雪待ちの人
猫町大五
数分間
『・・・君は、生きるべき人間だ』
粉雪の中、掠れた声で。
『・・・嫌だけど。死人の言葉は呪いになるから。でも・・・』
――君の事だ、そうでもしないと私の後を追う気だろう?
『馬鹿野郎ッ!!』
『ハハッ、良かった。スプラッタ映画のラストみたいだが、怒れる元気はあるみたいだ』
『冗談を――』
『一つ、約束』
血塗れの少女。きっと、そうだろう。間違いなく。
『私のことは、忘れてくれ』
『・・・・・・』
『私との約束は絶対だ、分かってるだろう?』
おどけた口調で、血を吐きながら。
『・・・馬鹿野郎』
『ああ、破るのかい・・・末代まで祟るぞ』
『存分に祟れよ、残す代もない』
『あっ、クソッ・・・何でこんな時に良い台詞を・・・・・・うっ』
割れた眼鏡の手前が、僅かに滲む。
『何だっていうんだ・・・クソッ、事切れる間際位、気の利いた台詞をと前々から・・・その時になってみれば、全部アドリブだ』
身体の芯が冷える。――もう残りは短いと、実感してしまった。それでも。
『・・・勝手なことを、俺が追えないのを分かってて』
『そうだから。とんでもなく優しい無辜の君に、傷ついて欲しくないんだ。エゴだけど・・・ごめん、止められないや』
『この小悪魔・・・』
『良い人が居る。間違いない。こんな・・・どうしようもない位に好きなんだ。から、それ以上の人だって居るさ。・・・正直、負けたくはない、けど』
『負ける訳がないだろうッ!!俺の中では!!』
この・・・もう、――こっちが保ちそうにない。
『・・・君のせいだ』
『・・・は?』
『君とこうなってから・・・随分と弱くなったよ。君に何かある度に心臓には悪い、君が傍に居るだけで心地良い、でも・・・今はどうしようもなく寂しいんだ』
多分泣くな、これ。
『うっ・・・頼むから、守ってよ・・・そうじゃなきゃ、ずっと心残りだ・・・』
『幾らでも残れば良いだろ・・・ここに』
だから、そういうの・・・
『・・・ねえ』
『・・・何だよ』
『・・・やっぱ、訂正』
『・・・・・・何が』
『我が儘。・・・少しで良い、から。・・・覚えてて』
『当たり前だ』
だからさあ・・・・・・うっ・・・
『だから言いたくなかったんだ、こんな事・・・私がこうなるって・・・君の返事も分かって、だから・・・』
もう、止まらない。
『これからずっと、君に辛い思いをさせるんだ・・・私は隣に居ないのに。ここにきて、急に・・・寂しいんだよ、こんな近くに居るのに!!・・・・・・どうにか、してよ・・・』
八つ当たりだ。意識がぐらぐらしている。でも。――身体の先は、まだ辛うじて、温い。
『・・・してやる』
・・・ふと、温もりが増した。少し、確かに――痛い。
『今更一人なんて・・・勝手なことを』
どうしようもない。――暖かすぎる。・・・慣れすぎた、間違えようのない、甘い煙草の香り。
『でも』
『分かってる。から、言わないでくれ・・・辛いんだ』
・・・人は、何かの間際に素直になる、とはいうが。
『・・・お互い、弱くなっちゃったなあ』
『随分と素直にも、な。・・・遅すぎた』
震えが止まらない、お互いにだ。――寒さのせいじゃなく。
『・・・寒い?』
『冬だからな』
そうじゃない。・・・知ってるけど、勿論。涙は、いつの間にか止まっていた。
『・・・怖いんだ、死ぬのって。心臓に悪いや』
『・・・・・・』
無言で頭を撫でられている、多分。――全部分かって、やってる。
『・・・煙草』
『・・・・・・』
唇に、紙の感触と甘い香り。軽く咥えると、カチリと小さな音がした。少しだけ温みが薄れて、ふわりと空気が舞い・・・私の中へ。
『・・・夢見てるの?』
『最初にやってきたのは、お前だろ』
『・・・そうだったっけ』
覚えてる。気が合ってから暫くした後、施設の廊下で。
『いきなり前から突っ込んで来やがって。どれだけ驚いたと思ってる』
『・・・一度、やってみたかったんだ』
それから数え切れない程、する羽目になったけど。
『・・・いつも一人だったから。それまでは何ともなかったけど。あの頃から、誰かと繋がってたかったのかも』
『・・・・・・』
・・・ナナメだ。分かりやすい。
『妬かない。・・・気のない人間とするほど、安くない』
『・・・ありがとう』
相当堪えているらしい。胸元に顔を埋めている。――でも、随分寒い。
『・・・・・・ねえ』
『・・・何だ』
『約束。守ってね』
『・・・・・・』
『・・・・・・お願い』
ずるい女だと、思う。――でも。
『・・・・・・分かった』
・・・この人には、生きて欲しいから。――それ以上に。
『・・・やった』
『エゴだ、本当。・・・忘れたくても忘れられん』
私はずっと、この人の中に居たいんだろう。――残酷だ。
『・・・・・・恨む?』
『とっくに、恨みきったさ。・・・ずっと、傍に居る』
・・・本心、だろう。そんな人だ。
『・・・・・・じゃあ、我が儘。もう一個』
『何だ』
多分、これが一番辛い。――分かってる、けど。
『・・・・・・笑って。一杯』
・・・・・・最期に、笑顔。辛い、でも。
『・・・ありがとう』
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