雪待ちの人
「さあて、やってきましたよっと」
研究所の爆発。あれから、数十年が経った。当然、姿は変わらない。――そして。
「また雪か・・・」
毎年、こうだ。五年を過ぎた頃から、これのためにジャンパーも買った。
「・・・まさか、抱かれたいが為の環境作りじゃないだろうな」
何かにつけ、ムードを重要視していたあいつのことだ。あり得ない話ではない。・・・寧ろ歓迎するところだが。
「ったく。・・・可愛げがありすぎる」
見た目は何処か冷たい印象を抱かせ、事実普段はそういう態度を取ることもあったが・・・切り替えがやたら上手かった。早い話が甘え上手だ。・・・彼女からすれば、その由来は好ましくないことこの上ないので、余り触れることはなかったが。
「・・・・・・」
煙草を一本点けると、そのまま歩みを進めた。
歩いて三分もしない。だだっ広い草地に出た。・・・あの後すぐ、諸事情に諸事情が重なったこの地は、跡形もなく取り壊されることになった。よってここには、あいつの墓もなければ亡骸さえも、恐らくここにはない。・・・そんな一角に、拳大の石があった。
「一年振りだな」
目印など、無用の長物なのだろうが。・・・何かしら置いておかないと、あいつから何かされそうで。記念とその証拠をやたらと残したがるあいつのことだし。
「そっちにいってから、全くロクなことが起きなかった。ダースレベルで一般人が言う死の危険に瀕するわ、さんざいじくり回されるわ・・・」
いつも通りだ。最初は愚痴から始まる。ここで余り長引かせると途端に機嫌が悪くなるが、なんだかんだ最後まで聞いてくれた。
「そっちはどうなのかね?色んな意味で行けないが。何か美味い物とかあるのか?・・・まさか嗜好品がないって訳じゃないよな?煙草がないのはちょっと御免被りたいところだが・・・」
後は延々この調子だ。ひたすら駄弁る。片方が飽きたらもう片方がしゃべり、両方が飽きたらそのまま黙って、大概はそのまま寝落ちかその先まで。そもそも毎日のように物理的にべったり、ということはなかったが、べったりするときはべったりしていた、というところだろうか。
「もう半世紀か、そんな長くない・・・いや、慣れちまったんだろうな」
そんな風に独り言つ。足下には、結構な量の吸い殻が、灰皿に山になっている。
「・・・吸うか?」
咥えていた煙草を岩に立てかけようとして、止めた。
『・・・間接は、あんまり好きじゃない。シガーが良いよ』
よく、そんな風に言っていた。・・・耳が漏れなく真っ赤だったから、嫌われていた訳ではないだろう、多分。一度突っ込んだら無言で殴られたし。新品の煙草に自分の煙草で
火を点けてやってから、岩に置いた。
「・・・自分でふかせよ。お前の拘りだからな」
・・・気にせず美味そうにふかすか、恨めしそうにふかすか、どちらかだろうが。
時間の流れは緩やかだが、同時に途轍もなく残酷だ。きっと、時間の流れはふるいかなんかなんだろう。時間が経つにつれ、大事な記憶、忘れたくない記憶だけが残され、後は皆流される。だが、時々流されたはずの記憶の欠片がひょっこり顔を出したりして。――それらが偶然か必然か、どちらであっても・・・これだから人間って奴は面白い。
「・・・最期まで、笑って逝きやがったな」
実際、これは一種の習慣のような物。会おうと思えば、いつでも脳裏にあいつは居る。まあ・・・理由はさっき言ったとおりだし、それ以外の理由も勿論ある。だが、これからも変わらないだろうことが一つ――この場所に来続けることだ。
良いことなのか、悪いことなのか。それは正直、判断しかねる。もしかしたら、あいつにドヤされる可能性だって有るのだ。――それでも。
「・・・さて、また来るぜ。次は一年後だ。・・・頼むから、吹雪にはしてくれるなよ」
しないだろうが。この半世紀、どんな異常気象の年でもこの日だけは粉雪以外になったことはない。――そしてこれからも、きっとそうだ。
「粉雪を・・・雪を待って、俺はお前に会いに来る」
元来た道を、引き返す。――いつもより少し甘い、濃い煙草の香りを傍に感じながら。
雪待ちの人 猫町大五 @zack0913
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