第10話


 サウザントノアの襲撃は、小一時間ほどで終わった。

 幹部たちの召喚した眷属は、敗残兵を狩るべく散っている。

「エリック様、こちらへ」

 二口女の同体姉妹が、わざわざ持ってきた椅子をエリックに勧める。

 髪を結っていないことから、姉のライカが身体を支配していることがわかった。

「出てくるのは久方振りだな、ライカ」

「いえ、フウカです」

――あれ? ちがった?――

 仮面の下の目をこすり、もう一度、同体姉妹を見る。たしかに姉であるライカが出ている。その証拠に、いつもはきっちり合わせている着物の前合わせが、見せつけるようにはだけている。

――試されているのか? それとも戦っているうちに、髪と服が乱れたとか? その割には、返り血で汚れてないしなぁ――

「そうか、それは悪かったな。てっきりライカだと思っていたのだが……」

 謝罪を述べる。

 すると即座に、言葉が返ってきた。

「すみません。エリック様の仰る通りです。騙すようなことをして、誠に申し訳ありませんでした」

 同体姉妹の後頭部の口だ。丁寧な口調からフウカだとわかる。

 自身の見立てが間違っていなかったことに、エリックはほっと安堵する。

「駄目じゃないフウカ、エリック様を驚かそうと思っていたのに」

 悪びれた風もなく、ライカがくすくすと笑う。

「ははっ、十分驚いたぞ。それで首尾は?」

「上々。ジョドーの働きによるものが多いけど。ジャバウォックもなかなか」

「そういうライカはどれくらい倒したのだ」

「一万から先は数えてないね。だって面倒くさいし、数を競う戦いじゃないでしょ」

「そうか。で、捕虜の数は」

「ざっと六万。そのうち投降兵が二万で、非戦闘員は二万。残りが、たぶん奴隷。魔獣の餌でしょ」

――餌だけで二万かよ!――

「魔獣を養うのに、それほどの人間が必要なのか」

「あー、そうなりますかねぇ。魔獣どももかなりの厚遇だったみたいだね」

「どういう意味だ?」

「わざわざ部位ごとに切り分けていたからね。それはもう大変に面倒臭い労働だったと思うわ。アタシだったら適当に斬ってる」

「部位ごと?」

「当然、まるで測ったかのように腕や足の長さが整っていたからね。あれじゃあまるで資材よ、資材。死肉の家でも建てるつもりだったんじゃないの」

 不謹慎なことをカラカラと笑って話す。妹のフウカとちがって、姉のライカは自由奔放だ。

「姉さん、いくらなんでも失礼よ!」

 姉の非礼を咎めるフウカ。

「ここは戦場だ。多少の非礼は許そう。しかしライカよ、妹の言うことも一理あるぞ」

「つい、いつもの癖で……申し訳ありません」

「良い、許す。いきなりは改まらないだろうが、努力はするように」

「はい。……ところで捕虜はどこへ運ぼうか? ミストニア、それともサウザントノア?」

「それについては問題ない。スゥに拠点を造らせておいたからな、そっちへ運ぼう」

「ああ、亜人の住む一帯に造った拠点だね」

「そうだ。さて、粗方片付いたことだし、俺はすこしこの前線基地をしらべてくる」

「そういうのは眷属にやらせればいいんじゃないの」

「自分の目で見ておきたいことがあるのでな」

 そう言うと、エリックはライカ・フウカを伴い。いまだ火の手のあがっている前線基地を歩く。

 いくつか建物の中を覗いて回る。

「前線基地だけのことはある。かなりの食料と武器だ、当面の活動資金にあてよう。ライカ、あの離れた建物だが……やけにボロいな。最初に立てた兵舎かなにかか?」

「さっき話した、死肉をバラしていた場所」

「一応、見ておこう。リンガイアの情報が掴めるかもしれん」

「アタシは嫌だね。あんな血なまぐさいところ、臭いが染みついちまう」

「ならばいい、一人で行く。ここで待機だ」

「…………」

 ライカは嫌がりながらも、エリックのあとに続いた。

 軋む扉を開けると、強烈な死臭が鼻をつく。

 さすがにエリックも顔をしかめた。ライカが嫌がるのもわかる。

「嫌なら外で待っていてもいいんだぞ」

「仕事だから」

 鼻を摘まみ、中に入る。

 ヌルヌルした床が、エリックを迎えた。

 部屋の隅には解体した死体が、山と積まれている。地獄絵図さながらの光景に、エリックは気分が悪くなった。酸っぱいものが食道をのぼる。耐えがたい不快感。嘔吐は我慢できたものの、気分の悪さは収まらない。

 部下の目があったが、その場に唾を吐く。

「外道、死んで当然の連中だったな。捕虜にするんじゃなかった」

「でしたら、いまから殺しますか?」

「それには及ばん。せっかく捕虜にしたのだ、有効につかおう」

 死体を解体したであろう作業台に歩み寄る。奇妙なことに、作業台の上には医療器具が散乱していた。

――普通、こういう場合はのこぎりとか包丁じゃないのか?――

「人体実験でもしていたのか?」

 今度は死体を検める。

 ライカが言った通り、切り取られた手足の長さは一定に揃えられている。

「長さを揃える意味があるのか? ますますわからん」

 エリックは、なぜかこれらの行為が気になった。

 部屋の物色を続ける。

 解体された死体の山をしらべていると、エリックの耳になにかが届いた。

 微かな風音。それも意識しないと聞き逃してしまうほどのちいさな音。

「どこからだ?」

 耳をそばだて、近づく。

 音は、死体の山の中から発せられていた。

 手足を掻き分け、音源を探す。

 ほどなくして、子どもの身体に行き着いた。音の正体は、この子どもの呼吸だったのだ。

 残虐非道の行いに、不快感が吹き飛ぶ。

――まだ子どもじゃないか! こんな、こんなちいさな子どもをッ!――

 無意識のうちに硬く拳をつくっていた。皮膚の擦れる音がかすかに鳴る。

 エリックは怒りを燃やしていた。

 静かな気迫。

 尋常ならざる気配に、ライカは半歩さがった。よく見ると、俯いた額に珠のような汗がびっしりと浮いている。

 普段であれば彼女のことを気遣うエリックだが、怒りに囚われそれどころではない。ぶつけようのない怒りを静めるのに必死だ。

 手足を切断された子どもを抱きかかえる。

「〈完全治癒〉」

 慌てて魔法で癒やす。

 しかし欠損した四肢は再生されることはなく、子どもはだるまのような姿で、息を吹き返した。

――ゲームじゃ手足の欠損はなかったもんな……――

「大丈夫か?」

「助けて、なんでもします。なんでもしますから命だけは」

 自身を解体した相手と勘違いしたのだろう。子どもは泣きじゃくって命乞いをした。

「落ち着け。助かったんだ」

「……本当?」

「ああ、本当だ。俺はベルーガの者だ。一体なにがあった」

「村が襲われて、帝国のやつらに捕まって……」

 そこから先を話したくないのか、子どもの声がどんどんとちいさくなっていく。

――よほど酷い目にあったんだな。リンガイアめ、人の心がないのか!――

 どのようにしてくれようか、と考えていると、子どもは思い出したかのように喋りだした。

「妹を、アディーを助けてください」

「妹? 戦火に巻き込まれた者もいるが、生存している者は助け出している。そこにいればいいのだがな」

 ジョドーに建物を焼かせたことを悔やみながら、エリックは言った。しかし子どもは、すさまじい眼力で、エリックを見据えた。

 戦うどころか抗う術すら持たぬ子どもの目に、エリックは射竦められた。同時に、不憫な姿で生きながらえさせる結果となったことに、心が痛んだ。

「ちがいます。妹はこことはちがう場所に――帝都のどこかにいるはずです。ベルーガの人、知っていることはなんでも教えます。だから妹を助けてください」

 手足を失った我が身より妹を案じる子どもに、エリックはじわっときた。

 赤城一馬にも妹はいた。

 この子どもよりもいくつかか年上だったが、いじめが原因で自殺した。

 最愛の家族であり、数少ない理解者であり、そして一馬のゲームを楽しんでくれた最初のプレイヤーだった。

 そんな妹がいたからこそ、一馬はゲームクリエイターの道を歩んだ。

 子どもたちに夢を贈る仕事を。

――妹を亡くしたときの俺も、この子のような目をしていたのだろうか――

 自問自答する。そして本来の自分を思い出す。

――この世界でも、子どもたちに夢を与えたい。笑顔で暮らせる世界を――

「安心しろ、妹も助けてやる。だからいまは眠れ。悪い夢はもうじき終わる」

「ありがとうございます」

 エリックは無詠唱の〈睡眠〉を行使した。

 興奮していた子どもが、即座に眠りに落ちる。

「約束しよう、エリック・フォン・フレデリック・リヒターの名にかけて」

 煮えたぎる怒りを腹の底に押し込め、エリックは狂気の部屋から立ち去った。


      @


 リンガイアの前線基地を壊滅させたエリックは、一路サウザントノアに戻った。

 いつものように、部下二人が玉座の間へと先導する。

 軽く、一連のことを説明する。

 するとカボチャ頭の執事はえらく驚いたようで、

「恐ろしい。まさかここまで読まれていたとは……」

「一体なにを言っているの?」

 スルシャナはすこしばかり、むっとした表情で答える。

 エリックもスルシャナと同意見だった。

――一体なにを言っているんだ?――

 指示を出した本人ですら、なんのことだかわからない。

「ジョドーともあろう者が、まだ気づかないの? いえ、理解できなかったの」

「…………?」

 首を傾げるエリック。

 そんなエリックに変わって、スルシャナが口を開く。

「すべてはエリック様の計画通り、ということよ。これは私の予想なのだけれど、石化を解く方法が、穀物の贄だと情報を得たときから考えていたのでしょうね」

「意味がわかりません。なぜ穀物とリンガイア帝国が関係するのですか?」

「まだわからないの? 鈍いわね、エリック様も呆れてるわよ」

――いや、理解できなくて口を挟めないだけなんだけど……――

 ジョドーだけでなく、武闘派の部下たちが、視線を向けてくる。

――これって、俺が説明する流れ? ちょ、無理でしょう! そもそもその場凌ぎで立ち回ってただけなのに!――

「エリック様、ご説明なされないのですか?」

 これといって悪意の見えない表情でスルシャナが促してくる。

――もしかして、こいつら俺を試しているのか! 一体どこでやらかした?――

 エリックの胃がキリキリと痛んだ。

 現実社会でのプレゼンを思い出す。

 同僚と何気ない会話をして、相手を驚かせたいがためについた嘘。「俺なら、十年は遊べるMMORPGをつくるけどな」ちっぽけな自尊心を満たしたいがために、ぽろりと溢したちいさな虚勢。それがどのような経緯で、あそこまで大事になったのか。

 なかばルーチン化した活気のないプレゼンの場に、大手ゲーム会社の役員の姿を捉えた瞬間を思い出す。

 もともと個人で創ろうとしていたフリーゲームの構想があったので事なきを得たが、いま考えても愚かな行動だった。

 それがいま、再現されようとしている。

 現実世界ならば、せいぜい大手ゲーム会社の役員に飽きれられ、周りから冷たい目を向けられる程度で済んだかも知れない。しかしここは異世界、世紀末アニメみたいな弱肉強食の世界だ。

 サウザントノアに君臨する価値が無いと見做されたらどうなるか。減俸、降格どころでは済まされないだろう。最悪の場合、身の破滅――死が待ち受けているかもしれない。

 あくまでも、仮定の話なのだが、そう考えるとエリックの膝が無意識に震えた。仮面の下は汗でべとべとだ。

 黙っているエリックに違和感を抱いたのか、スルシャナは眉をひそめる。

――疑われている……のか? だとしたら不味いな。どうにかして切り抜けないと――

「くくくっ、ふふっ、はーはっはっはっは」

 とりあえず笑って誤魔化す。

 幹部連中は意表を突かれたようで、目も瞠って硬直している。スルシャナが話を戻す前に、エリックから切り出した。

「いや、すまない。あまりにも予想通りだったのでな、堪えきれず笑ってしまった。本当にすまない」

「エリック様、これら一連の――」

 口を開いたスルシャナを、エリックは手で制した。

「まずは謝ろう。おまえたちを試していたことを。そして聞いてほしい。俺の心意を」

「心意?」

 幹部たちが、微かなざわめきが湧く。

「おまえたちも知っての通り、俺はカイハツとしておまえたちを生みだし、ウンエイとしておまえたちを育てた。ここまでは知っているな?」

「存じております。カイハツとウンエイの頂点に君臨し、我らの創造主にして偉大なる教示者。双天の頂きにおわす、至尊の御方。唯一無二の存在」

 慇懃無礼なジョドーが床に膝をついた。そのまま擦りつけるように額ずく。プライドに重きを置く悪魔にしては、珍しい行動だ。

 同僚の動きから事の重大さを知ったらしく、ほかの幹部もジョドーに倣う。

 権力を傘にして、有耶無耶にすることに躊躇いはあった。しかし、この場はこうでもしないとエリックのメッキが剥がれ落ちてしまう。

 やむ得ない処置。言い訳を胸に、エリックは逃げ出すべき布石を打った。

「おまえたちの能力についての話になるが、実のところ戦闘技術以外は手つかずなのだ」

 これに関しては嘘ではない。事実、ゲームの登場する敵キャラ、NPCプレイヤーとして戦闘データしか与えていない。それ以外の知識は設定レベルのもので、データは蓄積されていない。だからこそ、この世界に来たエリックは、無駄な争いが起こることを危惧して自ら行動したのだ。

「そ、そのようなことは――」

 突きつけられた真実を否定しようとするスルシャナ。

 可哀想だが、エリックは心を鬼にして指摘する。

「では問おう。スルシャナよ、『ヤサイニンニクアブラマシマシ』この意味がわかるか?」

「……なにかの呪文でしょうか?」

 スルシャナは恐る恐るといった様子で答える。

「やはりな。これが答えだ」

「仰る意味がわかりません」

「スルシャナが呪文だと思ったワードは、俺のいた世界では有名な言葉だ。選ばれた一握りの者だけが口にすることを許される、力ある言葉だ。軽々しくつかって良い言葉ではない。このことからもわかるように、おまえたちは戦闘以外の知識と経験が不足している」

「……失礼を承知でお尋ねします。そのワードの意味をお教えください」

「たわけがっ!」

 思いがけず、エリックは絶叫した。スルシャナは逆鱗に触れたのだ。

 生粋のジロリ○ンであるエリックからすれば、コールひとつまともにできない輩に、あの完全食について語り合う資格はない。それどころか、興味本位で尋ねるのは冒涜以外の何物でもない。ググれよ、と怒鳴りたい衝動を抑えるのに必死だ。

 スルシャナは遠目でもわかるほど萎縮し、幹部の面々は床を割らんばかりに額を押しつける。

「このワードは人に教わるものではない。神聖なる場所へ赴き、そこに記された掟を読んでこそ真の意味を知ることが――」

 そこでエリックは気がついた。幹部たちが己に恐怖していることを。特にスルシャナは重傷だった。充血した眼で、いまにもこぼれ落ちそうなほど涙を溜めている。

「すまない。俺としたことが、つい頭に血がのぼってしまった。スルシャナよ、いまのことは忘れよ」

 エリックの怒りが冷めて安堵したのか、スルシャナはその場に崩れた。

「うう、ぐすっ、ぐす、ええ~ん」

 幼子のように泣きじゃくる部下。

 エリックの胸がチクリと痛んだ。それと同時に狼狽える。

 女に泣きつかれた経験のないエリックは、こういうとき、どのように対処すればいいかわからない。

 とりあえず宥めようとスルシャナの肩に触れようとするも、彼女はスルリと手を抜けた。

「ぐすっ、ぐすっ、愚かな臣下をお許しください。命をもって償わせていただきますッ!」

――あー、この光景見たことあるわぁ――

 以前にもあったように、スルシャナはナイフを逆手で握り、自身の胸元へ切っ先を向ける。

〈編集〉の能力で、忠誠度を爆上げした自分を呪った。

 優秀な部下に死なれては困る。

 エリックは慌てて、スルシャナからナイフを奪おうとするが、彼女は頑なに拒絶する。

「何卒、何卒お慈悲を。愚かな臣に、罪を贖う機会を」

「落ち着け。まずはナイフを捨てろ、話はそれからだ。なっ」

「できません。エリック様を怒らせるなど、臣下にあるまじき行為。死をもって償わなければ、私が私を許せません!」

 聞き分けのない部下に、エリックは泣きそうになった。

 昔の上司の口癖、「部下を持つと俺の苦労がわかる」という意味がわかった気がする。

 無能も大概だが、融通の利かない頑固者はそれ以上に大変だ。ある種、危険物を扱うのに似ている。

 世の中間管理職の悩みを悟ったところで、現状が変わるわけもなく。

 無駄に取っ組み合いを続けている。

 レベルはエリックのほうが上なのに、なぜかスルシャナに勝てない。

――なぜだ?――

 ウィンドを覗く。

 力のステータスに、種族ボーナスが加算されていた。

――強ぇー、オールマイティなキャラの設定だったはずなのに、なんだこの馬鹿力!――

 幹部たちが手助けに回ろうとするも、エリックを傷つける恐れがあるので迂闊に手を出せない状況。

 そうやっている間に、二人のスタミナが底をつく。

「はぁはぁはぁ」

「ぜぇぜぇぜぇ」

 こうなるのを待っていたようで、グスタフとスゥが止めに入ってきた。

 武闘派の二人の介入により事なきを得る。

 現実世界なら痛み分けで終わるいざこざも、ここでは違うようで。スルシャナは幹部たちに囲まれている。彼女以外の幹部たちが、射貫くような鋭い視線を不届き者に叩きつけている。

 いたたまれない光景。

「問題は解決した。スルシャナのことは不問とする」

「なりません。我らが主の命令に背きました。万死に値します」

 普段は目立たない、無口な黒ずくめ――ガルシャープスが言った。

「おまえたちも聞いていただろう。俺は『不問とする』と言ったし、『いまのことは忘れろ』とも言った。意味はわかるよな」

「ですが、現にエリック様を危険な目に――」

「――わかるよな?」

 黙り込むガスシャープスに代わって、今度はジョドーが口を挟む。

「エリック様のお考えは我らも理解しております。ですが物事には筋道があります。スルシャナの件は、大きくそれを――――」

 エリックは、最後まで聞く気にはなれなかった。

 中空から錫杖を引っぱり出すと、あらん限りの力で打ち鳴らす。

 甲高い金属音が玉座の間に鳴り響く。残響が消えるよりも先に、幹部たちは唇を一文字に結んだ。

「同じことは三度も言わんぞ」

「…………」

 異論は出なかった。

「話を元に戻そう。スルシャナ、汚名返上の機会を与える。答え合わせの意味も込めて、ここはおまえに説明してもらおう。できるか?」

「畏まりました。浅学非才の身ではありますが、エリック様の描かれた計画を説明したいと思います」

「期待しているぞ」

「はっ」

 スルシャナは短く答えると、一歩前に踏み出し、幹部たちを見渡した。

「それでは、此度の計画の仔細を説明します。あくまで私の推論なのですが、天狼族を助けたときからこの計画は動き始めていたのでしょう」

 ジョドーが手を挙げる。

「質問してもよろしいでしょうか」

 エリックは、スルシャナの説明が気になったので、口を挟むことなく首肯した。

「許しをいただけたので、質問に移ります。メフィの報告によると、その天狼族は稀少種族とあります。その天狼族と接触しただけで、この計画を考えついたと?」

「そうなるわね」

「メフィ、天狼族の村から帰ったとき、女子だけでお茶会をしていましたね。その時に、スルシャナにだけ報告にない、、を教えたわけではないのですね」

「いえ、まったく」

「ならば結構です。続けてください」

「おそらくですが、天狼族を狙う勢力――良からぬ考えを持つ者が来ると予期されたのでしょう。事実、辺境伯が釣れました。即座に手を下さなかったのは、悪事を働く瞬間を狙っていたのでしょう。よそ者であるエリック様が好印象を持たれるには、良い意味で目立たねばなりません。辺境伯はそのお膳立てに大いに役に立ってくれました。おかげでベルーガ軍国の女王と接触できたのですから」

「ワシも質問じゃ」

 今度はグスタフが手を挙げた。リビングアーマーなのに、耳障りな金属音一つ鳴らさない。優れた武人の証だ。

 そのリビングアーマーが老人の声で問う。

「ベルーガの傘下に入ったのは悪手じゃったな。まあ、あの時点ではミストニア周辺の勢力について情報が入っておらんかったから仕方はないが」

「それも計算の内に入っていたと思われます」

「根拠は?」

「兵法にもあるではないですか。強者について手柄を立てても褒美は少ないですが、弱者について手柄を立てれば褒美は大きい。後々のことを考えるならば、目立たずちいさな歯車になるよりも、多少目立っても国を動かす主軸となればいい。そういう考えもあってのことなのでしょう」

「それにしては随分と不味い状況じゃぞ。軍国内部はいくつも派閥があると聞く。一枚岩でない国では、独り立ちもおぼつかんて」

「それこそが最大のメリットです。いくつも派閥があるのならば、我らが操作すればいいだけのこと。下手に一枚岩では付け入る隙がありません。そういう意味では、ベルーガは非常にやりやすい相手と言えます。それに私たちの練習にもってこいです」

「練習じゃと?」

「先ほどエリック様が申されたように、我々は戦闘技術という絶対的な力を持っている反面、それ以外の知識や経験は恐ろしく乏しいのです。それを補う練習場にベルーガを選んだのでしょう」

「なるほどのう。では、リンガイアの侵攻軍を悉く皆殺しにした理由は?」

「その理由は簡単です。穀物です」

「穀物? たしか石化の呪いを解くのに大量につかうというアレか」

「そうです」

「しかし穀物とリンガイアにどういう関係があるんじゃ。そこが皆目理解できん」

 グスタフは無い髭を撫でるように、兜の口元を撫でる。

 スルシャナは嬉しそうに微笑むと、説明を再開した。

「それこそが最大の目的です。リンガイア自体に穀物は関係ありません。いくら大型の魔獣で騎兵隊を編制しているからといって穀物を大量に消費するわけではありません。あれらの主食は人肉です。問題はやつらが通った後。人肉を糧とするのですから、死肉を喰らうでしょう。ですが、それですべての魔獣の空腹を満たせるでしょうか?」

「満たせないと?」

「可能性は高いです。現にあつめた情報によると魔獣を繁殖させているとありました。知っていますか、成体よりも育ち盛りの幼獣のほうが食欲旺盛だということを」

「いくら食欲旺盛でも、魔獣ならば穀物を食わんのじゃろう」

「ええ、魔獣は食べませんし、リンガイアの兵が消費する量もしれてます。問題はつくる量です」

「つくる量?」

「多くの人間が魔獣に喰われては、それに立ち向かう兵士が補充されるでしょう。そうなれば穀物をつくる農民がまっ先に徴兵されます。穀物生産量の激減は確実。それによる高騰で、穀物の値段が跳ね上がります。リンガイアを滅ぼさねばこの負のスパイラルはより一層加速すると思われます。三煌復活の日は遠のくでしょう」

「なるほど、じゃからあれほど見立たぬようにと厳命されていたエリック様が、あのような行動に出られたのじゃな」

「それもこれも我らが至らぬばかりに……」

 スルシャナは、心の底から悔しそうに唇を噛んだ。あまりの力に紫色になるほどだ。

 幹部たちも、そういう理由があったからかと、しきりに感心している。

 エリックはというと、放心状態だった。

 部下の勘違いと、想像を絶する有能さに……。

――俺、なんにも考えて行動してないのに――

 などと口が裂けても言えない。もし本当のことを白状したら……考えるだけでも恐ろしい。

 優秀な部下が離れるだけであればまだいい。敵にでもなろうものなら大変なことになる。

 ここはスルシャナの解釈に同意しよう。

「よ、よくぞ我が策を見抜いた。スルシャナよ、褒美を与えよう。……そうだな、先の一件を水に流そう。今後、先のスルシャナの失敗を口にした者には罰を与える。わかったな」

 誰も異論を唱えないことを確認し、エリックはほっとした。

――仲間同士で殺し合いとか、ホント洒落にならんからな。こいつらイリステアの国をあーだこーだ言ってるけどさ。サウザントノアも大概だよ。もっと仲間意識を持ってほしいんだけど。……当面の問題はそれかな。管理職はつらいって、あれマジネタだったんだな。部下を持つ身になってやっと理解できたよ――

「それでは本日の会議はここまで、各員持ち場に戻れ」

「ははっ」

 幹部たちが一糸乱れぬ動きで、頭を垂れる。

 あまりにも体育会系じみた動きに、エリックは辟易した。

――こういうの苦手なんだけど――

 幾度か注意したことがある。そのたびに幹部の皆は口を揃えて固辞した。これでも無駄と思える儀式めいた礼儀作法はだいぶ省いたのだが、合理化を旨とするエリックにとっては、どうにもし難い苛立ちがある。

 絶対的支配者としての権限で、それらをすべて無くしてもいいが、そうなると幹部たちの忠誠を踏みにじるようで、なかなか踏み切れない。

 合理主義者として如何なものか、と常日頃から悩んでいる。いまだ名案が浮かばず、儀礼的な作法に関しては幹部たちの好きにさせている。

 そう、エリックは自分のこととなると煮え切らない男なのだ。

 そんな自分を、エリックは歯痒く思っている。

――俺もまだまだだな――

 自身にダメ出しをしてから、部下のいなくなった玉座の間を後にした。

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ゲームクリエイターwith『MMORPG』 異世界へ行く 赤燕 @none666

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