第4話

 俺にはずいぶんと眩しく見えたが、にゃっさんとアミちゃんによると、夕焼けは俺たちのよく知る夕焼けと同じような夕焼けだったそうだ。


 ピヨさんに作ってもらったハンモックの上で丸くなっても、なかなか眠くならない。顔を一度上げて、それからハンモックの下を眺める。わずかな水の流れに合わせて、真っ暗な水面に、時折白く眩しく光が反射している。

「ユーグレナ、眠れないのか?」

 声をかけてきたピヨさんに顔を向ける。ピヨさんはアミちゃんにヌイグルミのように抱きしめられている。

「だから考えごとしてた」

「どうせ変なこと考えてたんだろ」

「ここ、泉と呼んでいいのかなあ、ってね。水が湧き出てたから泉だと思ったけど、泉と呼ぶには広すぎる」

 ピヨさんを抱きしめていたアミちゃんが俺の方に顔を向ける。

「ここで定義問題を議論するつもり? 湿原、じゃないわね。テキトーに湿地とでも呼べばいいじゃない」

「いいねえ。確かにラムサール条約の基準に従えば、恐らく湿地だろうね。うん、便宜上とりあえず湿地と呼ぼう」

「何よ、煮え切らない返事ね」

「たとえば時期によっては六メートルを越える深さに沈むかもしれないし、もしかしたら俺たちは全長百メートルを超える巨体かもしれない」

「ああ、そっか。そうだね」

 アミちゃんが何度も頷いて「じゃあさ」と言いかけたところで、にゃっさんが「寝るんじゃなかったのですか」と遮った。

「仁山さんも起きてるのですか」

 ロッさんがぼんやりと光ったまま、小さく震えた。俺は喉の奥で「ググググッ」と小さく笑う。

「なんだよ、結局みんな起きてるじゃないか」

「あなたたちが騒がしかったですからねえ」

「うわー、にーやんが人のせいにするぅ~!」

「俺は人型じゃないから騒いでたのはアミちゃんだけだな」

「ゆーちゃんが逃げたー!」

 あざとく頬を膨らませるアミちゃんの顔をピヨさんが四本の足でガシガシと揺する。

「ホントにうるせえぞ」

 俺が「やーい怒られてやんのー」と言ったら、顔に糸をぶつけられた。思わず「ぐげっ」と声が出たし、顔がベタベタになった。理不尽だ。


 夜が明けても、やはりというか、ログアウトなどしてなかった。

 朝焼けも、にゃっさんとアミちゃんによると、俺たちのよく知る朝焼けと同じような朝焼けだったそうだ。


 頭の先から尻尾の先までを反らして伸ばし、「クケェー」と鳴く。ハンモック下の水の中に飛び込んで泳ぐように水浴びする。にゃっさんが「水を飛ばすな」というと、にゃっさんの顔に横からアミちゃんが水をかける。にゃっさんが怒ってアミちゃんを追いかけ、アミちゃんは「にゃはははは」と笑いながら逃げる。アミちゃんあざとい。

 ふたりを無視して水の中に飛びこむ。水の中を飛ぶように泳ぐ。水底に沈んだ落ち葉や砂や泥が舞い上がる。舞い上がった中に素早く動く影が見えた。俺は水面から顔を出し、大きく息を吸う。水の中に潜って、そっと落ち葉を持ち上げる。動いた影を両手で捕まえる。にゃっさんやアミちゃんの顔より大きな黒いシャコのような動物だ。捕まえたまま空中へと飛び出る。

「何かいた! 小魚だけじゃない! 他にもいる! まだまだいると思う! これは凄い!」

 捕まえた生き物をみんなの前に掲げる。だが、みんな俺の方を見るだけで反応がない。おかしい。ピヨさんの目にも映っているはずだし、ロッさんの視界にも入っているはずだ。だが、黙ったまま、反応がない。

「どうしたよ、みんな。見てよ、これ。もうシャコだよ、完璧にシャコだよ、大きなシャコだよ。他の生き物も水の中にいるんだよ。重大なことだよ。なんで落ち着いてられるの? 頭おかしいの?」

 ロッさんが僕の周りをぐるりと回り、にゃっさんは小さく首を振り、アミちゃんはため息をついた。おかしい。ピヨさんが俺の背中に飛び乗り、足の毛で俺の頭を撫でる。

「もう知ってる。ユーグレナが興奮すると思って、みんな黙ってたんだよ」

「はあっ?」

「ほら、ゆーちゃんの目だと水底なら見落とすだろうし」

「はあっ?」

「ユーグレナさんは知ったら必ず騒ぐと判断しました。その判断は間違いではありませんでしたね。そのときに近くにいなければ騒がしいのに巻き込まれないと思いまして」

「はあっ?」

「ごめんね、ユーさん。悪いとは思ってたんだ」

「はあっ?」

 ひどい、これがイジメだ。俺は「クァアア!」と鳴く。

「お前ら! 罰だ! 俺がまだ見てない生き物を水の中から持ってこい!」

「また今度な」

「冷たいからヤダ」

「メリットを感じませんね」

「僕は手がないからムリだよ」

 こいつら全員ロクデナシだ!

 ロッさんが俺の周りぐるりと飛ぶ。

「ユーさん、それは結局どうするの?」

「おいおいおい、そこだけ都合よく俺に訊くのかよ。ふざけんな、大歓迎だ。もちろん知的好奇心としての興味関心もバリバリだけれど、食料確保は大事だよね。ここでボディロストしたらどうなるのかわからないし、わからないなら食事は大切だ。食料にしようと思う」

「おーっ、ゆーちゃん偉い! この後スタッフがおいしく頂きました、ってテロップをわたしが作るから、わたしが食べるスタッフだね!」

「アミちゃん、お前は黙れ」

「ひどーい!」

「これは俺の獲物だ! 食いたければ自分で獲れ!」

「みなさん、落ち着いてください。ユーグレナさんが毒味をしてくださるのです。これからも食材候補のひとつめはユーグレナさんに食べてもらいましょう」

「お、仁山、それいいな!」

「流石オニーチャン!」

「オチがついてよかったね」

「よくねーよ! やっぱりお前ら全員ロクデナシだ!」

 俺が顔をそむけて鼻息を荒くしていると、アミちゃんが「ゆーちゃん、わざとらしすぎ。ワザ。ワザ」などと言う。アミちゃんのあざとらしさと比べればマシだ。

 にゃっさんが真っ直ぐに尖った木の枝を二本持ってくる。

「とりあえず焼きましょう」

「焼くってどうやって? にゃっさん、火なんかあるの?」

「ええ、火の属性の天使族でメイキングしましたので、初期スキルに火の魔法が含まれているんですよ」

「おおう、マジか。俺のボディの初期スキルなんて覚えてねえよ。いろいろ試すか」

「そうしてください」

「じゃあ、その間に焼いといてくれ」

 俺はシャコのような生き物をひっくり返し、木の枝を突き刺しやすいように差し出す。にゃっさんは「なかなか刺さりませんね」などと言いながら、木の枝を串にして刺した。


 大きなシャコっぽい生き物を焼いているにゃっさんから少し離れて、顔を上に向ける。喉の奥に力を入れて、二度三度と吐き出してみる。ブレスは出ない。風のブレスも雷のブレスも、両方とも出ない。鱗肌に意識を向けて、その感覚を広げるように身体の周囲に認識を広げる。周囲の空気を身体に寄せようとするが、動かない。うん、ムリじゃね?

 俺はロッさんの方を見る。

「ロッさんの使える初期スキルは何があるんだ?」

「発光の強さを変えるのと、回復だね。光量は変えられたけど、回復は試せないよ」

「試せないって、なんで?」

「そりゃあ、誰かが怪我とかしたときに使うスキルだから」

 俺は左の後ろ足を目の前に上げて、右手の長指の爪を立てる。鱗が割れるように傷がついて、赤い血が滲む。少し痛い。

「ユーさん、何やってるの!」

「ほい、回復を試してよ」

 俺は血の滲む左後ろ足をロッさんの方に差し出す。頭の中で「やめてよ」とロッさんの声が響く。その傷口にロッさんが近づいて、少しの間ロッさんの光が少し強くなる。傷口の痛みはもうない。真下の泉の湿地の水で洗う。滲んだ血が落ちて、傷口もない。

「うん、ロッさんの回復スキルはバッチリだね」

「ユーさん、こういう試し方は二度としないでね」

「前向きに誠心誠意検討に善処していく所存であります」

「ユーさん!」

 頭のなかでロッさんの声が響いて煩い。からかいすぎたか。


 にゃっさんの「焼けました」の声に、俺たちは集まった。焼き蟹のような香ばしい匂いがしている。

「ユーグレナさん以外では、誰が誰が食べますか?」

 ピヨさんが「オレが食べるよ」と脚を一本上げた。

「ひよこまめさんとユーグレナさんだけでしたら、焼く必要はありませんでしたね」

「じゃーわたしも食べる!」

 ピヨさんが木の枝の上に跳び乗り、振り返る。

「仁山、とりあえず持って来い」

 にゃっさんが「わかりました」と行って飛んで追いかける。俺やアミちゃんも、その後を追う。すると、簀子のようなもので作られた台のようなものが木の上にあった。よく見ると、削った枝が白い糸で固定されている。その上に、木の枝でできたカゴのようなザルのような容器が乗っていた。

「これ、ピヨさんが作ったのか。流石だな、スゲーわ」

「作るのが早いですね」

「まめさんって器用だよね」

「おねーちゃんはわたしのピヨちゃんだし、当然でしょ」

 焼いたシャコっぽい生き物を、にゃっさんとピヨさんが解体していく。人数が多いと邪魔になるから俺とアミちゃんは見学、ロッさんは手がないから手伝えない。

 解体していくのを眺めていると、身体の構造は本当にシャコそっくりだ。だが、大きいだけあって、殻がかなり硬そうだ。それに、脚の中にも身が詰まっている。特に捕脚は鎚のようにゴツい。

「凄い捕脚だな。にゃっさん、ピヨさん、それ、割れるかな?」

「捕脚ってどこだ?」

 俺は尻尾の先端を向けて答える。

「そのデカくてゴツい手みたいなところ。そいつがシャコと同じような生態なら、パンチみたいに突き出して獲物を捕るんだよ」

「そんなんで獲物が捕れるのか?」

「俺らの知ってるシャコなら、銃弾並みの速度でパンチするんだよ。それで貝の殻を割って食う」

「それは凄いですね」

 にゃっさんとピヨさんは、捕脚を伸ばしたり曲げたりする。ピヨさんが「銃弾ねえ、コイツでねえ」とつぶやいた。

「大きくなって威力が増したのか、愚鈍になって弱くなったのか、それはわからないけどね。ただ、少なくともこのサイズを支える食べ物はあるってことだ」

 にゃっさんは「なるほど」と何度も頷いている。

「捕脚はそういう部位だから、かなり硬いんじゃないかな、って」

「そうですね、ここを割るには道具が必要です」

「オレも道具がなきゃ無理だと思うな。ほじくり出すしかないんじゃないか? もしかしたら、ユーグレナ、お前の顎の力なら何とかなるかもしれないけど」

「では、食べる人が頑張ってください。そこまで介護はしません」

 俺とアミちゃんの「介護ってヒドい」の声が重なった。

 手づかみで、俺とアミちゃんとピヨさんで食べ始める。香りだけではなく、味も蟹だ。シャコではない。

「旨い蟹だな、食感は違うけど」

「美味しい蟹だねえ、噛みごたえがありすぎるけど」

「蟹の香りだな、弾力が違うけど」

「コンニャクやカマボコの噛みごたえかなあ、ちょっと違うけど」

「プルプルのところやトロトロのところやホロホロのところがあるからねえ」

「牛スジだろ」

「それだ!」

「それだね!」

「次は頭だな」

「シャコもカニやエビみたいにシャコ味噌っていうのかな?」

「知らなーい」

「まんまカニ味噌だ」

 素手でバリバリしながら木の枝でホジホジしながら食べているから、食べかすが飛び散る。仕方ない。

「食器が欲しいな」

「ゆーちゃんの手で使えるの?」

「人用のじゃ使えないな。長指に添わせて短指で掴む専用の形にしないと」

「それ、誰が作るの?」

「時間がかかってもいいならオレが作るよ。オレの手にも専用の道具が必要だし、ついでだ」

 ピヨさんが脚を二本あげた。一本は先端が尖った触肢で、もう一本はもさもさの中にフックのように曲がった爪がある歩脚だ。そんな脚でモノづくりとか、完全に変態の域に達している。

「ついで、ということでしたら、私の分もお願いします」

「あっ、わたしの分もぉ~!」

 今まで黙って見ていたロッさんが、ピヨさんの前に飛んでくる。

「みんな、まめさんに押しつけすぎだよ」

「いいよ、大丈夫だよ。サバイバルなDIYはしばらく必要だろうし、少しずつみんなで手分けしていこうぜ。ありがとな、ゼロ。オレがキツそうになったら、また気を利かせてくれ」

「いやあ、ロッさんはいい子だしピヨさんは大人だし、立派だなあ」

「ゆーちゃんも見倣いなさい!」

「アミちゃんもな!」

 騒ぎながら食べていると、残りは捕脚だけとなった。持ち上げて色々な方向から眺めてみると、側面の殻は他の部位より薄そうだ。薄そうと言っても厚くて硬いのは間違いない。どうやって食べるべきだろうか。

「ゆーちゃん、思い出したんだけど、シャコの爪なら横から押し潰すようにすると中身が出てくるよ。シャコなら一緒じゃない?」

「そんな方法があるのか。流石アミちゃん、よく知ってるね。試してみるよ」

 俺は左右の前足で挟み込むように力を込める。ズポンッと中身が飛び出す。オモチャの大砲みたいだ。ピヨさんが触肢で止めてくれなかったら台から滑り落ちていだろうた。

「ありがと、ピヨさん。次もいくね」

 同じように前足で挟み込んで力を入れる。ズポンッと飛び出した中身を、またピヨさんが触肢で止めた。

「この、ズポンッって感じがやってて気持ちいいな」

「僕には手がないからなあ」

「ロッさんが人型に変形できるのって、そんなに高レベルじゃなかったよな。同じようにできるようになるのかねえ」

「なってくれたら便利なんだけどね」

「あたしもスポンッやりたいのに、今の力じゃ無理ぃ~」

「私にもできそうにありません」

「オレはこの手でできるかどうか、だよなあ」

 言いながら、ピヨさんが触肢や捕脚の爪を突き刺し、食べやすい大きさに裂いていく。なかなか大変そうだ。

「そんなことを言うけどさ、ピヨさん器用だよね。その手でよくやるよ」

「ああ、爪が鋭いからな。突き刺して固定したり切り裂いたり削ったりは得意なんだ。色々な刃物を兼ねているとでも思ってくれ。それに、元々オレは自分のトラックもイジってたしDIYも好きだしな」

 そう言いながら、ピヨさんはシャコっぽい生き物の捕脚の身を分ける。

「もう少し時間があれば、木の皿やお椀も作れたと思う。ほい、ユーグレナの分。こっちはミィちゃんの分だ」

「ありがと、ピヨさん」

「ピヨちゃんありがとー!」

 捕脚の中の身は、素麺や豚骨ラーメンの細麺ぐらい、繊維が太い。その繊維の周りにとろとろの液体がくっついている。食べてみると、とろとろのところは旨味が濃い。繊維のところは、かなり歯ごたえがある。

 俺やピヨさんなら大丈夫だが、アミちゃんは噛み切れるだろうか。チラリとアミちゃんを見る。やはりというか、アミちゃんはいつまでもクチをモゴモゴとしている。

「アミちゃん、噛み切れるか?」

「悪いな、ミィちゃん。短く細かく切れなくて」

 アミちゃんはピヨさんの方を向いて、「んっ!」と声を出す。それから、噛むのをやめてズルズルと啜り始めた。

「そうだよ、ピヨちゃん! 麺類だと思えばいいんだよ!」

 曲がった木の枝を箸代わりにしているため、よけいに汁が飛び散っている。

 ピヨさんが触肢で捕脚の毛を整えながら、「早めに食器を作るか」とつぶやいた。そうして欲しい。そうしてくれ。


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