夢の終わり

 ララは、ワーキから星守せいしゅラスアーの話を、よく聞いた。

 ラスアーの勇敢ゆうかんな姿。

 人々を導く凛々しい姿。

 聡明でかしこくて、いつでもワーキの憧れだったと。


 ラスアーの話をするときのワーキは、いつだって楽しそうで、キラキラしていた。


 だけど、ひとしきり話し終わった頃、ララがうとうととワーキの膝の上でまどろんでいるときには、ラスアーに語りかけながら一人で泣いていることも、知っていた。



 そして今、ワーキが話してくれた、古い古い思い出話を聞いて、少しだけ、その涙の理由が解った気がした。


 ラスアーは、ワーキを護るため――それがワーキの願いを叶えることだと信じて――人々をあざむいてしまった。

 人である自分が長く生きられないことは明確で。自分が死んだあともワーキがこの地で、人々に護られるようにと、欺いてしまった。

 そしてその欺きは、幸か不幸か、国を豊かにした。

 人々の心を成長させた。


 そして立派な、アスクレフィオス聖王国という国ができあがってしまった。


 今更、ナスル神は人々の願いを叶える力も、国を護る力も、本当は持っていない。ただ単に、ラスアーの側にいたいとダダをこねているだけの、子供なのだと、言い出せなくなってしまった。



 そして、同じ罪を共有していたラスアーも、はるか昔に人としての生を終えて、ワーキの言葉が伝わらないところに行ってしまい、そのまま幾千いくせんという時が流れてしまった。


「ワーキ……」


 ワーキはまるで迷子の子供のようだ。


 ララは、ワーキの身体を、短い両手を精一杯広げて包み込んだ。


「ワーキ、いいんだよ。ワーキがしたいようにして。夢を、終わらせてしまっても、大丈夫。人間は、ワーキが思っているより、強いから」


「え?」


「ラスアーさまは、嘘をついてたこともあると思うけど、ラスアーさまの教えは、本当に正しいことだと思うのよ」


「ララ?」


「汝、家族を愛せ。汝、友を愛せよ。汝、己が手が届く生命を、宝とせよ」


 ララは、幼い頃に礼拝れいはいで復唱していた経典きょうてんの一文をそらんじた。


 戸惑とまどうワーキの髪を、そっと小さな手でなでながら。


「ラスアーさまが人々に教えてくださったことは、本当に大切なことだったから、そのラスアーさまの教えを守ってきたこの国の人たちは、他の国みたいな戦争もなく、ずうっと平和な時間を過ごせてきたんだよ」


「ララ……」


「だから、ワーキがみんなに本当のことを言って、夢を終わらせてしまっても、私達人間は、必ず前に進むことができるから。

 ワーキのしたいようにして、いいんだよ?」


 ララの言葉が、ワーキの胸をつらぬいたそのとき、虹色の空に亀裂きれつが走った。


 ――ララ!


 亀裂から響いた声は、ララは初めて聞く声だった。

 だけど、誰の声か、すぐに解った。

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