神と人の約束
ナジは、慌てて姿勢を正してひれ伏した。
聖王はナジに片手を上げてから、背後の騎士団長にも目配せをして、一人でダナブとワーキの元へと近づいた。
そして、ワーキの足元にひざまずいた。
「我らがナスル神さま。どうか、
「いいえ、王さま。僕は、あなた方が思っているような、全知全能の神などではないのです。むしろ、僕は、あなた方に護られて、今までずっとラスアーの夢の中にいることができた……あなた方を騙していたようなものです……そんな風に、頭を下げないでください」
ワーキが慌てて、手を差し伸べようとダナブと離れたときだった。
「ワーキ……」
聖王が入ってきた入り口から、騎士たちを押しのけてナイルス……アル・タイルが現れた。
ワーキはビクリと肩を震わせて、兄の姿を見上げた。
「ナイルス……!」
ソルが、ララの肩を抱いたまま、ナイルスに声をかけた。
「ソルよ。感謝するぞ」
「へへ、久しぶりに見たな、そのカッコ」
「うむ。久しぶりに歩く地面の感覚も、悪くないものよ」
二人は、少しの間だけ見つめ合ってから、ナイルスはすっと視線を移して、幾千年ぶりに会う弟の方へと歩き出した。
「兄さん、ごめんなさい!」
ワーキは泣きながら、頭をさげた。
その髪を、兄は優しくなでた。
「よく、がんばったな」
「兄さん」
思いも寄らない兄の言葉に、ワーキは目を見開く。
「人の王よ。ワーキは返してもらう。良いな?」
ナイルスは、足元にひざまずいている聖王にそう声をかけた。聖王は「
「ナスル神さま。兄上さまから、お教えいただきました。星守ラスアーさまと、あなたの真実を」
聖王は、そっと顔を上げて、涙でベシャベシャになっているワーキの顔を見た。
「我らは、なるほど、星守ラスアーさまに騙されていたのかも知れません。ですが、あなたが、荒れ果てて、打ち捨てられた土地であったこの国に、緑を根付かせてくださったのは事実であります。
何千年もの昔、あなたが人間の青年とこの地で出会い、この地に生命の種を撒いてくださったのは、紛れもない事実。
この出会いと、あなたの
我らから感謝をお伝えせねばならぬのです。謝罪のお言葉など、不要にございます」
聖王は、年老いたシワだらけの顔で、優しく、にっこりと微笑んだ。
「これからは、我々人間だけでも、あなた様がこの地におられなくとも、あなたと、ラスアーさまの教えを護り、自分たちの力で国を護っていくと、誓いましょう」
「……ほんとう、ですか?」
「ええ」
ワーキはぐずっと鼻をすすった。
「ワーキ! 良かったね!」
ララが、無邪気に笑って駆け出し、ワーキに抱きついた。
ワーキはいつものようにララの髪をなでて「うん」と、涙声で答えた。
ソルが、ララの後ろから、ワーキに声をかける。
「初めまして、神様。ナイルスの弟なんだろ? あっえーと、ちがうか。タイルの」
「よい、ソル。お前にタイルと呼ばれるのは、慣れぬ」
「はは、だよな。俺も慣れない」
相変わらずの口調で話すソルを見て、兄弟神は、ふっと微笑んだ。
よく似た、笑顔だった。
「これさ、戦天使の棺の中に、残ったんだ。アンタが、持ってた方がいいと思って」
ソルがワーキに差し出したのは、小さな小さな、骨の欠片だった。
「ラスアー……!」
ワーキはそれを受け取ると、愛おしそうに握りしめた。
「ありがとう。大切な親友なんだ……嬉しいよ」
そんな弟の顔を見てから、ナイルスはソルに手を差し出した。
「これにて、契約は終了だな。我が天使よ」
「なんだよその呼び方! ……でもそうだな。契約終了だ! 俺の神さま」
そう言って、お互いの右手を握る。
そこから小さな炎がボッと灯って、ろうそくが吹き消されるようにふっと消えた。
「ソル。これでお前は、もう魔法を使えない」
「これで、アル・タイルは、人間の世界で、魔法を使えない」
お互いにそう言うと、少しだけ寂しさをにじませた目で、見つめ合った。
「世話になった」
「こちらこそ」
人と、神の、新たな約束が結ばれて、人と神の、小さな契約がひとつ、終わりを迎えた。
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