第3話
にゃっさんが「こちらで話しましょう」と手招きしていたので、俺とアミちゃんとロッさんは文字通り飛んで行く。にゃっさんはピヨさんと足元の水の中から落ち葉を拾っては放り捨てていた。
「にーやん、何してるの?」
アミちゃんの質問に、ピヨさんが答える。
「ここなら水の流れもほとんどないし、何か書くこともできるだろ」
俺とアミちゃんがにゃっさんの足元を覗き込むと、水底の落ち葉はどかされて平らな砂底になっていた。
俺は近くに沈んでいた木の枝を適当に何本か拾う。その中の一本を短く折って、平らな砂底の真ん中に突き刺す。
「ここが俺たちの出現場所、この辺りの森とする」
俺がそう言うと、その砂底を囲むようにみんなが集まった。俺は集まったみんなが棒を突き刺した砂底を見ているのを確認する。それから、上から周囲を見渡したときの方角を思い出す。方角と位置を合わせて木の枝を沈めたり突き刺したりしながら説明する。
「こちらの方向に山脈があって、反対の方向は森が遠くまで続いていて、その奥に平野が見えた。山脈の方を向いて右手は砂浜のある海で、左側は岩場と崖があって海だった。この崖のある海の方向に太陽が見えたから、それを基準にして定期的に太陽の位置を確認したら、たぶん東西南北がわかる」
「ねえ、ゆーちゃん。東西南北がわからない可能性があるの?」
アミちゃんの問いに、俺は頷く。
「ここが極地に近いとしたら、白夜と同じ現象が起きる可能性もある。公転軸と自転軸が直角近いのなら、そもそも東西南北の基準が適用できない。もっと言うと、ここが惑星天体とは限らないからね」
「ああ、うん、ゆーちゃんがそんな感じなら大丈夫そうだね」
アミちゃんは自分から訊いておきながら興味なさそうな顔で何度も頷いた。光の球体のロッさんや蜘蛛のピヨさんの表情はわからないが、今の話をまともに聞いていたのは腕を組んでいるにゃっさんぐらいだろう。
「話を戻すけど、位置関係は伝わってるよね」
俺が念を押すと、にゃっさんとアミちゃんは頷き、ピヨさんは足の一本を上げて肯定し、ロッさんは「大丈夫」と言いながら縦に揺れた。
「こんな位置関係の場所は『神話の夜明け』にはなかったはずだし、周りの風景も見覚えはなかった。マップや画像の繋ぎ目なんかも見つからなかったし、やっぱりここは『神話の夜明け』の中じゃないと思う」
俺の言葉に、にゃっさんが眉を寄せた。
「私は明日も会社に行くつもりなのですが、それは横に置きましょう」
俺とアミちゃんの「うわっ、社畜キモい」のつぶやきがハモった。それを無視して、にゃっさんは周囲をぐるりと見渡す。
「短時間なので狭い範囲しか見てませんが、この辺りは森の中のくぼ地になってます。水が湧き出しているところが複数ありまして、その水が溜まって泉になったようです」
俺もゆっくりと周囲を見渡す。水の中では俺の短指一本に満たない小さな魚が群れをつくっている。泉に生えている木々は、まばらだが四階建ての講義棟より高い。樹高としては大きなイチョウぐらいだろう。ザラザラした樹肌とツルツルした樹肌と、二種類の樹木が生えているようだ。
「なら、もう少し広く手分けして見回ってみるのはどう?」
「他にすることはありませんし、私はいいですよ」
「ヒマだしな、オレもいいぞ」
「ピヨちゃんがいいなら、わたしもいいよ!」
俺の提案に、にゃっさんピヨさんアミちゃんが同意する。俺が「ロッさんは?」と訊くと、ロッさんは小さく震えた。
「危なく、ない?」
「よし、ロッさんは留守番役をよろしく。俺は山脈の方を見てくるよ」
「では私はユーグレナさんの反対の方向を見てきます」
「それならオレは崖があるって方に行こう」
「えっ? みんな別々に行くの? それこそ危ないよ」
「あーあ、ゼロっちが臆病だからピヨちゃんと別方向になっちゃった。仕方ないなあ、わたしは砂浜に向かうよ。ゼロっちのせいでこうなっちゃった」
アミちゃんが大げさに肩をすくめる。それから、「心配なんだよ」とボヤくロッさんを残して、俺たちは各々の方向へ散策を始めた。
泉から山脈の方に飛べば、泉を越えてまもなく針葉樹林になった。針葉樹はメタセコイアに似た大樹がほとんどで、その根本にはシダのような植物や蔓植物らしきものが生えている。一度、手の短いトカゲのような動物が鳥らしきものを咥えているのを見かけた。耳をすませば動物の鳴き声らしきものが様々聞こえる。地面を探し回ると大小いくつかの動物のフンが見つかった。それらの動物のフンを落ちていた枝で割り潰してみれば小さな動物の骨らしきものが混ざっているのもあり、多様な動物がいるのは間違いない。
時間をかけすぎたと慌てて戻れば、すでにみんな戻っていた。
砂浜方向へ向かったアミちゃんによると、段々と樹々の背が低くなり、細長い葉っぱの草原が小さく緩やかな丘になっていて、その先が海とのこと。にゃっさんは、山脈の反対側に広がる森の奥へ、泉の水は流れて川になって続いている、と説明してくれた。その先の草原らしきところまでは、やはり遠くて行かなかったらしい。崖の方は、大きな岩が増えるにつれて樹々と水が減り、しかし唐突に崖になって波の打ち寄せる岩場になっている、とピヨさんは語った。
そんなことを確認しあっていると、太陽がずいぶんと高いところまで登っていた。木々の葉や枝に遮られて正確な位置はわからないが、木漏れ日が降ってきている。
「俺たちが来たときはまだ朝頃で、今は昼頃なんだろうな、きっと」
しわがれた声と甲高い声が同時に響くような、そんな俺の声に、にゃっさんとアミちゃんが頷いた。
俺とにゃっさんとロッさんで木々の上まで飛び、太陽の位置を確認する。太陽は山脈側の頭上だった。
それから『神話の夜明け』の思い出話をして、アミちゃんがロッさんをからかい、ピヨさんが蜘蛛の巣をひとつ張って、にゃっさんが仕事の愚痴を言いながら大きくため息をついた。
「本当にログアウトしませんね」
「僕も不安だよ」
「あれこれ考えたって仕方ねえとオレは思うぜ」
「うんうん、おねーちゃんのゆーとーり! ってゆーか、わたしはもうムリって諦めてる」
俺は「流石アミちゃん」と言いながら、アミちゃんを尻尾でズビシと指す。指差しならぬ尻尾指しと俺は呼んでいるのだが、なかなか定着しない。みんなも尻尾を生やせばいいのに。
俺は空を眺める。もう少ししたら、また木々の上まで出て太陽の位置を確認した方がいい頃だろう。
「そろそろ日が暮れてからのことを決めるか」
俺は「クケェー」とひと鳴きする。
「そうですね、前もって決めておくのは大切です」
「暗闇での知覚能力が最も乏しいオニーチャンは不安だよねー」
アミちゃんがにゃっさんのお尻を蹴飛ばした。にゃっさんはすぐさまアミちゃんの首根っこをつかんで「そういうことはやめなさい」と注意する。
「僕も決めておいた方がいいと思う」
ロッさんがみんなの周りをぐるりと回った。そういうロッさんの知覚能力は周囲の明るさに左右されない。
「僕はいいんだけど、明るさの話だけじゃなくて、みんなは睡眠も必要だよね」
「オレはゲーム内時間で六百時間のうち百八十時間を寝ればいい設定だったから、あんま気にしなかったんだよなあ。ユーグレナもそうだろ?」
俺は長指で角の根元をボリボリとかく。
「それがさ、五十万時間中十五万時間の睡眠が必要だから、ほぼ六十年周期なんだよね。ゲームデザイナーは絶対バカだよ、もちろんいい意味で」
にゃっさんが「概算すると、ひよこまめさんが二十五日サイクルで、ユーグレナさんが五十七年サイクルか」とつぶやいた。アミちゃんが「計算早くてキモい」とか言っている。流石にそれは理不尽だ。
「私は二十五時間に五時間の睡眠が必要です。確かユアミィさんも同じ設定値でしたかと」
アミちゃんが「なんで私のまで覚えてるの、キショい」とつぶやく。それは同意だ。
僕は辺りを見渡す。先程より暗くなってきている。そろそろ太陽の位置を確認する頃合いだろう。
ロッさんがまた、みんなの周りをぐるりと回った。
「何があるかわからないし、睡眠が必要なら眠くなくても寝た方がいいよね。僕が周りを見張っておくから安心してよ。仁山さんも寝ちゃっていいと思うよ」
「うぅ~ん、ゼロっちだけだと不安だなあ。わたしも起きてるよ」
「そんなことより太陽だ。俺は太陽の位置を確認する。テキトーに決めといてくれ」
「おいおい、ユーグレナ。自分の興味ばかり優先するなよ」
「空を飛べないからって僻むなよ、あねさん!」
ピヨさんの「ぶん殴る!」という声を聞きながら、俺は空へと飛ぶ。太陽は砂浜の向こうにあった。
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