第3話

アルドはキョロキョロと辺りを見回している。

ダマクは相変わらず迷路のように入り組んでおり、何度訪れようとも慣れる事はない。記憶を頼りにクルイロー山脈地帯に続く道を探していると、やっと目的のものを見付けた。

「ええっと・・・この光の玉を触って・・・」

ブツブツと呟きながら光る球体へ触れると、辺りが急に白み始める。

霧がかかり岩肌をボヤけさせたが、進むべき道が新たに出現していた。

アルドがホッとした面持ちで額の汗を拭っていると、我存ぜぬとばかりにギルドナが横切り先へと行ってしまった。

「あっ!待てよギルドナ!人に任せてばっかりで!」

「こういうのはお前の仕事だろう。」

なんでだよ、と鋭くツッコミを入れてやりたいがグッと堪えた。

(難しいのはよく分からなくて苦手なのに!)

アルドはモヤモヤとしながらも、前に進みながら絶望のつるぎを振り回し魔物を薙ぎ払ってゆくギルドナの背を追いかけた。

少し進んだ先で見覚えのある場所が目に入る。

「あっ!ギルドナ、竜神にロトカルナ湖について聞いてみないか?」

「竜神に?」

脚を止めてアルドの方へと向き直ったギルドナを見遣りながらアルドは頷いた。

「この島の事だから何か知ってるんじゃないか。闇雲に探すよりかはいいと思って。」

アルドの提案にギルドナは少し考えた素振りをしたが、直ぐに「それもそうだな」と短く返した。

「一旦奥まで進んで、ついでにダマクの祭壇の場所も聞こう。」

アルドがちゃっかりとした口調でそう告げると、ギルドナは口元を綻ばせた。






「しかし、そう易々と応えてくれるものだろうか。」

二人は魔物を倒しながら奥までやってくると、心臓の化石がある手前の道ではたと止まった。

「・・・そうだよな。今回ばかりは完全にオレたちの私用だしな。」

アルドがうーんと唸りながら腕組みをして考え込む。

ギルドナはその様子を見て短く息を吐き出した。

(やはり考え無しだったか。)

「ま、なんとかなるだろ!取り敢えず行ってみよう。」

なんともあっけらかんとした声音でそう告げると、進み出したアルドの背を見ながらギルドナは大袈裟に項垂れていた。

「・・・この先が思いやられるな・・・」

アルドを祭りに誘った事を少しばかり後悔しながら、渋々と後に続いていった。

進んだ先の突き出した岩肌の天井を見上げると、一際大きなぶら下がる岩がある。

この島の心臓であるこの岩に、竜神が宿っているのだが・・・滅多な事ではその姿を現すことはない。

だが、この時はアルドが声をかけようとする前に自ら姿を現した。

アルドたちが呆気に取られていると、竜神が呆れたようななんとも言い難い雰囲気を漂わせていた。

「・・・・・・」

「び、びっくりした。急に現れるから。」

「お前たち、この身体に散らばる水晶の在り処を知りたいのだろう?」

竜神の言葉に二人は慄いた。

ギルドナが何故知っている、と声を上げようとするもそれは竜神に阻まれる。

「我がこの身体で起こる万物を知らぬとは言えまい。」

「そういうものなのか・・・なら話は早い。早速だけど・・・」

「ならぬ。アレはお前たちが触れてよいものではないのだ。」

「どういう事だ。」

ギルドナが険しい顔をして竜神を睨み付けた。アルドも何が隠されているのか分からず、途端に不安に押し寄せられごくりと唾を飲み込んだ。

そんな二人を見下ろしながら、竜神の化身はゆるりと首を振るう。

「この身体に精霊が住み着いたのは幾万年も前の事。それは我が身体を使い肥沃な大地へと変貌を遂げさせた。だが、この星から四大精霊が消えた頃、精霊喰いが現れたのだ。」

「精霊喰い・・・?」

アルドが訝しげに眉根を寄せる。

「何処からとも無く現れては、その地の精霊を食い荒らしてゆく。彼に遣われし敗北者たちはそうしてこの星に仇なしている。」

意味深な竜神の物言いにアルドは相変わらず分からないという風に首を傾げた。

ギルドナも神妙な面持ちで様子を伺っていた。

「魔獣がこの星に産み落とされた所以。それこそがこの精霊喰いの所為なのだ。」

「魔獣は精霊と獣が融合した姿・・・」

ギルドナがぽつりと呟いた。

それに応えるかのように、竜神も頷いた。

「精霊の力は弱まり、あまりにも強大な悪意に抗えなくなっていた。逃げ惑い縁(よすが)としたのは力強くこの大地に根づく獣たちだ。」

精霊の子飼いたちはその身を欺く事に成功した。逃げ遅れたもの達は次々と精霊喰いに飲み込まれて行く中、遂に精霊の王も飲み込まれんとしていた。

残り少ない力で抗い、戦ったが結局は逃げる事しか出来ず。

「しかし、精霊喰いはこの島の精霊王の力を半分程喰った所で打診してきた。永遠にこの島で食餌(しょくじ)をする事を条件として・・・」

それは、精霊と同化した魔獣を贄とし捧げる事。

「まさか・・・」

アルドが信じられないという眼を竜神に向けた。

「そうだ。今お前たちがやらんとしている事は贄を捧げる儀式を模したものだ。魔獣の魂を喰らい、精霊の力を取り込む為に精霊喰いが提示した方法で。」

「だけど、もう何百年も儀式は行われていないらしいし・・・精霊喰いは死んだのか?」

アルドが身を乗り出した。

村人たちの想いを汲んでやりたくて必死に今は問題が無い事を確認したかったのだろう。

だが、その思いは打ち砕かれてしまう。

「いいや、今は封印されているに過ぎぬ。四つの水晶は元は一つの封印の宝珠でもある。それを打ち砕き、精霊喰いの眷属と共に我の身体に封印を成したのだ。その結び目を解こうという。何が起きるのかは火を見るより明らかであろう。」

「そんな・・・」

それでもやるのか、と続ける竜神の言葉に、アルドは悲しそうな顔をしてしょんぼりと肩を落とし項垂れるしか出来ないでいる。

村の魔獣たちにどうやって説明すればいいのか。巫女役を買って出たアルテナも、気落ちする事だろう。

皆が力を入れて準備した飾りも無駄になってしまうだろう。

そんなアルドを他所に、ギルドナが不敵な笑みを浮かべていた。

「・・・ふんっ、面白い。ならばその憂い、払ってやる。」

「ギルドナ?」

ギルドナは手にしていたつるぎを地面に大きく振りかざした。

「今度はその絶望、俺が喰らってやろう。」

挑戦的な視線を竜神に投げ付けると、竜神は呆れたのか諦めたのか、静かに頷いた。

「良かろう。お前たちのそのつるぎが闇を薙ぎ払う事が出来るのか、見届けさせてもらう事にしよう。」

竜神がそう告げると、姿が消えた。

直ぐに地面が揺れだして、崖の先に階段が現れる。

竜神の化身の声だけが岩肌に反響した。

「この先に祭壇がある。そこで一つ目の試練を乗り越えるがよい。水晶を四つ集め、我が輝眼ドラオクーロの奥にあるボーモドラッヘにて宝珠へ替えその封印を解き放て。」

しんと静まり返る洞窟内で二人は現れた階段をただ見詰めていた。

「本当に進むのか、ギルドナ。」

アルドが後悔はしないのか、と確認する様に声を落とし問うた。

ギルドナは真っ直ぐと先を見詰めながら曇り無き眼をぎらりと光らせた。

「当たり前だ。獣の性はもうないが・・・魔を統べる者として、この戦いに終止符を打ってやる。」

動き始めた歯車は最早誰にも止められない。

先に階段を降りて行くギルドナの背を見詰めながら、アルドも決心を固め追いかけていった。

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