェシア大陸の東側、ティリア王国の、東端の一部を領地とする貴族、リンデン家。私は、そこの長女として生まれた。この家の直系である、快活だが鷹揚な父。よその領地からきたという、しっかり者でおっとりした母。その二人の長男、好奇心と向学心が旺盛な兄。この三人が私の家族であり、……今私から、転生者の疑いを駆けられている面々だ。

 理由の二つ目は、うちの領地の様子が、他の領地と色々と違うこと。

 例えば、食に対してあまりにも貪欲なこと。うちの領地はそう広くないが、山と海に挟まれている。そのどちらもから、どんなものでも仕入れてきて、どうにかして食べる方法を編み出し、領民に普及させる。特に和食に近い食材に力を入れているようだ。前の世界の米に近い植物の栽培や、味噌や醤油によく似た発酵食品の製造は、私が生まれる十年程前から、うちの領地で行われていたらしい。

 例えば、領内の衛生や傷病に関する観念、医療の発達の度合いが違う。昔から手洗いうがいは当たり前だったし、疫病の類も、人に感染するものはあまり流行らなかった。怪我人や病人の管理、汚物の処理の仕方も、前の世界のそれに近いから、よその領地を初めて訪ねた際は驚いた。

 そして理由の三つ目は、うちの家族はみな、嘘や隠し事が下手なこと。

 多分私の家族は、全員、私に近い時代の日本の出身だと思う。みんな、それを隠そうとはしているらしいが、ちょくちょくボロを出す。向こうにしかないものごとについて、つい口走っては慌てて誤魔化す。その誤魔化し方もまた下手で、どう見たって怪しくないかと思うのだが、家族同士なら「自分がいつか言ったから知っているだけかもしれないし」とでも思っているのか何なのか、そして領民たちは「まあ貴族様のいうことだし、自分たちに分からなくてもしょうがない」と思っているようで、結局誰も突っ込まない。

 あと、オマケの四つ目の理由としては、私がどうしても創作欲を抑えきれず、地面に木の枝で文章を書いていたら、紙とペンをくれるようになったこと。和紙に近いこの紙も、うちの領地で作っているものだ。その紙で作った私家版の本も読ませてくれた。うちの家族はいいひとばかりだ。

 ……とまあ、これらの理由から、私は家族が転生者ではないかと疑うようになったわけで。そして十歳の誕生日、祝いの席で、私は家族にそれをぶつけることにした。

「父さん、母さん、兄さん。私、二十一世紀の日本で生きていた記憶があるんだけど、みんなは前、いつのどこにいたの?」

「なんのことかな、可愛い妹よ」

「しらばっくれないで。大体、いつもはそんなきざったらしい呼び方しないじゃない」

 兄さんが笑うが、私はもうそれで誤魔化されてはあげないのだ。頬に垂れた冷や汗が見えてるし。

「私、知ってるんだからね! 兄さんが思いっきり漢字かな交じりの日本語で研究内容のまとめを書いてること!  父さんや母さんも日本語で日記を書いてること! みんな、私が最初に書いた小説が日本語の文章だったのにすらすら読んでたこと!」

 みんなの笑顔はどんどん苦みを増していって、頬の冷や汗も目立つようになる。私は他にも、理由を突き付けた。

「だいたいおかしいのよ! うちの領地ばっかり、食文化は異様に発達してるし、衛生状態良すぎだし、物資は充実してるし! 何事かって話じゃない!」

 私は思わず立ち上がってしまう。そして言った。

「私だってそうなんだから、何も躊躇うことなんて無いでしょ!? もう一回聞くよ、みんなの前世は!?」

 私がもう一度問うと、みんなは顔を見合わせて、揃って溜め息を吐く。そして、父さんが口を開いた。

「私は、二十世紀の終わりぎわの日本にいた。医学部の大学生だったんだが、いわゆるバブルが弾けて、絶望した親に一家心中に巻き込まれてな。こっちに生まれ変わった。もう、こっちで生きてきた年月の方が長いな」

「あら、あなた、そうだったの? わたし、あなたと同じ時期に生きていたのね。……わたしは、田舎の農家の娘だったの。珍しく都会に行ったら、トラックに轢かれて……。でもわたしも、こっちで生きてきた時間のほうが、もう長くなっちゃったわね」

 ……二人の前世の死因が、想定より重かった。いや、死んでる以上、話が重くなるのは当然なんだけど。次いで兄さんが口を開く。

「俺は、世紀末生まれの高校生だったな。理系選択ではあったんだけど、進路に悩んでて……最終的に、通り魔に刺された。そろそろ、前の年齢に追い付きそうだな」

「……うん、兄さんも重かった。ごめんなさい、いやなこと思い出させて」

 私は座り直す。私の謝罪に、けれどみんなは首を横に振った。

「いや良いよ。俺だって内心、もしかして父さんたちも同じなんじゃないかとは思ってたから、そうだと分かってよかった」

「まさか家族全員がそうだなんてねえ。こんなことあるのね」

「面白いこともあるものだな。そう言えば、お前はどうだったのだ?」

 父さんが笑いながら聞いてくる。私は答えた。

「私も高校生だったよ。多分、兄さんより少し年下だと思う。本を買いに行った帰りに、氷でスリップした車に轢かれた」

 思えば、別に死んだときのことは、あまり嫌な思い出でもないな。もう結構昔のことだし、そもそも今の私は生きているのだ。あまり実感がわかないというのが本当のところだ。みんなもそうだったんだろうか。

「……お前もあんまり気にしてなさそうだな? まあいいか。これで、ボロが出ても互いにフォローできるようになるだろうし、面白いことを知れてよかったってことで」

 兄さんも笑う。気付けば、みんなの表情は、すっかり苦みの抜けた笑顔になっていた。

「さて、お前の誕生会の続きといこう! 実はな、とっておきのプレゼントがあるんだ」

「母さんからも、プレゼントの用意があるのよ。きっと気に入ると思うわ」

「俺からもあるぞ。大したものにはならなかったかも知れないが、結構苦労して作ったんだ」

 そして私の前に、三つの包みが並べられる。私はそれらを順番に、そっと開いていった。

 父さんからは、新しいペンと、大量のインクと紙。「実用的すぎるかもしれんが、お前が一番よく使うだろうからな。惜しまず使うといい」と、父さんははにかんだ。紙の質はとても滑らか。ちょっと製法を改良してるな、これ……。薄い緑色で罫線も引いてある。原稿用紙にもってこいだ。ペンも丈夫で書きやすそうだし、インクも綺麗な黒をしている。

 母さんからは、手縫いらしい薄手の手袋。黒く染めてあるものと、薄い緑色のものの二組。……もしかしてこれ、染めるのから自分でやったんじゃ。母さんならやりかねない。「手を冷やし過ぎて、ペンが動かせなくなったら大変だもの」と母さんは微笑む。嵌めてみると、サイズはぴったり、よく馴染む。薄手だけど、しっかり暖かい。

 兄さんからは、手製らしい本を一冊。和綴じだ。しかも、私が前に教えたやり方に少しアレンジを加えて模様を作ってある。中を開くと、どうやら植物図鑑のようだ。兄さん直筆の植物の絵と、それの説明が書いてある。……でもこれ、どの説明を読んでも、「これは食べられる」「これは食べられない」「これは美味だが有毒」だの書いてある……。

 私は、思わず頬が緩んでしまった。

「ありがとう、父さん、母さん、兄さん! すごく嬉しいよ!」

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