精霊王、俺

@datusara224

一話 俺を亡き者にしようとしてない?



 これまでのあらすじ。

 日々安穏とした社畜生活を送っていた俺は、激務でボロボロに毀れた身体を癒すため、なけなしの休みを使い日帰り弾丸温泉旅行を画策する。行きの新幹線で会社への召喚を受け泣く泣く地元へととんぼ返りした俺に待ち受けていたのは過酷な超過勤務労働! 軋む腰椎。霞む視界。帰る上司……っ! 「タイムカードは押しとくぞ」……うおおおおおおっ!! 耐えてくれよカラダ!! 俺の本気はこんなもんじゃねえええええ!!!


 そしてスコップを握って穴ぐらで立ちすくむ今に至る。~完~


「ほぇ〜……」


 うんうんと傍らに立つちっちゃい女の子が頷く。ちゃんと理解できまちたか? 出来てねえなこれ。俺にも分からないぐらいだしな。

 ひとしきり頷いて口を開いた。


「タイムカードってなんですか?」

「なんだろうね」


 俺は心の声そのままに答えた。

 存在意義ある? かつてあれほど無意味な装置を見たことがないぜ。

 俺の答えで納得した(なんで?)女の子は瞳の中をキラキラさせながら、


「人間さんは誰ですか?」

「俺はキンミでぇす。君は美しいと書いてキンミちゃん……言うほど美しいか? 見ろよこの目の下のクマ」


 女の子のおおきなお目目の中に写る俺の顔はまぁ控えめに言って生気を取り戻しつつあるゾンビだった。対して至近距離でマジマジと見た女の子は可愛らしい顔立ちをしているぜ。庇護欲をそそられるね。そそられてもアウトなのか? 俺のこの純粋な気持ちを司法は裁けるのか?

 推定八歳に危険な心の動きを見せる俺に、女の子は怯まない。


「わたしはノーム! この洞窟のあるじです!」

「ノームちゃんね。それ種族名じゃねぇ? 可愛いからいいけどさ。これ俺が本当の名前あげたら気に入るパターン?」

「いえ」

「あ、そう……」


 ノームちゃんと呼ぶことにしよう。多分地の精霊的ななにかだ。だって髪の毛が緑だし……。つーかここ地球じゃなさそう……。


「ノームちゃんさぁ、ここどこ」

「わたしのおうちです」

「そっかぁ」


 直径2メートル全長5メートルの洞窟と呼べなくもない穴ぐらがノームちゃんのおうちらしい。不憫な生き方をしているようだ。

 地名的なアレを聞きたかったのだが知らなさそうなので諦めた。

 スコップを見つめる。その辺のホムセンのだわこれ。オリジナルブランドのロゴ付いてるし……。なんなんだよマジで意味わかんねえ。


「これ何?」

「しらない」


 だよな。スコップだもん。マジックアイテムとかじゃねえのかよ。


「どうしようかなあ」

「どうしようかなあ」


 途方に暮れる俺と幼女。幼女は暮れてねえな。段々腹が減ってきたからノームちゃんに何食ってるのか聞いたら石だってよ。俺にも食える石があるかな。

 仕方なく外へ出た。ノームちゃんもぽてぽて着いてきた。きみ出られるんだ……。勝手に穴ぐらの地縛霊的な何かかと勘違いしてたぜ。


「お外はだめかも」

「そうなの」

「お猿さんを〜、こう」


 片手で何かを握りつぶす仕草。

 ……洞窟のお外の森には怪物でも住んでるのかい?

 次いでノームちゃんは両手を思い切り広げて言う。


「おおきいです」

「なるほどぉ〜」


 俺は白目を剥いて頷いた。化け物が棲む森らしい。一体俺が何したってんだ……。

 とぼとぼと穴ぐらへ戻る。さすがに食われるのはごめんだぜ。人類は食物連鎖のピラミッドに組み込まれてはいないのだ。


「街とか近くにない?」

「まち?」

「人間がいっぱいいるとこね」

「お猿さんがいっぱいいるとこならしってます」


 ノームちゃんにとっては大差ないのかもしれないけどね。ちょっと遺伝子とかがね。違うから。できれば毛無しで二足歩行してくれるお猿さんの方がいいかな……。

 どうにも手詰まりで、さらにぽつぽつと雨まで降ってきたもんだから気分が沈んできた。体育座りで外をぼんやりと眺める。


「人間さん、どこか行っちゃうんですか?」

「う〜ん……元の場所に帰りたいんだが……いや、帰りたいのか? 微妙だな……」

「?」

「……とにかく人のいるところへ行きたい」

「そうですか〜……」


 ノームちゃんは裸足のつま先に視線を落とした。

 なにやらさみしそうだ。でも俺、ここじゃ生きていけねえよ。雨が止んだら出ていこう。隠れながら行けば大丈夫だろう、多分……。

 そう決めると手持ち無沙汰になった。暇を潰そうにもスコップしかない。穴でも掘れってか。このシティボーイに。


「ノームちゃんさ、魔法とか使えんの」

「使えますよ〜」

「すごい。見せて見せて」


 俺がキャッキャと煽てるとノームちゃんは「むぅん」と可愛らしい掛け声とともに地面に手をかざした。

 すると、綺麗な魔法陣が突然現れた。真円のうちに幾何学的な模様がゴミゴミと描かれて光り輝いている。

 俺は腰を抜かした。


「ぎょええええ」

「むぅん」


 再びの掛け声。すると魔法陣の真ん中からにょきにょきと謎の植物の芽が生えてきた。

 それは瞬く間に成長すると俺の腰ほどの高さまで育ち、蕾を付けて花を咲かせた。綺麗だなぁと思う間もなく花は枯れ落ち、根元の部分が膨れ上がって謎の実を付けた。

 魔法陣が光を失い、消えていく。


「……ヤバくね?」

「ヤバ?」

「ヤバ」


 目の前で起きた光景が信じられない。まさしく魔法だった。理解不能。法則を無視している。なんの法則か知らんがきっと色んなやつを。

 得意げに胸を張るノームちゃん。微笑ましくなって頭を撫でたらさりげなく手を払われた。咽ぶように泣きたい気分になった。


「……で、これは食べられるの?」


 気を取り直して訊ねる。目の前にはたわわに実った紡錘形のオレンジ色の果実。パパイヤを一回り縮めたような格好をしている。


「お猿さんはよろこびますけど……」

「マジ? 食べていい?」

「こっちにしませんか?」

「いや……それはちょっと……人類には早いかな……」


 ノームちゃんがおずおずと差し出したのは拳大の石ころだった。二酸化ケイ素の塊を消化できるほど俺の器官は優秀ではないのだ。

 ともあれ許可を得て実をもいで齧ってみた。うまい。南国のフルーツって感じがするぜ。瑞々しくて……そこらの石ころではこうはいかない。


「うわ……」


 ドン引きされてるわ。石食う幼女に。猿と同じもん食って喜んでるとか思ってんだろうな……。



 雨が止んだ。じんわりと汗ばむ気温に湿度は文句無しの100パーセント。不快指数は限界突破しており、とにかくこの森から出て行きたい気持ちでいっぱいになれる。

 よくよく考えてみると食い物があるなら出ていかずとも暮らしていける。しかし人間らしい生活は望めない。外へ出て怪物に食われるリスクを負ってでも人里を探すか。衣食住満ち足りた生活を諦め確実に生きていける道を選ぶか。


 俺は生きたかった。なので幼女に膝を屈した。


「ここにすむのは、だめ」


 俺は泣いた。この幼女身持ちが硬い。じゃあどうしろってんだこのやろう。


「となりにしよ」

「となりぃ〜?」


 ノームちゃんの洞窟を出てすぐ横にもう一つ洞窟があった。


 熊がいた。悲鳴を慌てて飲み込む。


 でけえ。怪物ってこいつだろ。こいつと同居はちょっとしんどいね……。DV気質だろうし、多分張り手一発で沈むわ。


「あのさノームちゃん俺を亡き者にしようとしてない?」

「ん〜ん」


 首を振って洞窟の中でなおも身を横たえている熊を指さす。


「きのうしんだ」

「えぇ……」


 事故物件だった。

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