眩しい希望

 エクトは、ソルとナジのことが心配で心配で、いてもたってもいられなかった。


 先程、街道の途中でソルが飛び降りてから、ナイルスは少し先の岩陰に着地した。

 大岩の陰に隠れて、小さくなったナイルスと共にソルを待つこと、既に一時間は経っているのではないだろうか。


 空を見上げると、濃紺のうこんの空に星々がきらめいている。


「こんなに暗くなってしまって……ソルはここが解るのでしょうか」

「ソルと我は契約関係にある。お互いの位置は、少しくらい離れていても解るから、安心しろ」


「……契約けいやく?」


 ナイルスがあくび混じりに言った言葉の意味が、エクトには解らなかった。


「ふむ、説明するのが難しい。そうさなあ……簡単に言うと、我とソルは、つながっているのよ。我が、お前たちと同じ世界に己の身体で存在し得るのはソルのおかげであるし、ソルは我の能力を少しだが扱うことができる。互いに交わした約束を果たすその日まで、我らは一心同体ということよ」



「う……ごめんなさい、よくわかりませんでした」


「気にするな」


 ナイルスはそう言うと、岩の上にぴょんと飛び乗った。


 ソルとナジが、今一体どういう状況なのかを想像しているのだろう。エクトの表情は白黒コロコロ変わって、実に落ち着かない。


「やれやれ。そうさな。ひとつ、世間話というものをしてやろう」


「え?」


「なに、気がまぎれるであろう。ただし、ソルには我が話したことは内緒にしてくれよ」


 ナイルスは、翼をたたんだまま、岩の上をピョンピョンと移動して、エクトの顔のすぐ近くまで来た。


「お主に、ソルが絵の具を買ったであろう」


「ああ……!」


 エクトはソルにもらった絵の具の小瓶を思い出して、あれだけでも持ってきたかったな、と思った。


「あれを買うのに、ソルは、ある石を使った」


「石?」


「レッドスピネル。彼奴が自分の妹と引き換えに、サビクの玉座とやらから支払われた対価のうちのひとつよ」


 レッドスピネルは、この国の人間なら知らないものはいないほど有名だが、実物を見たものはほとんどいないというほどの希少きしょうで高価な宝石だ。

 それが、教団からソルに支払われたとは、どういうことだろう。

 いや、それよりも――


「妹と、引き換え……?」


「ああ、その辺りについてはさすがに我が語るわけにはいかぬ。いずれ近いうちに、ソルが自分からお主に話すであろう」


「そ、そうですか……でも、そんな高価なものを支払ったんですか? さすがにそこまで高いものではないはずなのに……」


 エクトは、申し訳なさのあまり、うつむいてしまった。


「ふむ。ソルはあの石の存在が、とにかく嫌だったのよ。あれを受け取ったということは、妹を売ったことだと、ずっと己を責めていた。だから、彼奴はあの石を手放すこともできなければ、持っていたくもないし、ましてあの石に頼るのだけは耐えられないと、まあそんな難儀な気持ちでずっとずっと、肌身離さず持っておったのよ」


「そんな……それなのに、それを僕なんかのために使ってしまったのですか?」


 エクトの顔がいよいよ青ざめていく。

 ナイルスは、ふう、と、小さくため息を付いた。



「エクトよ。よく聞け。

 ソルにとって、お主はそれほどの存在ということよ」



「……え?」


 顔を上げたエクトの目に、優しい瞳をしたナイルスが映った。



「己が今まで抱えていた葛藤かっとうや、こだわりなど、そんなものかなぐり捨ててでも、お主に笑ってほしいと、そう思っておるのよ」



「ソルが……?」



「まあ、詳しくはソル本人に聞いてもらいたいが、彼奴あやつの両親は、周囲からの迫害はくがいに負けて生きることを諦めてしまったのだ。ソルのことすら忘れてな。

 人間は弱い。

 ソルの両親も、ソルの両親を迫害した群衆ぐんしゅうも。先程、灯台の下につどっていた者共もな。

 皆、我から見ればあまりに幼く、あまりに愚かで、あまりに弱いものよ。

 その中にあって、ソルは人を憎みきれずに、だが反逆者として我と共に生きることを選んだ」


 ふいっと、ナイルスが岩場の外に顔を向けた。

 エクトがその視線を追うと、長い棒の先に赤い小さな炎を灯したソルが、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「ソル!」


 立ち上がったエクとの足元で、ナイルスが続けた。


「そんなソルが、久しぶりにまともに会話した人間がお主よ。自分が生きていて良いのかと、悩んでいるお主の姿を見て、彼奴は自分の家族と重ねたのだろう」


 エクトは、手をぶんぶんと振っているソルを見ながら、ナイルスの話に聞き入っていた。


「お主は、ソルを見ても逃げなかったし、ソルが騎士団に追われていると知っても、笑顔で接した」


 エクトも、ソルに向かって手を振り返した。


「それが、彼奴の心をどれほど照らしたことか。

 人間どもが勝手に値踏みした石ころなど、どうでもよくなるほど、それは眩しい光であったのだろうさ」


 エクトは、ぐずっと鼻を鳴らして、目をゴシゴシとこすった。


「ナイルスさん」


「なんだ」


「ありがとうございます」


「こちらこそ」


 二人の会話が終わると、ソルの「おーい」という、明るい声が聞こえてきた。

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