誇り高き大鷲の咆哮

 ナイルスは後続こうぞくの騎士を一時食い止めたのち、身体をいつもの大鷹サイズにして、ソルを聖堂の向こうの中庭まで運んだ。

 ソルはいつものように、ナイルスの足をつかんで空を飛び、聖堂の屋根を越えていた。


「ララ。今、行くからな」


 ソルは聖堂の、なだらかな曲線を描く屋根に向かってそう呟いた。


「ソルよ。我は後続を食い止める。お前は手はず通り、彼奴にその薬を飲ませるのだ」


「うん、解ってる……!」


 ソルは、マントの中の、胸元のくさりで首から下げたシリンダーに手を触れた。


 コルクでせんをされたシリンダーの中には、ポムの実から果汁をしぼり出し、それに何やらいろいろと薬草を混ぜた、ダナブ特製の液体が入っている。


 これを、中枢ちゅうすうの、ガラスのひつごで眠る者に飲ませる。


 それが、ソルと、ナイルスと、ダナブの悲願ひがんを達成するため、唯一の方法。



 人間の一生など、ほんのまたたきの間でしかないと言うくらいの永い永い時を生きてきたナイルスとダナブの、積年せいねんの想いを、ソルはしっかりとその手に握りしめた。


「行け! ソル!」 


「おう!」


 ソルがナイルスの脚を離して、中庭に着地しようとした――その時。


 ひときわ大きなかぶとに青い羽飾はねかざりをつけた騎士が、ソルの着地地点におどり出た。


 ソルはすかさず棒を構えるが、相手は大剣を構えて、ソルの首を狙っていた。


「させるか……!」


 ナイルスが素早く旋回し、騎士に向かって炎を吐き出す。

 騎士はその炎をバックステップで回避。

 ソルはその隙に着地。

 棒を構えて騎士と対峙たいじしようとしたが、その目の前に巨大化したナイルスが着地してきた。


「ソル! 行け!」

「ナイルス……!」


「我もダナブも、人間どもから見たら神とあがめられる存在よ。人間ごときに遅れはとらん」


「解った……! すぐ! すぐ戻るからな!」


「ふ。期待して待つことにしよう」


 ソルは、ナイルスの尾羽根おばねにそっと触れてから、走り出した。


「止まれ! 反逆者はんぎゃくしゃ!」


 騎士が素早く動く。

 他にも数人の騎士がしげみから飛び出してきた。


 ソルを取り囲もうと彼らが駆け出したその時。


 ナイルスの、鳥の鳴き声がするどく、大きく、場の空気を振動しんどうさせた。


 騎士たちは頭痛やめまいに襲われて、足を止める。


 ソルは、頭を抱えて膝をつく騎士たちに目もくれずに、中枢への扉へと向かっていく。



「クッ……!」


 羽飾りの騎士が、大剣をソルに向かって投擲とうてきしようと、上半身を起こしたところへ、ナイルスの脚がその身体を踏みつけた。


「ぐはっ!」

「団長!」



「聞け! 人間ども!」


 ナイルスが叫ぶ。

 騎士たちが、思わずナイルスを見る。


 ソルが、棒の先に炎を召喚し、中枢施設ちゅうすうしせつの扉を爆破した。


 騎士たちは、ナイルスの放つ威圧いあつにの凄まじさに、視線一つ動かせずにいる。


 ソルが、中枢施設の中に入ったのを確認すると、ナイルスは騎士団長の身体から脚をどけた。


 ナイルスが一度上昇すると、その体が白く光りだした。

 光は渦を巻いて、小さな竜巻のようにナイルスの身体を包んだ。

 激しい風が巻き起こり、騎士たちは地に伏して飛ばされぬように耐えるので精一杯となった。


「人間どもよ、よく聞け、お前たちのおろかな行いを……お前たちが戦天使と崇める者の、過ちを……!」


 ナイルスの声が、大きく、聖都中に響いた。


 その声は、神殿の別棟にある、聖王の執務室しつむしつにも届いた。

 窓から様子を伺っていた聖王の目には、しっかりとナイルスの光の渦が見えていた。



「我が名は、アル・ナスル・アル・タイル……!」



 ナイルスが名乗った。真実の名を。

 人間で唯一、ソルにだけ教えていた本当の名を。


 そして、光の渦が消えたそこに、悠然ゆうぜんと浮かんでいたのは、黒いたかではなかった。


 長い黒髪を後ろで一つに縛った、背の高い男だった。


 男は、美しい金の瞳で、手足は美しくなめらかな黒い羽毛で包まれていた。背中には、毛先にいくにつれて白くなっていく、黒い大きな二対の翼。

 手足の鋭く伸びた爪は優雅ゆうがに空を切り。

 その身にまとった、夜空のような色のそでのないローブが、たおやかに揺れている。

 首には、黒地に金のラインがはいった帯を下げ。


 泰然たいぜんと、愚かな人間たちを見下ろした。



「お前たち人間が、神などと勝手に名付けて幽閉ゆうへいしている、我が弟、アル・ナスル・アル・ワーキを迎えに来た!」



 聖王が、騎士が、全ての聖都に暮らす人々が、アル・タイルの声を聞いた。


 皆が、その言葉に、大きく動揺した。



「道を開けよ! これは最後通告さいごつうこくだ! これ以上我と、我が戦天使・ソルの邪魔をするのならば、この都を焼き払う!」

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