私達の日常

 私が愛して止まないもの。1にマコト先輩、2にマコト先輩。34を省略すれば、5に来るのもマコト先輩、ではない。世界は私とマコト先輩を中心に回っていると本気で信じているけれど、こんな私にだって他の人を思い遣る良心くらい残っている。


「チカちゃんは可愛ええねぇ」

「何言うてんの!私なんぞよりユメちゃんの方が何百倍も可愛ええで!」

「お世辞でも嬉しいわぁ」

「謙遜しちゃって!ユメちゃんの謙虚さ、ホンマ素敵やわぁ!まるで大和撫子!」


 そう言って細い腰に抱きつくと、彼女は擽ったそうに身を捩った。笑い顔がとっても愛らしい彼女の名はユメちゃん。いつもぼんやりしていて、目を離したらふわふわと何処かへ行ってしまう、なんだか放っておけない女の子。私の親友で、マコト先輩の妹だ。マコト先輩とユメちゃんは仲良しで、遊びに行ったり買い物に出掛けたりしていることも知っている。年間の合計時間ならばユメちゃんは私よりもマコト先輩と一緒に過ごしていることになるのも計算済み。だけどやきもちは妬かない。これがもし他の女の子だったら、拉致して痛めつけて、バラバラに解体して擂り潰して、海に撒いて魚の餌にでもしてやるところだが、ユメちゃんは別だ。特別だから許しちゃう。だって私の大好きな友達で、未来の可愛い妹だもの!


「あ、お弁当忘れてしもた」

「それは大変!今日のお弁当はユメちゃんの好きな豆腐ハンバーグが入ってたんに!」

「そうなん?チカちゃん、私のお弁当の中身なんで知ってるん?」

「……エスパーやから!」

「チカちゃんは凄いなぁ」


 クラスメイトが購買や食堂に向かい、人も疎らになった教室にユメちゃんの小さな拍手が鳴る。無垢、どこまでも純粋無垢。天使のような清らかな心を持つユメちゃんは、まさか昨日自分の母親が親友に尾行されていたとは思いもしないだろう。

 マコト先輩は学校で2回弁当を食べる。朝練後の早弁と、昼休みの昼食。昼に食べる弁当は私が作っているから、お義母さまが作る早弁用の弁当と中身が被らないように日々チェックするのも、デキる彼女の務めだろう。だって朝と昼の弁当の中身が別の方が、きっとマコト先輩も嬉しいに違いないもの!因みに私が作った今日の弁当にはマコト先輩の好物である南瓜の煮付けが入っている。お義母さまは煮物を作るのが苦手で、滅多に食卓に並ぶことがないだろうから、大喜び間違いなし!


「今日のおかずは~、マコト先輩の好きな南瓜の煮付け~!じっくりコトコトぱんぷきーんっ!愛情たっぷり美味しくなぁれ~!」


 そして南瓜の歌を歌いながら愛情と時間をかけて作ったので、美味しいのは間違いなし!未来の旦那様の胃袋を今からがっちり鷲掴んでおくのもデキる彼女の務めだろう。出来ればユメちゃんにも食べさせてあげたかったが、少食なユメちゃんは弁当2個分も平らげられないので仕方ない。代わりに腰に巻きつけた腕のちからを更に強める。愛情表現って大切よね。マコト先輩以外の人間とか正直どうでも良いけれど、ユメちゃんは別だ。特別だから、うんと愛しちゃう。だって私の大好きな友達で、未来の可愛い妹だもの!


「おい変態女、ユメに抱きつくな。変態が感染うつったらどないすんねん」


 不意に私とユメちゃんに影が掛かる。見上げると180センチ越えの金髪頭が私を睨み付けていた。この男はバスケ部のエースと持て囃されているクラスメイトで、マコト先輩の後輩で、ユメちゃんの恋人で、私とユメちゃんの仲良しを僻むお邪魔虫野郎だ。

 その声は苛立ちを含んでいて、私への嫌悪感が隠しきれていない。とても気が合うわね、私もユメちゃんにちょっかい出すお前が大嫌いよ!


「出よったな、こンの巨人兵!アンタこそ私のユメちゃんに近付くなや!彼氏面しよってからに!」

「彼氏や!お前こそベタベタして、何様のつもりや!」

「私はユメちゃんの親友じゃい!」

「えへへ、親友やって。嬉しいわぁ」

「そんでもって未来のお義姉様や!」

「あはは、チカちゃんは面倒見ええもんねぇ。ホンマに私のお姉ちゃんみたいやわぁ」

「えっ………もっぺん言うて?」

「チカお姉ちゃん?」


 ユメちゃんが小首を傾げる。ちょっぴり私より身長が低いので、自然と上目遣いになるのだ。無自覚なあざとさに全身が震えた。


「その響き、ゾクゾクするわ………!」

「おいユメ、その変態女を甘やかすな」

「黙っとけ巨人兵!しゃしゃり出てくんな!」

「あはは、2人とも仲ええなぁ。喧嘩するほど、って言うもんねぇ」

「はぁあ!?どこがや!ユメお前、目ぇ腐っとるぞ!」

「ユメちゃん安心して!目ン玉落ちたら私が拾ってペロペロするから!」

「あはは、私は飴ちゃんやないでぇ。チカちゃんの冗談は面白いわぁ」

「冗談やないのに!天然なユメちゃんも素敵!私、ユメちゃんなら抱ける気がする!」

「あはは、もう抱きついてるやないの」

「そういう意味やないのに!ユメちゃんの焦らし上手!」


 ユメちゃんの色白な肌に唇を寄せる。すべすべな頬っぺたは、思わず齧り付いて、噛み千切って、咀嚼しちゃいたいくらい柔らかい。何でこんなに可愛いのかしら?本当に食べちゃいたい!チュッとリップ音を立てて離れると、巨人兵は悍ましいモノを見るような目をしていた。


「………おいユメ、こっち来い。その変態女の毒牙に掛かる前に早よ離れ」

「うっさいわ巨人兵!私とユメちゃんの仲を裂こうなんぞ百年早いんじゃい!ていうか、ユメちゃんの前で変な呼び方すんなや!変態や思われたらどないすんねんゴラァ!」

「変態やろが!マコト先輩とユメのストーカーやないか!」

「こらユウ君、チカちゃんは変態さんやないよ。ちょっと愛が過激なだけやねん」

「んもうっ!どこぞの巨人兵と違うてユメちゃんは寛大やわ!まるで聖母さま!素敵!」

「せやから甘やかすなって言うてるのに………」


 ユメちゃんはマコト先輩と似ている。見ているとドキドキして、もっと愛でたくなって、ずっと一緒にいたくなる。顔もそっくりだし、涙が出るほど優しいし、私のストライクゾーンど真ん中!さすが兄妹。まさに女版マコト先輩。私の親友、未来の義妹。早く家族になりたいわ!


「ユメ」


 心地好いテノールが鼓膜を揺らす。私はその声を絶対に聞き逃さない。ただ、呼ばれたのが私の名前ではないことが悔しい。野球部のバットを借りてきて校舎の窓ガラスを全部叩き割っちゃいたいほど悔しい!


「あ、お兄ちゃん」


 私の腕のなかからスルリと抜けたユメちゃんが、教室のドア前に立つマコト先輩のところへと駆け寄る。いいな、いいな、私も今すぐマコト先輩のそばへ行って飛びついて、あわよくば押し倒したい。けれどマコト先輩が呼んだのは私じゃない。彼が差し出す花柄のランチバックを受け取るのは私じゃない。時には欲望を我慢して、一歩下がって待つのもデキる彼女の務めだろう。


「弁当忘れてったやろ。リビングに置きっぱなしやったで」

「お兄ちゃんありがとお。日直で朝早かったからすっかり忘れててん」

「今日のおかずはユメの好きな豆腐ハンバーグって母さんが言うてたで」

「ほんま?チカちゃんの言うた通りやわ」

「そうか」

「チカちゃんはな、エスパーさんやねん」

「せやな」


 マコト先輩が微笑む。なんと神々しい姿、後光が差して見えて、思わず両手を合わせて拝む。マコト先輩の笑みを見るだけで心が洗われる、ご利益ありそう。嗚呼そうだ、待ち受け画面にしなければ。すかさずスマホで隠し撮りすると、連写の音に気付いたマコト先輩が視線を寄越した。射抜かれた私の心臓がきゅんと跳ねる。


「チカ」

「はぁい!貴方のチカですぅ!」


 我慢の時間は終わり。そもそも堪えるのは苦手だ。机の横上に置いていたにスクールバックを掴み、スキップしながらドアへと向かう。背後で舌打ちが聞こえたが、どうせ巨人兵だろう。お前あとで覚えておけよ、嘔吐くまで口にチョーク突っ込んでやるからな。


「遅くなってすまん。部長会議少し長引いてしもた」

「ええんですぅ!マコト先輩とお昼一緒に食べれるんやったら、いつまでも待ちますぅ!」

「ありがとうな。ほな、昼飯食べよか」

「はぁい!またね、ユメちゃん!」

「うん、2人ともごゆっくり」


 親友に振った手をマコト先輩の腕に絡ませる。もちろん他の女子生徒を牽制する為だ。マコト先輩は優しくて、格好良くて、紳士的で、その上面倒見も良い。私の学年でも素敵な殿方だと有名なのだ。威嚇するに越したことはない。そうらメス豚共、刮目して見よ!私とマコト先輩のラブラブっぷりを!何人足りとも入る隙間もないほどの密着っぷりを!これでもマコト先輩にちょっかい出そうとする身の程知らずがいるならば、私がバットで滅多打ちにしてやる。


「今日のおかずは力作やの!何入ってると思います?」

「俺の好きな南瓜の煮付け」

「わぁ!正解ですぅ!」

「愛情たっぷり込めてくれたパンプキンやねんろ?」

「たっぷり込めましたぁ!私の愛情だけでお腹いっぱいになりますよ!」

「それは楽しみやな」


 間髪いれずにマコト先輩が答える。大当たりだ。鞄から南瓜のにおいでも漏れていただろうか。そもそも、お弁当の中身当てクイズでマコト先輩が外した事は一度もない。どうして毎回おかずが分かるのだろう?


「チカの事なら何でもわかる」

「いやんっ愛の力やね!」


 さりげなく鞄を持ってくれるマコト先輩にすり寄る。制服の上からは認識し辛いけれど、触れると筋肉質なのがよくわかる。マコト先輩は着痩せするタイプだ。逞しい体の殿方って素敵!以前盗み見た着替え中の半裸姿を思い出しただけで涎が出そうになる。慌てて唾液を飲み込むと、マコト先輩はにっこり微笑んだ。


「チカはほんまに可愛いな」



 ▼その頃、教室に残されたもの達は

「こっわ………あの変態女、マコト先輩の前で猫かぶりすぎやろ」

「せやねぇ、チカちゃんは猫さんみたいに可愛ええもんなぁ。ドラマとかでよくある、俺の子猫ちゃんってやつやね」

「………お前もマコト先輩も、もうちょい人を疑うことを覚えた方がええで」

「うん?」

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これが僕らの純愛 2138善 @yoshiki_2138

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