第4話 いいですよ!

 わたしに彼女ができました。


 あのあと唯子ちゃんから交際してほしいと改めてお願いされたので、わたしも「よろしくお願いします」と頷きました。朝まであんなことをしておいて、断る理由はありませんでした。


 女性同士でそういう関係になることがどういうものなのかはまだわかりませんが、唯子ちゃんとならやっていける気がしました。


 疲れてしまったので翌朝になっても大学には行きませんでした。その代わりといってはなんですが、部屋で唯子ちゃんと一日中怖くない映画を観ていました。シナリオについて色々話し合ったりもできて楽しかったです。


 それからは再び大学に行くことができるようになりました。正也さんのことはきっぱりと吹っ切ることができ、息が苦しくなることもなくなりました。


「ほら優里、あーん」

「はむ。……おいしいです」

「じゃああたしも」

「あーんしてください、唯子ちゃん」

「……おいしい。フォークが」

「ちょっと唯子ちゃん!」

「あはは」

「えへへ」


 あの日から二週間が経った今、わたしは昼休みのがやがやとした大学の食堂で、少しスキンシップが激しくなった唯子ちゃんと隣同士で座り、学食のスイーツの食べさせあいをしたりしていたのでした。


「ねえ優里、今度の日曜どっか遊びに行かない?」

「いいですね。どこに行きますか?」

「優里と一緒ならどこでもいいよ!」

「唯子ちゃん……!」

「やっぱり可愛いね、優里は」

「唯子ちゃん!」


 わたしに真っすぐ向けられる笑顔に、わたしはなんだか恥ずかしくなりつつも、嬉しくなってしまってつい笑みがこぼれてしまうのでした。


「あのー……」


 そんな嬉しい想いを大切に心にしまっていると、唯子ちゃんの向かいに座ってとんかつ定食を食べていた唯子ちゃんの偽彼氏さんの田中義明たなかよしあきさんが、眼鏡の位置を直しながらなんだか申し訳なさそうに口を開きました。


「何? 義明」


 唯子ちゃんは面倒そうに田中さんに訊きました。偽とはいえ彼氏さんに対しては雑な態度に感じたりしますが、唯子ちゃんは人前以外ではいつもそんな感じで田中さんと接しています。


「ずっと思ってたんだけどさ、僕もういらなくなってない? ここにいて大丈夫?」

「それは、そうですね……」


 わたしは頷きました。唯子ちゃんの「優里わたしと付き合いたい」という願いはもう達成されてしまったので、もう田中さんが唯子ちゃんの恋人のするふりもないはずでした。


「いや、いるし」


 ですが唯子ちゃんは、そう言いました。


「どうして!?」

「どうしてですか唯子ちゃん!」


 唯子ちゃんから発せられた言葉にわたしと田中さんは同時に驚きました。唯子ちゃんはわたしたちを交互に見た後、水を一杯飲んでから再び口を開きました。


「あたしも優里も車持ってないし」

「だったらどっちか買えばいいんじゃないかな!?」


 田中さんが必死に唯子ちゃんに反論しました。だけどわたしには車を買えるほどの貯金はありません。


「一人暮らしの大学生が車なんて買える訳ないでしょ」

「それはそうだけども! でも電車とか使えばよくない!?」

「電車じゃ行けないとこもたくさんあるでしょ。それにあんたの車で移動すれば交通費かからないし」

「かかってない訳じゃないからね!? 僕がガソリン代とか高速料金とか払ってるんだからね!?」

「いいでしょ別に。あんたの実家お金持ちなんだから」

「それでも無限にお小遣いもらえる訳じゃないからね!?」

「じゃあやめる? あんただってお金目当てですり寄ってくる嫌な女の子から逃げたいからあたしのフェイク彼氏やってるんでしょ? だったらそれくらい安いものだと思いなさいよ」

「そういう言い方だと唯子も嫌な女の子になるからね!?」

「あたしだっていやらしい男から逃げたいの」

「ちょっと上手い返しだなって思っちゃったよ!」

「そんな訳だから、これからもよろしくね。大丈夫、お金についてはこれからもしっかり埋め合わせするから」

「よろしくって……ねえ、岡本さんはいいの? 表向きには僕と君どっちも唯子の恋人ってことになるんだけど……」

「いいですよ!」

「いいのかい!」


 田中さんがいてくれてもいなくなってもわたしは大丈夫だと思います。ですが唯子ちゃんが必要だと言うのであれば、必要なのだなと思いました。


 田中さんは両手で頭を抱えた後、唯子ちゃんと顔を合わせました。


「わかったよ……。他に頼れる人もいないし、唯子も実際そこまで嫌な女の子じゃないし……そうだよね!?」

「優里はあたしのことどう思う?」

「すごくいい女の子です!」

「本当に? 岡本さん本当にそう思ってる?」

「もちろんです! 唯子ちゃんは田中さんが思っている以上に素晴らしい女の子です!」

「…………まあいいや。何かあったらまたLINEして。あとは岡本さんとよろしくやって下さい」

「はいはーい」

「ありがとうございます」


 田中さんは立ち上がり、自分のと一緒にわたしたちの食べ終わった後のトレイも器用に持って行って回収口に置いてくれました。そしてそのまま食堂から去っていきました。田中さんはいつもそうしていきますが、今まで一度もトレイを落としそうになったことがないのですごいなと思っています。


「わたしたちも行きましょうか。授業もありますし」

「だね」


 そうしてわたしたちも食堂をあとにしようとした、そのときでした。




「優里ちゃん。ちょっと話があるんだけど……」



「正也さん……」




 わたしは、かつての恋人である、川畑正也かわはたまさやさんに肩を叩かれたのでした。

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