第2話

「おお、ギルドナ様、アルテナ様よくぞ参られた。」

コニウムにある寄合所となっている酒場に顔を出すと、既に儀式を取り纏めている数名の村人が準備を進めていた。

一番の長老である男がギルドナ達の姿を見付けると、蓄えた顎髭を撫でながら頭を垂れる。作業をしていた村人たちも手を止めてそれぞれ挨拶を交わした。

「準備の進捗状況はどうだ?」

ギルドナがちらりと辺りを見渡せば、祭りに使うであろう飾りが所狭しと置いてあった。

挨拶を終えた村人たちはすぐに作業へと戻った。粗方準備は整っているようだが、あともう少しなのだろう。

「問題なく進んでおりますよ。後は儀式に必要な水晶を用意すれば終わりじゃが・・・」

「儀式?」

アルドが不思議そうな顔をして呟くと、老人の魔獣が少し複雑そうな表情をして顎髭を撫でた。

「皆さんはこの祭りについて何かご存知かな。」

三人は顔を見合わせて、はて、と疑問符を浮かべる。

「オレは二人に祭りがある、とだけ言われただけだからなぁ・・・」

「そうね。私もヴァレスに祭りがあるから戻ってこないかと言われただけだし・・・詳しくはわからないわね。」

ギルドナも無言で頷き、己も何も知らないと素振りを見せる。

「儀式って言ってたけど、ただの祭りじゃないってことか?」

アルドが眉根を寄せると、老人はゆっくりと頷いた。

「元々は祭りではなかったのですよ。何代も前のご先祖さま達がこの島に移り住んだ頃、この地を治める精霊を鎮める為の儀式が元となっているようでしての。」

「なっているようで、とは・・・毎回やっているのではないのか?」

ギルドナが腕組みをしながら訝しげに老人を見やると、また老人は頷いた。

「ぇえ、文献が残っているわけでもないですし、ワシが曾祖父さんから伝え聞いたものしか残っておらず・・・もう何百年も行われていないのです。」

「そうなのか・・・。なら、なんで今回は祭りを復活させようとしたんだ?」

アルドが素朴な疑問をぶつけると、老人はにっこりと微笑んだ。

「ほっほっ!それはギルドナ様とアルテナ様がこの島にお戻りになられたからですじゃ。」

「俺たちが?」

「ぇえ、ぇえ。何よりアルテナ様は翼持つ者として精霊と心を通わす事が出来る。昔は儀式を通して誰でも通じることが出来ていたようじゃが、今は精霊の力も弱まってしまい廃れておりましたからの。これまで恵と福を与えて下さった精霊へ感謝を伝えるために復活させたんじゃよ。」

「つまりはアルテナは巫女役、ということか。」

ギルドナがふむ、と何かを考えながら顎を指先でなぞった。

ちらりとアルテナの方へと視線を向けると、アルテナも直ぐに気が付いてにこりと笑みを零した。

「大丈夫よ、兄さん。体調も回復しているし、何より私もみんなの役に立てるなら本望だわ。それに、私も感謝を言いたかったの。」

「そうか。それなら、良いが。」

まだ心配そうな視線を向けているが、アルテナはやる気に満ち溢れておりギルドナは大人しく飲み込んだようだ。

アルドは妹を心配する兄の気持ちがよく分かる。だからこそ、ギルドナがこれ以上思い詰め過ぎぬようにと明るく振舞った。

「それなら、儀式に必要な水晶はオレたちで持ってくるよ。アルテナに負担はかけたくないし、スムーズに儀式が行えるように準備していてもらおう。」

アルドがそう申し出ると、ギルドナも力強く頷いた。

「ぉお、それはありがたい。だがのう・・・ちと問題があってのう・・・」

老人が口ごもったのを見て、ギルドナが直ぐにどうしたと声をかける。

「水晶は全部で四つ。それぞれ火、水、風、土の祭壇に祀られておるそうなんじゃが、うち一つの所在がわからないのですじゃ。」

「わからないのか・・・。それは困ったな。」

「全くわからない、という訳ではないんじゃが・・・聞いた事もない所で、検討もつかんのじゃよ。」

老人が申し訳無さそうに項垂れている。

祭りに必要なものだ。これが揃わなければ祭りどころの話ではないのだ。

「こうしていても仕方あるまい。場所は知っているのだろう?他の三つを探しながら俺たちで探すしかあるまい。」

「そうだな。じいさんが知ってる情報を教えてくれないか?」

アルドたちの頼もしい申し出に老人は幾分か胸を撫で下ろした。

思いだすようにしながら、水晶の在り処を紡いでゆく。

「先ずは、蛇首イゴマに地の水晶、蛇肝ダマクに風の水晶、両翼の渓谷 クルイロー山脈地帯に火の水晶、そして蛇の憧憬 ロトカルナ湖に水の水晶があるとされておる。問題はこのロトカルナ湖が何処にあるのかわからない、ということじゃ。」

「湖か・・・確かにこの丘高い島で湖は見た事がないな。ヴァレスと共に時に見回ったがそれらしきものは見当たらなかった。」

蛇骨島は海にぐるりと囲まれた大きいようで小さなこの島は断崖絶壁だ。蛇尾コラベルの崖下から舟に乗り付けられるような所は多少あるが、その周辺でも人が行き来出来る場所は無さそうだった。

「湖と言えども、海水が流れている可能性もある。海の近くなのは間違いなさそうだが。」

「うーん、それならメズキータ辺りか?」

「ぁあ、その周辺を探索してみるとしよう。」

目星をつけ終えた所で、老人がとある提案をした。

「それならば、先ずはダマクから水晶を取りに行かれてはいかがかな。ダマクの中から火の祭壇があるクルイロー山脈地帯の火口へはここからしか進めんからの。」

「結構大変なんだな。」

アルドが唸ると、老人は高らかに笑い声を上げた。

「ほっほっ!魔獣からすればなんのことはないからの。それだけ、大掛かりで神聖な儀式だったんじゃろう。」

「わかったよ。ありがとうな。それじゃ、行こうかギルドナ。」

「ぁあ。」

互いに見合って頷くと、アルドは装備している剣を強く握り締めた。

「頑張ってね、兄さんたち。」

アルテナがふわりと微笑んだ。

伝わってくる信頼感を胸に、アルドとギルドナはダマクへと向かい歩き始めた。

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