夜。

 駅前ターミナルのエスカレーター。

 流れ星が、一筋だけ流れた。それを願いなく眺めて、そして、前に目を戻したとき。

 あなたがいた。


「はじめまして」


 泣きそうな顔。


「はじめまして」


 去ろうとする彼の、腕をつかんだ。


「あの」


 彼。つかまれたまま、立ち止まる。人混みのなか。


「ごめんなさい。あの。本当に、はじめまして、ですか?」


 勇気を出して。


「わたし。人の顔と名前が覚えられなくて。でも。ここで流れ星を見て。そのあと。誰かと目が合って。おかしいんですけど、わたし、顔も名前も分からないひとに。一目惚れして。あの」


「そうですか」


「あなたは。わたしと会うの。本当に、初めて、ですか?」


 彼。くしゃっとした顔。


「俺も、一目惚れでした。何回か会っていますが、そのとき声をかけたら逃げ出されてしまって。もう、俺は見つけてもらえないんだろうなと思って。あきらめてました」


「ごめんなさい。わたし。失礼なことを」


「謝らないでください。そして、勇気を出してくださって、ありがとうございます」


「いえ。いつも、流れ星を、ここで見るんです。あのときの一目惚れがほんとなら、きっと、わたしと目が合ったひとも、ここで星を見るんじゃないかって」


「あ、そうか。俺が星を見ているのを、見ていたわけか」


「はい。だから、当てずっぽうではないです。そこそこの確信をもって声をかけました」


 彼。ずっと、泣きそう。


「ごめんなさい。わたし」


「あ、ああ。そうか。俺の表情。すいません。これ、笑ってます」


 彼。くしゃっとした顔。


「ここですれ違ったのは、もう何年も前の話で。もう出会うこともないと、思ってたので。まさか、あなたのほうから声をかけてもらえると思わなくて」


「ごめんなさい。急に声をかけてしまって」


「俺の表情は気にしないでください。だいたい笑ってるので」


 つかんでいた腕が、離れる。


「あっ。待って」


「ちょっとだけ、俺の腕を自由にさせてください」


 腕が離れてしまうと。誰が誰だか、分からなくなる。

 宙に。わたしの腕だけが。取り残される。人混みのなかで。わたしひとりだけ。


「よし。できた」


 何も掴んでいない、てのひら。何かをつかむ。固い何か。

 携帯端末。


「それ。あげます。俺が仕事で使うやつの、予備機です」


 携帯端末から、声がする。


「カメラを起動して、向けてみてください」


 言われるまま、起動して、人混みに向ける。

 ひとりだけ、枠で囲まれた人がいる。


「出たかな。枠で囲まれてるのが、俺です。仕事柄、こういうのをよく使うので。今とりあえず調整しました」


 彼がいる。たしかに。画面越しに。ここに。


「わたし。人の顔と名前が。覚えられなくて。わたし。ずっとひとりで生きてきて」


「じゃあ、もうひとりじゃないですね。これ、使い方慣れれば俺以外の人も登録できるんで、もっともっと人と仲良く」


「違くて」


「おっ」


 抱きついた。力の限り、引き寄せる。


「わたし。ずっと。ひとりだと。思って。わたしの前に現れてくれて、ありがとう、ございます」


 後半は、もはや声にならなかった。

 人混みのなかで。

 あなただけを見つめて。

 あなたに抱きついている。


「まだ初対面なので、いきなりそういう、抱きつかれるのとかは、あの。ごめんなさい。めちゃくちゃくっついてきますね?」


「もう離さないです」


 流れ星。

 違う。

 彼の、涙。

 一筋だけ、流れる。


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星に願いを繋げて 春嵐 @aiot3110

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