龍を抱きし天子・新年あけおめ編

婭麟

第1話

 宮中の新年は、行事や儀式がいっぱいだ。

 瑞獣ずいじゅう皇后の碧雅は、そんな堅苦しくて面白みに欠けるが大っ嫌いだ。


「今上帝!今上帝……」


 碧雅には、大晦日の儀式もいっぱいにも関わらず、今上帝が不満を漏らす唯一無二の存在の妻の元に、多忙な身を顧みず足繁く通ってくれる事すら当たり前の事だ。

 第一今上帝が何処かに、お行きになられるとなると、くっ付いて来る者達がいっぱいなのだ。

 御成りの先触れをしたり、今上帝の衣の裾が汚れない様に、通路とかに意味不のむしろを敷いたり絹を敷いたり……。大仰に告げたり……。

 だから今上帝は、そういう物を少しずつ簡略化する様にしている。

 こんな状態なので、今上帝が何処へ何をしに行くか、此処禁裏では筒抜けなのだ。寵愛の女御が、一目瞭然と知れ渡ったりするわけなのだ……。


 かつて唯一無二なる妻碧雅を、瑞獣のまだまだひな……少女とおぼし召した今上帝は、いたいけな碧雅に無慈悲な事をしでかしそうで、後宮の女御にょうごにお逃げになられた事があるが、その時とてこっそりひっそり伊織にやらせて、今上帝の身の回りの事をする侍従であった碧雅に気付かれずに、お召しになれた事がしばしばであったが、それこそ今上帝が御渡りになられ様ものならば……その瞬間に碧雅に知れ渡っていただろう……。

 あの頃の碧雅は思いは互いにあるものの、なかなか碧雅に無慈悲な事をする度胸が無い今上帝に、いささか苛立ちを持っていたから、それはアプローチが激しくて、碧雅に向ける男の諸々を、自制する事が苦痛でしか無くなっておられた頃だから、なりふり構わず的に伊織に上手い事手筈をさせて、身分の高く無い女御をお召しになられていた……無論可愛い可愛い碧雅を帰してからであるが、女の勘は凄いというか、瑞獣のが凄過ぎるのか、の碧雅にはバレバレであった。雛の癖に耳年増な為に、その後のアプローチが過激となっていく……という苦行を強いられる羽目に陥られた。それもこれもこういった意味不で不必要な、過剰なしきたり前例の所為なのだ。

 ……と今上帝は根に持っておいでなので、お渡りになるのはたったお一人、皇后様しか存在しないので、先駆けなどもせずほんの少人数でのお渡りである。

 そんな今上帝をお迎えになられた瞬間に、皇后碧雅は直ぐ様口にする。


「年末年始と、行事がいっぱいでつまらぬ」


 プンプンと、皇家の者でも選ばれた者しかお座しになられない、上座の繧繝縁うんげんべりの畳へと歩をお進めの今上帝に訴えかける。


「……行事とは言っても、楽しい物も多かろう?」


「何を……私はそなたと……ゆっくりじっくりとしたいのだ」


 碧雅はそう言うと


「大国やら他国に倣う事が多いが、我が国は他国よりも恵まれた国である。飢餓も天災も少ないし、神山で採れる薬草で病など直ぐに治癒するし……医術も他国に比べて進歩的と相成った」


 繧繝縁の畳に座され、螺鈿らでん脇息きょうそくおもむろに引き寄せられる今上帝を、食い入る様に見つめて甘える仕草を作る。

 その仕草を今上帝がお好みである事を、百も承知でしているのだから、瑞獣とは恐ろしいものである。


「碧雅よ……医術の進歩と申しても、そなたの縁故の神医達により、確かに我が国は他国とは違った医学が盛んとなったが……」


 今上帝は碧雅の、細く白い手を取って見つめる。


「我が国独特の医術なのだが……神医達が人間のを、取って喰うと言うのは……」


 今上帝は小さく御首を、横に振られて言われた。


「何を申す?人間に宿るは、なかなか美味いのだ……それを取り払い餌にしておらば、お互いにおトクだろ?ゆえに我が国では、元気で天寿を全う致す者達が増加中である」


 碧雅はそんな事をあっさりと、艶を得て言うから今上帝はお手上げだ。


「今上帝よ。昨今では、我が国の不思議特産物は、他国の者達が目の色を変えて欲しておるゆえ、そなたが政としてりきを入れておる、貿易とやらではたいそうな益を得ておるし……昨今他国では、とんでも無い流行り病が蔓延しておるとか?でも、神山の薬草はかなりの益を得ておるし……他国の神々よりの依頼もあり、厄病退治等の指南なども致しておるゆえ、お母君様などは大神様のご威光を示せたと、それは上機嫌であるし、その様な唯一無二の大神様の座す我が国が、その様な物にも侵されぬ最先端の国である事は、もはや神々の世界では周知の事実である。何せが蔓延致さぬは、我が国であるからな……」


 とか得意満面に語っているが、一国一城の主人たる今上帝には、それは馬鹿デカ過ぎる、〝力〟という物が大好物の青龍が抱かれておられる。その〝力〟を、龍を抱きし今上帝から奪おうとするには容赦ない存在だ。仮令それが疫病であろうと、ウイルスであろうと……。

 睨め付けてロックオンされてしまえば、パクリである。パ・ク・リ!


「……ゆえに今迄、いろいろと模って参ったが……他国のしきたりなどに捉われる事無く、我が国から発信など致してはいかがか?」


「……はて?碧雅よ。我が国の諸々は、それなりに我が国の特有を活かしてだなぁ……」


 今上帝が螺鈿の脇息を少し端に押しやって、身を乗り出された。

 この様に体制をお変えになられると、グチグチグチグチと、かなり改革を推し進めておいでで、さきの天子であられた父院と、前の前の関白であった、今上帝の母君様のお兄上様とで見据えられた政についての、それはそれは小難しい話しを語られるは必定だ。それを散々経験してウンザリの碧雅は、シマッタ感を現して、それは可憐で妖艶な笑みを浮かべて、今上帝を熱く熱〜く見つめやる。


「今上帝がぁ〜、お父君様が見据えられた政をぉ〜、伯父君様同様のぉ〜、伊織と共に致しておるはぁ〜、承知である……」


 今上帝が手を置いていた手に、頰をスリスリとしながら、それは潤みきった瞳を向けて言うから、今上帝は言葉など生唾と共に呑み込んで、愛し過ぎる妻を見つめた。


「ゆえに然程のゆえに……何も他国に倣って致さずに、我が国特有の正月と致そう?そう致そう?」


「……我が国特有の正月?はて?」


 今上帝が疑問符をお浮かべのその隙を突く様に、皇后碧雅はスリスリとしながらもほくそ笑みを浮かべた。


「大晦日より三が日は、夫婦で過ごす日と致そう?」


「……夫婦?」


 眉間に皺をお作りの今上帝は、呆れる様に我が妻を見つめられた。


「……つまりは……?」


「夫婦や恋人達が、絆を深める日である」


 ……やはり……


 今上帝は、直ぐ様納得して呆れられる。

 我が妻碧雅は愛に生きる瑞獣鸞なので、それはそれは貪欲に愛を欲する。

 力という力を欲する、青龍といいとこ勝負である。否その青龍をひたすら今上帝が与え続ける、碧雅への愛で封じ込めているのだから、瑞獣鸞の愛への貪欲さの方が、青龍の力に対する貪欲さよりも格段に上という事になる。

 恐るべしは、らん族の愛に対する拘りだ……。

 大神様のご威光と、その大神様のご寵愛はなはだしき鸞族のお妃様と、そのお子様の御親王様であられる、碧雅の長兄様のお力により、この国は他国とは比べ物にならぬ程の豊かな国だ。

 飢餓もなければ、疫病も然程に存在しない。どころか、大国からの侵略も無いし、昨今では海外からの覚えもめでたく、それはそれは潤った国となっているのも、ひとえにこの国特有の稀有なる方々のお陰だ。

 かつては忌み嫌われた魑魅魍魎や鬼に物の怪に妖などが、昨今の海外では大受けで、今や大ブームとなった鬼などは、下っ端などは修行と称して出稼ぎに渡航していると聴く。

 国際化ともなれば大きく世も変わるというものだが、稀有なる国の需要は計り知れない。

 さてそんなこんなで、稀有なる皇后の一族の恩恵も手伝い、偉大過ぎる青龍の力も手伝い、今上帝の政は大成功を遂げているわけで、その為に碧雅の要望はかなり聞き入れている。

 つまり……家柄の婚姻が、家柄を度外視した物も認め、今上帝や伊織などの頂点の者にあやかり、なんと昨今の若者達の間では一夫一妻が主流となった。

 まっ、一夫多妻としたのは、他国では流行り病や疫病で、子孫たる子の育ちが悪く、多くの子を得なければ、家系が絶えるという恐れからなった事であるが、そんな心配など無い国だから子供は育つから、何も一夫多妻にする必要は無い。

 だが慣例のままこの国は一応、一夫多妻の通い婚のままではあるのだが。

 それに伴い碧雅が煩いから、新婚夫婦には愛を深めるの日などが設けられ、子作り休暇に出産休暇に子育て休暇である。それに夏は夏で暑いからと、又々夫婦で労わり合う假の日が存在するし、そこへ持って来て年末年始である……中津國は男女問わず勤労する国なので、その調整が大変なのだが、そんな事はお構いなしだから、禁裏の営みに支障が出てきそうだ。

 ……つまり……そういう事だ……。

 今迄の尊い慣例とかを無視して、ひたすら愛を深める……ヤリまくる……


「碧雅よ。我が国は実に平安なる国ゆえに、そなたの言う様に子作りばかりしておっては、今に人々は立ち行かなくなるぞ?」


「今上帝……私は愛を深める……と申しておるのだ。第一そなたの懸念は無用である。よいか?子とは天理である。ある種族がこの世界から、全てを失くす様にはできてはおらぬ。つまり種族が増えれば、共食いも致すし間引く事もある……が、この国はその様にはならぬ国なのだ。必要とあらば子は誕生致すし、必要とならねば誕生致さぬ。それが天理だからだ。そなた達人間の様に、理不尽な殺生は無いのだ……だが、この国には我ら鸞族が幅をきかせておるゆえ、多少〝愛を深める〟行為はあっても致し方ない事だ」


 至極ごもっともな事を語っているが、ただの屁理屈としか思えないのは今上帝だけだろうか?


「相分かった……だが、年末も年始も大行事である。私の一存では決めかねる」


「大臣等と協議であるな?致し方ない。我が国は、八百万の神々様方の協議で成り立つ国である。かつて大神様とてその協議に従われ、暫し禁足を喰らわれた……」


 ……とか真摯に言っているが、碧雅の白魚のような綺麗な指が、脇息に御もたれになられる今上帝の身を、それはそれは妖しく嫋やかに弄っている……今上帝は大きく一つ吐息を漏らされて、妖艶なる皇后碧雅の艶やかなる顔容かんばせを見つめられた。




 翌年の新年の参内は、正月二日からとなった。

 碧雅は今上帝と共に、神々様に新年の御挨拶をする為に設えられた祭殿に、まだ暗い内から向かいながら大きく嘆息を吐いた。


「歳神は勝手に致させるゆえ、我らはゆるりと……」


「碧雅よ。他の者達はそなたの言うが通り、を深める行為を致させておる……大晦日よりこの内裏は、その必要の無い者のみが参内致しておる」


 今上帝は固く妻の手を握られ、真顔を御作りになられる。


「祖先の陵を排して年災を祓い、五穀豊穣、宝祚ほうそ長久、天下泰平を祈願致すは私の役である……がこの国は神々の国であり、私は天孫の末裔であり尚且つ、この国に唯一御坐す大神ご寵愛の、一族の端くれとも相成った。ゆえに私に課せられた任は重い……それ故に私は、私の出来うる限りを全う致したい……元日にはどうしても、この二つはこなしたい。我が祖先と祖神への崇拝と、そなた達の主である大神とそなたの一族への崇拝である……ゆえに私はそなたと共に致したいのだ、元日のだけはそなたと行う……しきたりなど関係無く、そなたとこの国を護っておるのだから……」


 碧雅はしみじみと、今上帝の握り締める手を見つめて


「……はぁ……そなたは正しい……お母君様にも叱られた……」


 と呟いた。


「さようか?」


「そなたはずっとずっと、私に愛を捧げておる。それで足りぬは強欲だと申された……お母君様に言われては、私もお終いである」


 それはそれはしおらしい。

 思わず可愛い過ぎて、今上帝は微笑んでしまわれた。


「……そなたの欲は大した物だ……」


 今上帝は御笑いになられると、少〜しの反省を見せる碧雅の手を、ぎゅっと御握りとなられる。


「私はそなたの、その欲ばり具合が愛らしゅうて堪らぬ……そなたの言うが通り、臣下の者達にはこさえてやらねばなるまいが、私には不必要である。何故ならば、いつ如何なる時であろうとも、私にはそなたであるからな……」


「ふん……上手い事を申すな……」


まことであるから、致し方あるまい?……行事が済めば、直ぐにそなたの元に渡っておろうが?我らにとっては日々、である……如何か?」


「……ならば今宵も、頑張ってくれるか?」


「……………………」


 今上帝は微かに、頰を引き攣らされて微笑まれる。


 ………老いを知らぬ妻を持つのは、に難儀な事である……


 余りに豊か過ぎる稀有なる国の、稀有なる御力をお持ちの今上帝様は、余りにもの稀有なる存在の妻の皇后様に、ほんの少〜しの御不安を御抱きになられて新年をお迎えになられた。



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