第25話
動画サイトチャンネルでの演説を終えた夏彦は、撮影器具を片付けた通常通りの社長室にいた。デスクの背面にある大窓から外の景色を眺めながらにこやかな表情を浮かべている。
彼にとって、最愛の女性とその子と離れ離れになるのは決して本意ではなかった。初めてつばきを自宅に連れた際先代社長である父を説得しきれず、既成事実で妻を妊娠させても離婚すらできないままつばきも子を宿していた。
最終手段として、後継を辞退して最愛の女性との駆け落ちも考えていた。しかしつばきは出産直後に子供を連れて姿を消した。実家に戻っていることはすぐ調べられたが、その画策も父にばれて予定よりも早く社長に就任させられ激務に追われる日々を送ってきた。子供のすり替えに気づくこと無く自身の子は雪乃の手に、不義の子はつばきの手に渡ったため、気付かぬ間に実子と共に暮らせていた。
それでもこれまで培ってきた思いを捨てることができず、愛する女性の子を見極められなかった事実を認めたくなかった。であればつばきの手で育てられた日向を後継に据えればいい、今の夏彦にとってそれが最善策だと大真面目に考えていた。
日向には既に一度断られており、以来拒否設定されてしまったのか、何度通話発信してみても繋がらない。どうにかして連絡を取りたかったのだが、仕事用の携帯番号もメールも全てスルーされる有様であった。
何故だ……思い通りにならない現状に夏彦は焦りを感じていた。これまで父に人生を振り回されてきただけに、先代亡き後は彼に倣ってある程度のことは思い通りにしてきたつもりでいた。しかしそうすればするほどつばきが恋しくなり、戸籍上では妻である雪乃と不義の子だと思い込んできた朝陽の存在が汚点のように感じられた。
それから時は流れても、つばきと子供のことを忘れられなかった夏彦の元に吉報が届く。息子の勤務先である【ヒカリコーポレーション】の取引先担当者の中に“影山日向”という名を見つけ、早速調べさせると奈良県出身と実家の住所でつばきの子と分かった。
ちょうどその時期に朝陽が美空との婚約を決め、家族との対面を果たしていた。一旦は反対した夏彦だが、これを利用して婚約パーティーを開くことを思い付き、自身主導で全ての準備を整えて招待者名簿に日向の名を足した。そこで日向と接触し、自身が父親であることを告白して【月島商事】の後継者にする算用を弾いていた。
ところが思い通りに動けば動くほど日向の心は離れていき、彼の笑顔を見たことが一度も無い状態だ。その無表情ぶりが実父寒川と瓜二つで、過去の企みを全て見透かされているのではと勘繰りたくなるくらいであった。
それでも父として息子に何かを残したい……実子朝陽に対してよりも最愛の女性が育て上げた日向に対しての方がその思いが強く、父性を掻き立てられる。正しさや善さの問題ではなく、自身が思い通りにできなかったことを何としても取り返たいと考えていた。
そういった思いを乗せて動画サイトを利用して世界中に発信していたが、夏彦の中では日向以外の人間など眼中に無い。しかしそうは問屋が卸してくれず、生中継終了からものの五分ほどで社長室のドアを叩く音が聞こえてきた。
『社長! 一体どういうおつもりなんですか⁉』
「先程全て話した、それで分からない奴に説明する意味など無い」
夏彦は外で騒ぐ役員たちを一切相手にしなかった。
月の影 谷内 朋 @tomoyanai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。月の影の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます