第51話 幼女【賢者】と【勇者】たち
「[演算]!」
アリアの集める魔力をリズの方へと流し、魔法陣を形成する。
これはアリアとリズが双子だからできること。
肉体情報がほぼ同一だから、なんの問題もなくアリアの魔力をリズが使えるのだ。
一人で追いつかない魔法陣形成の計算を魔法で行う。
次の瞬間竜巻が消え、魔法陣に変換される。
竜巻が消えると指示通りロベルトとモナがリズの魔法制御の補助、エリザベートが[演算]魔法の補助に入ってくれた。
マルレーネが[演算]で導き出された黒点までの距離や風、位置の微調整を[狙撃]スキルの上位スキルの一つ、[超長距離狙撃]のスキルを用いて行う。
こういうことは、やはり弓士であり狙撃の専門家たる彼女に任せるに限る。
外はヘルベルトが的確に整理してくれるはずなので、あとはフリードリヒの【勇者】っぷりに期待するしかない。
「くっ……なんて、魔法……! わたくしの[鑑定]では、これは……っ!」
「諦めるなエリザベート! 僕も手伝う! こうなったらやるしかないしね!」
「え、ええ……ロベルト……あなたがいるなら、わたくしがんばります。……弱音を吐いてごめんなさい」
「そんな君も可愛いよ」
「んぎー! ロベルトさん、いちゃつく余裕があんのぎゃー!」
モナ、キャパオーバーで言語が怪しい。
だがこんな状況でもいちゃつけるロベルトとエリザベートの余裕は素晴らしいと思う。
いつも通りすぎる彼らに強張っていたアリアとマルレーネの表情も柔らかくなる。
「フリードリヒ」
「はい! 失礼します!」
重ねられたリズとアリアの手に、フリードリヒの手が重なった。
リズは目を閉じる。
無限に湧くかのようなアリアの中の魔力と、アリアが集める魔力。
この二つを同時に処理していかなければならない。
これらを使い、今も空に広がり続ける空間の出入り口——黒点を再封印する。
あれはかつての勇者たちが七人がかりで空間を作り、魔王とその一派、おそらく魔王の城なども封じ込めたはず。
五重の結界のうち、最初の結界である空の擬態——そこに空間の入り口がある——ものは破られてしまっている。
空間結界は残り4つあるはずだが、黒点の広がり具合から二番目の結界もほぼ破られ、消えているのがわかった。
残りは3つ。
その3つめの結界も薄くなっている。
(つまり、3つ目の結界の修繕と補強、破られた4つ目の結界の張り直しと補強、擬態となる5つ目の結界の張り直しと補強が必要ってことか。同レベルの結界を張るには——え、やば、今ここにある魔力で足りねーだと……? 昔の勇者たちやりおるな)
どんどん集まる魔力でも、あの三枚の補修と張り直しに足りないことがわかった。
ならば一枚一枚、丁寧に張り直せばいい。
その間にアリアが魔力を集めてくれる。
「三枚目の結界の補修を開始する。マルレーネ、頼むよ」
「わかりました!」
マルレーネのスキルで、リズが雑に開始する修繕を適切な場所に誘導する作業。
次の瞬間、光の柱がその場から黒点まで一気に突き抜ける。
光の柱の魔力は黒点の中の結界を直し、強化していく。
「次、四枚目の結界を張り直す。マルレーネは引き続きボクのサポートをお願い。フリードリヒ、気合い入れてね。お前はただ、みんなを守りたいって念じてればいいから」
「はい! わかりました!」
返事はいいが、本当にそれができる人間はいない。
だから!リズとアリアの魔力に混じる金の光……【勇者】の祈りは、
(こいつ……)
フリードリヒは、本気で、心の底から、なんの迷いも疑いもなく、「みんなを守りたい」「世界を守りたい」と思っている。
『勇者特科』という制度はクソだ。
リズは今もそう思っている。
なくした方がいい。
なくさないなら、せめて形を変えるべきだと。
それでも、古の勇者たちが遺した願いの形……現代に至るまでにすっかり歪んだその中で、彼のような正真正銘の【勇者】がその願いや想いを正しく受け取り、こうして形になるのは——。
(昔の勇者も、嬉しいだろうな)
その作業は、朝まで続いた。
アーファリーズはその間、多分ずっと怒っていた。
こんないい子たちの人生を、この国は——世界は——潰そうとしていたのだから。
「…………」
【賢者】として、できることをしただけである。
案の定、姉アリアリリィの暴走は朝まで続き、放置すれば国が滅んでいたことだろう。
それを逆に利用して黒点を封印し直したアーファリーズ・エーヴェルイン伯爵令嬢は、賞賛と批難を浴びて国外へ出る道を選んだ。
理由としては、あの黒点——魔王と魔王の城が封じられた空間への入り口を再封印する準備が、シーディンヴェール王国と各国で秘密裏に進められていたにもかかわらず、事故とはいえ勝手にその修繕を行なってしまったため。
それだけの力を有している国として、他国に危険視されたのだ。
原因を作った第三王子ゼジルは責任を取らされ、王位継承権剥奪の上、平民に降格。
城から追い出され、現在は冒険者となったと聞く。
人に上から命令していた我儘王子がその日暮らしの冒険者として生きていくのはさぞ、過酷であろう。
同じくゼジルの婚約者ラステラは、家から追い出されて北の修道院に入れられたそうだ。
また、アリアリリィ・エーヴェルイン嬢の存在は国としても危険だと判断され、魔力封じの上監視がつくことになった。
妹であり【賢者】のアーファリーズ・エーヴェルイン嬢は、各国の脅威であり、また同時にその魔法の力は喉から手が出るほど求められるものとされて、あの手この手で他国が接触を図るようになる。
それを疎ましく思った当人の申し出により、アーファリーズ・エーヴェルイン嬢はその存在を完全秘匿の上、世界中を渡り歩くと宣言した。
ただし、姉アリアリリィ他、彼女の家族はシーディンヴェール王国に引き続き住まうので、「万が一家族に手を出そうものならば【賢者】の力をすべて注いで関係各位全部消す」と言い残したという。
つまり、それが国家ならば——。
世界は畏れ、かの【賢者】を見送った。
九つの誕生日を迎えたその日、アーファリーズ・エーヴェルイン伯爵令嬢はすべての責任を取り、なおかつ家族や生徒たちを守るために消えたのである。
そして、生徒たち。
エリザベート・ケイアーとロベルト・ミュラーは卒業後に結婚。
夫ロベルトは魔法騎士団の団長となり、妻エリザベートは冒険者や一般市民の生活を豊かにする事業で成功を収める。
二人の家族の尽力により『勇者特科』は解体。
制度そのものも、見直されることとなった。
それを皮切りに他国でも『勇者特科』の制度は廃止が検討され始めている。
なお、二人の子どもは男女の双子が一組、その下に女、男、女、と五人兄妹が生まれたらしい。
ヘルベルト・ツィーエは騎士団に入団後、他を寄せつけぬ強さで瞬く間に団長に就任。
マルレーネ・ユストへ恋文を毎週欠かさず送っているらしいが、彼女の義兄たちがめちゃくちゃ邪魔だてしているらしい。
道のりは険しそうである。
そのマルレーネ・ユストは、卒業後身寄りのない子どもを集めた孤児院を王国中に増やして支援をし続けている。
その聖母のような姿に求婚者が続出。
しかし彼女の義兄により、すべて断られている。
ただ、毎週届く一通の手紙だけは、毎回箱の中に丁寧にしまってあり、時々読み返して胸に抱いている姿が見受けられるらしい。
モナ・クラウゼは卒業前に、王立学園の魔法科に移籍した。
そこで回復魔法をさらに専門的に学び、現在は王立治癒魔導師として多忙な日々を送っている。
婚約の話が貴族から持ちかけられることも多いらしいが、すべて断りこう言っているらしい。
「いつか、あの人と旅をするんです。それまでもっと勉強して、経験を積むんです! だから、結婚はしません!」
そして、最後。
フリードリヒ・フォンカー。
彼は在学中、学園を特別退学して消えた。
現在どこでなにをしているのか、誰も知らない。
「師匠〜! 焚き火準備できました!」
「はいはい、それじゃ今夜のご飯を狩ってくるとしますか!」
「あ! 今日はおれ一人で行ってきてもいいですか!?」
「え? いいけど……もうすぐ町だから、ちょっと珍しいの狩って、素材売って旅費増やしたいんだけど」
「え! もうすぐ町なんですか!?」
「そうだよ」
ぱあ、と笑顔が花咲く。
赤髪、緑目の少年は、夜の帷が下りている空を見上げた。
その視線は、まだ見ぬ新たな町、出会いへの期待に輝いている。
彼はこの旅で、いろいろなものを見聞きした。
これからもいいものも悪いものも、多く見聞きするだろう。
それでも彼の根本は変わらなさそうである。
「楽しみです!」
「うん、だから……レア魔物、探すよ。『邪泉』を見つけたら、いつも通り頼むよ。【勇者】殿」
「はい!」
了
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最後まで閲覧ありがとうございました。
というわけで「勇者特科の管理人」完結です。
冒頭でもネタバレしましたがこのアーファリーズは「異世界最強はレベルが5」で出てきたアーファさんの転生者でした。
アーファが前世で共に歩んだ召喚勇者は、のちに「悪役令嬢は子ども食堂を始めた模様です!」の主人公の兄、シュナイドとしてそちらこちらを転生し、アーファの生まれ変わりとの再会を望んでいます。
今回は別の世界でしたが、いつか出会える日(作品)があるとよいですね知らんけど。
なお、そんな「悪役令嬢は子ども食堂を始めた模様です!」はベリーズファンタジー様より書籍化しております。
多分4月発売となるかと思うので、どうぞお楽しみに(めっちゃ加筆修正&書き下ろししました〜)!
あ、☆ポチもよろしければお願いします。
それでは改めて、最後までの閲覧ありがとうございました。
古森でした。
転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして 古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中 @komorhi
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