第4話
階段を乗り切ると、直ぐに祭壇らしき装飾が目に入った。
魔獣たちが信仰する翼を象った装飾の真ん中に、大きな水晶が嵌め込まれている。
アルドがその場所まで歩を進めると、そっと水晶に触れた。
「ギルドナ、取り外すけど・・・大丈夫か?」
「ぁあ、構わん。」
最終的な確認も含めて問えば、直ぐに返事が返ってきた。
この水晶を取り外せば、眷属の封印が解かれるという。
人間であるアルドにとって影響は少ないのだろうが、獣の性を取り払われたギルドナは精霊の力が強く残っている状況だろう。
きっと狙われるのはギルドナだ。
「・・・よし!」
アルドは覚悟を決め指先に力を入れて水晶を捻り・・・取り出そうとした。
が、何度やっても水晶はピクリとも動かなかった。
「あれ、動かないな・・・」
次第に焦り始めたアルドの手を払い除けて、ギルドナが手を掛けると水晶が鈍い音を上げて光始めた。
怪しげな瘴気を纏いながらも水晶はいとも簡単に外れる。
アルドが何故だと目を見開いていると、直ぐに地面が揺れ動いた。
「わっ!何だ?!」
「む、来るぞ!」
ギルドナが絶望のつるぎを構えると、祭壇が崩れ落ちた。
割れた隙間から瘴気が込み上げて、禍々しくその姿を形取ってゆく。
姿をすっかりと現した頃、精霊喰いの眷属は地獄の底から響く様な雄叫びを発した。
その音は風圧を呼び、鼓膜を破かんばかりに全てを震わせる。
一瞬怯んだものの直ぐに体制を整え各々の獲物を構えた。
だが、精霊喰いの眷属は品定めでもするかのように唸り声を上げながらじっと二人の様子を見ていた。
数百年、小さな祠に閉じ込められて飢えた獣は既に理性など残っていない。
本能的にギルドナの中に宿る精霊の気配と、アルドを交互に見詰めていた。
「なんだ、アイツ・・・動かないぞ。」
「もしかしたら、お前が持つ精霊の剣の気配を感じ取っているのかもな。だが・・・」
好機とばかりにギルドナが先制して動き始めた。大地を蹴り飛ばして高く飛び上がると、手にしたつるぎを振りかざした。
「くたばれ!」
モヤモヤとした実体持たないであろう影を切り込むと、苦しそうにもがき悲鳴を上げた。
ギルドナが地面に着地すると同じく、眷属からの追撃が始まる。
ひらりと避けて見せるが、その鋭い爪先は三度地面を抉り取った。
「ギルドナ!」
アルドが援護しようと背を見せている眷属へと斬りかかった。
だが、影は霧散し何も影響を見せていない。
「ええっ!?どういう事だ?!」
何度も切りつけるが、その度に手応えはなくあまつさえ眷属の興味を引き付ける事すら出来ないでいた。
「もしかしたら、精霊の加護を受けた者かそれに属するものでは無いと斬れんのかもしれんな。」
完全にターゲットはギルドナとなった眷属からの猛撃を避けながら、反撃のタイミングを見計らっていたがついにその切先がギルドナの背を割いた。
「ぐうっ!!」
「ギルドナ!!」
倒れ込んだギルドナに畳み掛けようと飢えた眷属の牙が剥き出しになる。
アルドはギルドナに駆け寄って、身を呈して庇った。意味の無い事だとわかってはいたが、動く身体を止める事など出来るはずもなく。
これから襲い来るであろう痛みに耐えるべく硬く目を瞑った。
「「させるかぁあああ!!」」
『ぐぉおおおおおおおお!!』
どこからともなく男女の声が響いて、眷属を吹き飛ばした。
遠くまで飛んで行ったのか、奥の方から瓦礫が崩れる音と土煙が上がっている。
アルドがそっと瞼を開くと、もふもふとした毛並みと見覚えのある兜の様な角が目に入った。
「ミュルス!それに、ヴァレスも!?」
魔獣形態になっている二人の気迫は凄まじく、アルドは思わず身震いした。
ミュルスは直ぐに魔獣形態を解除してギルドナの背へと周り回復魔法をかけていく。あっと間に傷口は塞がり跡形もなくなった。
「ギルドナ様、他にお怪我はございませんか!?」
「ぁあ、すまない。・・・失態を見せたな。」
「そんな、そんなこと・・・」
ミュルスがぶんぶんと音がしそうな程頭を振った。
目の端には涙が溜まっている。
「所で、どうして二人はここに?」
すっかり蚊帳の外になっていたアルドが申し訳無さそうに声をかけた。
ミュルスもはっとしてギルドナの背から手を離すと目的を思い出したようだ。
「そうだ!ヴァレスちゃんと水晶の在り処を調べていて、手掛かりもなく村に戻ったら・・・ギルドナ様たちがダマクに向かったと聞いたのでお供しようと駆け付けたの。」
「そうだったのか。正直助かったよ、二人が来てくれて。なんでかオレの攻撃は通らないみたいで。」
アルドが項垂れて悔しそうに話すと、ヴァレスがふんと鼻を鳴らした。
「お前の腰にあるその大剣は飾りか?」
「ヴァレスちゃん!そういう事言わないの!」
「ミュルスもヴァレスちゃんはやめろ!!」
アルドはどこかで見たやり取りだなと感じながら、はっとしてオーガベインの柄に手を掛けた。
「そうか!コイツなら!」
ぐっと力強く握って引き抜けば、鞘から青と赤が渦巻く刃が鈍く光った。
黙りを決めているオーガベインを見詰めながらアルドは構える。
「奴さんも起きたようだな・・・イケるか、アルド。」
「ああ!任せてくれ!」
ギルドナも絶望のつるぎを構えると、瓦礫に埋もれていた眷属がゆっくりとその身体を起こした。
怒り狂い我を忘れたその様は見境無しに辺りの壁を壊してゆく。
このままではダマクが埋もれてしまうとミュルスが土魔法を唱えた。
同属性の攻撃では決定的な致命傷を与える事は出来ないが、動きを止めるには打って付けだ。
すかさずヴァレスが大斧を振りかぶり叩き付けるようにして、その獲物から予想もつかない速さで斬撃を繰り出す。
魔獣の攻撃は有効なようで、どちらも確実に追い詰めていった。
ヴァレスが魔獣形態を解いて剣を構える二人に叫んだ。
「今です・・・!」
「「はぁああああ!!」」
アルドとギルドナは地面を蹴り上げて精霊喰いの眷属までの距離を詰める。
互いの剣は焔を纏い、振るえば地を抉りながら斬撃が交差した。
眷属の影を切り裂き断末魔を上げ霧散してゆく様を見届けると、アルドはオーガベインを鞘へと収めた。
「ふぅ、一時はどうなるかと思ったけど・・・意外と呆気なかったな。」
「もう少し手応えがあると思ったが・・・どうやら長い間空腹で閉じ込められていたからか力はほぼ残っていないらしい。」
それに、とギルドナが続けた。
「先程無遠慮に暴れてくれたお陰で山脈へと続く道が出来たようだな。」
これこそ怪我の功名か、と言わんばかり大きく穴の開いた方向を示した。
ヴァレスとミュルスも駆け寄ってきて、大穴の奥を伺う。
「ともあれ、我らも同行いたします。それと、何が起こっているのかお話を・・・」
「ああ、道すがら説明するよ。」
アルドが少し言い淀んで、また無言で歩き出してしまったギルドナの代わりに説明を始めた。
ダマクから右翼の山脈へと繋がる地下歩道を進んでいくと、地上に穴が空いていて繋がっているのか光が漏れているのが見えた。岩が階段状になっていて、そこから地上へと出られそうだ。
よじ登って顔を出せば、コニウムやガバラキから見えていた山脈が高くそびえていた。
「これがクルイロー山脈か。近くで見るとこんなに高い山なんだな。」
アルドが目を細めながら見上げるが、その頂上を伺いみる事は叶わない。
それに、この断崖絶壁をどうやって登れと言うのだろうか。
「魔獣なら難無く登れるってじいさんは言ってたけど・・・」
「俺が魔獣形態になれたのなら、ひとっ飛びだったんだがな。ん?」
ギルドナが手にしていた水晶が何かに共鳴して掌の中で震え始めた。
まるで引き寄せ合うように反応を示す水晶は、奥に見える岩を照らしている。
ギルドナが近付くと、大きな音を立てて岩がスライドした。
「なになに?!隠し扉?!」
ミュルスが興奮した様子でバタバタと駆け寄って奥を覗き込んだ。その拍子で手が何かの突起に触れた。
皆も釣られて後ろから覗き込むと同時に、独りでに松明に火が灯り上へと続く階段を照らし出した。
「どうやら上に繋がっているようだな。」
上部から流れてくる風に乗って硫黄のような臭いがしている。
「確か火の祭壇は火口付近にあるんだよな。」
ギルドナがアルドの問に頷いた。
「進もう。」
アルドは胸を撫で下ろしたが、薄暗い天へと続く螺旋階段を見上げて直ぐにげんなりと表情を曇らせた。
終端の王、始まりの物語 NAOTO @naoto_fugri
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