ほころび

「ワーキ、大丈夫?」


 その日、いつものように花畑に二人、静かに過ごしていたワーキとララにも、異変が起こっていた。


 ワーキは、己に親しい存在が、すぐ近くまで来ていることを感じ取っていた。


 花畑の真ん中で、恐怖と不安と、葛藤かっとうで、頭を抱えて泣いていた。


「ワーキ、だいじょうぶよ。ララがずっと一緒にいるわ」


 ララは小さなその手で、真っ白なワーキの手を握りしめて、心配そうに顔を覗き込む。


 ワーキはぼたぼたと涙をこぼして、うわ言のように同じ言葉を繰り返した。


「兄さん……。兄さん、ごめんなさい。ごめんなさい、僕が、弱かったから……!」


 ワーキがララのことも見えないくらい泣いているのは、初めて会った日以来のことだった。


 初めてこの花畑に来たとき、ララは一人だった。


 棺のようなベッドに寝かされて、何か薬のようなものを飲まされて、そして次に目がさめたら、ララはこの花畑にいた。

 驚いて周囲を見渡すと、ワーキが座り込んで泣いていた。


 今のように「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返して。


「もう、やめて。争わないで……! 誰も、死なないで……!」


「ワーキ……!」


 そう言えば、ワーキは、ララの両親が死んだときも、謝りながら泣いていた。


 ララの両親が亡くなったと、ワーキが言ったとき、ララも悲しくて泣いたが、ワーキは悲しいというより、自分を責めて泣いていた。


 まるで、この世界で起こる悲しいことは全部、自分のせいだと思っているかのように。



「ワーキ、いいのよ。あなたはいつだって、一生懸命にがんばったのよ。大好きな、大好きなラスアーさまは、いつもお返事をしてくれないのかもしれないけれど、ララが、ララが知ってるわ!」


「ララ……!」


 ワーキはようやく、ララの顔を見た。

 ララは少しホッとした。


「ララ、違うんだ……今回は違うんだ……!」


「え?」


「兄さんが来ているんだ。本当は、二回目だけど……前はラスアーの結界を解けなくて、すぐに帰っていったんだ。誰を傷つけることもなく、魔法も使わなかった……」


「ワーキのお兄さんが……?」



「でも今度は、僕の、僕の恋人もいて、ふたりとも魔法をたくさん使ってる……! 騎士がたくさん、けがをしているだ……」


「そんな……」


「僕を迎えに来たんだ……それに……」


 ワーキは一瞬、悩んだ。教えるべきか。

 何も知らずに、純真無垢な瞳で、小首をかしげてこちらを見ているララ……。

 ララを傷つけることには、ならないだろうかと。



「ララの、お兄さんも、来てる」


「ソルが?」


 ララは驚いたようだった。

 ソルが以前来た時、ソルとワーキの兄は、ララの眠る棺にラスアーが仕掛けた結界に気付き、すぐに帰った。

 あの結界に気付かずに、ララの身体を起こしていたら、ララの身体は粉々に砕けていただろう。

 ソルがララを諦めて撤退したのは、間違いなく正しい判断だった。だが、ソルが来たけれど諦めて帰ったという話は、下手をしたらララを傷つけてしまうのではないかと思い、ララには内緒にしていた。

 ララの兄が、反逆者になっているなんて、とても教えられないとも思った。


 どうせ、ラスアーの結界は破れないのだろうと、そうも思っていた。

 ならば、無駄な希望をいだかせるのも、良いことではないと。



 だけど、ダナブと兄が手を組んだら、そして人間であるソルが力を貸しているのなら。

 この三人が揃っているのならば、もしかしたら本当に、この夢を、終わらせてしまうかも知れない。


「ララ、聞いてくれる?」

「うん。何でも聞くわ」


「僕、僕は、心のどこかで、この夢が終わればいいって思っていたんだ。だって、もう何千年って、数え切れないくらいの時間をここで過ごして、ぼくはその間、何十人もの巫女たちの魂を犠牲にしてきた。

 それに、何より、僕がこの夢の中にいる限り、ラスアーは……。

 だから、この夢が終わればいいって思ってた」


「うん」


「でも、この夢が終わるってことは、ラスアーの言うことを信じて、ラスアーの教えの通りずうっとずっと生きてきた人間たち……ララの故郷の国の人たちを、ひどく傷つけることになるんだよ」


「うん」


「ラスアーは、僕は夢を見ているって教えているんだ。僕は、天からの追手に怯えているから、その追手から僕を護れば、僕は彼らを、ラスアーの国民たちを護り、国を繁栄させ続けるって!」


「うん」


「でも、でも――」

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