第24話

 夏彦の後継者発表の最中、日向は営業車で取引先から戻る途中であった。当然【月島商事】社長のしでかしなど知る由もなく、運転中であるためスマートフォンは触っていない。美空の手料理を楽しみに、仕事を終わらせてさっさと帰ろうと会社に戻ると、何故か同僚たちに変な視線を向けられる。

「戻りました……どうされたんです」

「いや、『どうされたんです?』じゃないんだけど」

「えっ?」

 日向は周囲の視線に戸惑いを覚える。

「影山、【月島商事】さんとは一体どんな関係なんだ?」

「基本無関係ですけど」

「基本?」

 と目敏く突っ込みが入って少々面倒に思ってしまう。

「息子さんが【ヒカリコーポレーション】に勤務されているんで、商談で何度かお会いしてるんです」

「そうじゃないだろ、お前【月島商事】社長の愛人の子なんだろ?」

「は?」

 何でそんな話が伝わってるんや? 日向は思わず眉をひそめる。一瞬氷上蒼を疑ったが、仮に朝陽の隣の座を狙って調べていたとしても、実子が朝陽であることに辿り着けるはずだとさすがに候補から外しておいた。

「いえ違いますよ」

「取り替えられた“不義の子”の方じゃなかったっけ?」

 一体どないなってるんや? 奇異の視線に晒された日向は見慣れた職場内にいるはずなのに急激に居心地が悪くなる。

「あの、何があった……」

「影山君っ! こんな所で何しているんだ⁉」

 普段一般社員のいるオフィスに出向くことの無い役員の一人が日向目掛けて走ってきた。彼は息を切らして日向の前で立ち止まり、おもむろに手を握る。

「君は本当に【月島商事】四代目社長に就任するのか⁉」

 以前夏彦本人から打診があったとはいえ、降って湧いたような話に日向はどう返答してよいものか一瞬言葉に詰まった。

「いえしませんけど……」

 既に断っている案件なので取り敢えず否定すると、役員は手に力を込めて何故だ⁉ と詰め寄る。

「一部上場企業の社長の座だぞ! みすみす断る気なのか⁉」

「他所の会社の平社員の俺がそんなん引き受ける訳……」

「ぜひ受けたまえ! これは社運がかかっているんだ!」

 それこそ受けたらあかんやろ……日向はそう言いたかったが、周囲の視線がそうさせてくれなかった。

「専務、急な話なだけに考える猶予くらいは要るのではないでしょうか? 見たところ本人は事実を知らない様子ですし」

 上司の仲裁に役員はう〜んと唸る。

「【月島商事】さんは上取引先様だ、あまりお待たせするのも……」

「選択次第で影山自身の人生も大きく変わります。実際【月島商事】さんには跡取りのご子息だっていらっしゃる訳ですし」

「それは確かに……」

 上司は役員から日向に視線を移した。

「影山、こうなった以上恐らく普段通りのことをするのが難しくなる。専務、しばらく休職させた方が宜しいかと。業務に差し支えます」

 役員は多少頭が冷えたのかそうだなと頷く。

「休職届については私たちに任せてくれ。それよりも早い所だと勘付いているかも知れないから君は帰宅しなさい」

 上司と役員に促される形で少し早く帰宅した日向を、今は恋人となっている美空がお帰りなさいと出迎えた。

「ただいま。当分休職になりそうや」

「そう、やっぱりTチャンネルの……」

「Tチャンネル?」

「うん。そこで【月島商事】の社長さんが日向君を次期社長にするって発表してたの、朝陽さんと取り替えられてってことも仰ってたわ」

「そういうことかぁ」

 日向は上着を脱いでハンガーに掛けていると、ポケットに入れっ放しになっていたスマートフォンが震え出す。画面を確認すると上司からのメールで、介護休暇扱いで九十日間休暇を取得したという内容であった。

「やっぱり休職になったわ、大体三カ月」

「そっか……こんな状態で食欲なんてわかないよね?」

 美空は作り上げた料理と日向を見比べる。

「いや、それなりに腹は減ってるで。ただちょっとだけアルコールが欲しい気分やな」

 部屋着に着替えた日向は洗面所で手を洗い、キッチンに入って恋人お手製の料理を覗いた。

「ビールならあるよ、私も飲もうかな」

 美空は酒のつまみになりそうな料理だけを盛り付けてリビングに運び入れる。缶ビール二本とグラス二個は日向が引き受けた。二人は並んでソファーに座り、ここでだけは現実を見ずに自分たちだけの時間を楽しんでいた。

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