神々の御心

 ダナブの話を黙って、涙を流しながら聞いていたエクトが、震える声でつぶやいた。


「あの……本当に、騎士を……殺したのですか?」


 ダナブは、エクトをまっすぐに見て、頷いた。


「ああ。殺した」

「それは、あなたが……姉の意思ではなく……」

「ああ。私の判断だ」

「姉は……なんと……」


 姉は、人を殺したことについて、何と言っているのか。


 エクトの問に、ダナブは目をせた。


「私のしたことを、自分に責める権利は、ないと」


 肯定こうていもしないが、否定ひていもしなかった、ということか。


 エクトは、ゴシゴシと両目をこすった。

 元々ケガでれていた顔が、もっと腫れ上がった。


 ダナブは悲しそうに、愛おしそうにその顔を見た。


「エクト、すまない。私はお前たち姉弟を、あまりに過酷な運命へと巻き込んでしまった」


 そうつぶやくと、そっと両手でエクトの頬を包んだ。


 その両手が優しく光り、エクトの墨黒すみぐろ色の髪がふわりとなびいた。

 光が収まる頃には、エクトの顔の腫れはすっかり治っていた。



 そして、ダナブの瞳が、灰色になっていた。


「エクト。ごめんなさい。私は、ダナブと行くと決めてしまった。あなたを、巻き込みたくはなかったのだけど……世間はそれを許してはくれなかった……」


「……!」


 その声は、十年ぶりに聞いた、リノスの声だった。


「姉さん!」


 エクトが叫んだ。勢いよく立ち上がって、テーブルに前のめりになって手をついた。

 カップが揺れた。

 また、涙がこぼれた。


「エクト。でも私は、ダナブの気持ちが解るの。ダナブを助けたいと思っている。だから……本当にごめんなさい……」


「姉さん、姉さん……!」


 ずっとずっと会いたかったんだよ、どうしてどうしてこんなことになったのってずっと聞きたかったんだよ。僕のこと、どう思ってるのって聞きたかったんだよ。ずっとずっと……!


 一気にあふれ出る想いは、ひとつも言葉にできなかった。


 ただただ、幼子おさなごのようにしゃくりあげて泣き続けるばかりだった。


 そのうち、ふっと瞳に白い光が宿り、リノスはまたダナブに戻ってしまった。


「すまない。リノスはあまり長い間、表に出てこれないのだ」


 ダナブはそう言うと、こちらに背を向けた。


 エクトは椅子に崩れ落ちると、テーブルに突っ伏してひとしきり泣いた。

 ソルが、そっと背中をさすってくれた。


 さんざん泣いて、泣きじゃくって、ようやく呼吸が落ち着いた頃には、間もなく夜が明けようとしていた。


「ダナブさん……」


 エクトは、ソルの手をぎゅっと握って、ダナブに声をかけた。


「なんだ」


 ダナブは穏やかに答えて、エクトの真正面に立った。


「姉さんと、話させてくれて、ありがとうございます……本当のことを、教えてくれて……」


 そうとだけ言うと、エクトは席を立って、森へ出ていってしまった。

 ソルが、すぐに立って後を追いかける。


「エクト……!」


 ソルのその声が聞こえた直後、扉が閉まった。


 室内に残ったナイルスとダナブは、お互いに鋭い視線を交わした。



「ダナブよ。我らは罪深いな」

「ああ。タイル。我らは、一刻もはやくこの地を去るべき存在だ……ここは、我らが触れていい世界ではない」




「この国を、人の子の手に返すときがきたのだ」

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