そこにいる覚悟

「……ッ!」


 鳥の背から飛び降りたソルは、長い木の棒を構えて、一直線に馬の上のナジの肩口めがけて飛び込んできた。

 ナジは反射的に片手の手甲で受け止めたが、バランスを崩されて落馬らくば

 ソルはナジの腹を蹴って反対側へ着地。

 ナジは何とか受け身をとったが、一瞬呼吸が乱れた。

 呼吸を整えながら上半身を起こすと、既に視界に棒を構えたソルが見えた。

 ナジが急いで立ち上がり、剣のつかに手を伸ばしたときには、ソルの棒がナジの顎下あごしたに迫っていた。

 左手で棒を弾き、右手で剣を引き抜く。

 ソルは弾かれることなど想定のうちだと言わんばかりに、眉一つ動かさず棒を回転させて、ナジの頭に向かって突きを放ってくる。

 ナジは、息を吐いて、ソルの棒を剣でぎ払う。

 こちらは刃物だ。ナジの腕ならば、木製の棒などたやすく切断できると踏んでいたが、棒は、ギイン! という音を立てて刃を受け止めた。


「何……ッ」


 剣に軌道きどうを逸らされた棒が、ナジのこめかみのすぐ横を通り過ぎる。

 棒をそのまま、ナジの背後の地面に付きたて、それを支えにしてナジの上空を飛び越えていく。

 さかさまになったソルの、不敵な笑みが頭上を越えていく。


 ナジは振り返りざま、こちらに背を向けて着地したソルの胴を狙って刀を真横に薙いだ。

 ソルは素早く獣の如き速さで、低く、ほとんど這いつくばるように地面に伏せて、そのまま片足を軸に回転してこちらを向いた。


 その高さから、まるで野犬のように地面を蹴って、ナジの喉笛のどぶえめがけて突っ込んでくる。


 ナジはその棒を、剣の横原でたたき伏せて、さらにその上から左足で踏みつけて動きを封じた。


「貴様……貴様と行くことで、エクトが貴様の仲間に――反逆者の側に行くことを、理解しているのか……!」


「ああ」


 ナジの問いかけに、ソルは、笑ったままそう答えた。


「エクトは、今なら、まだ、まだ! 反逆者の家族というだけで、エクト自身に法的な罪はない! だが、お前とともに行くということは、法的にも反逆者となる恐れがあるということだぞ! 心まで……あの子の心までそちら側に連れて行く気か!」


 ナジは怒りが爆発するままに、唾棄だきするように叫んだ。

 自分でも、他人に向かってこんなふうに叫んだのは初めてだった。


「アンタ、いいヤツだと思ってるんだ、俺」


 ソルが、言いながら、棒を握る手に力をこめた。


「他の騎士や、教団の奴らより、ちゃんとしたいいヤツだってさ。だから、アンタはそのままでを守っててくれよ」


 ギリギリと、ナジの剣と足を、ソルの棒が持ち上げようとしているのが伝わってくる。


「でも、アンタにはのことは何も解らないんだよ!」


 叫ぶと同時、ソルは棒から突然手を離した。

 反動でナジの身体が、少しだけ前に倒れる。


 ――しまった……!


 ナジがそう思うのが早いか否か。

 ソルの足が、ナジの横腹を思い切り蹴り飛ばした。


 ナジは剣こそ手放さなかったが、派手に転がった。


 その隙に、ソルは棒を持って後退していた。


「法が何だ! 法なんかが、教団の教えが! 俺たちを救ってくれるわけないだろ! アンタたちが信じてる、神が、本当はどんなヤツかも知らないくせに……」


 ソルの声に、怒りと憎しみのようなものがにじんでいる。


「エクトは、アンタたちそっち側のヤツらが、こっち側だって言って、追い出したんだ。俺がエクトの手を離したら、アンタが、ずっとずっと、エクトをで守り続けられるっていうのか? アンタは、守るってことの覚悟が、本当にできてんのかよ!」


「何だと……?」


 ナジの頭に、カッと血が上った。


「貴様のような子供に、しかも反逆者などに、騎士たる私が市民を守る覚悟を問われるとは! 見くびるな!」


「市民を守る? 違う! エクトを守る覚悟の話をしてんだ! 綺麗事だけで守れると思ってんのかよ」


 ナジは立ち上がって、剣を構えた。


「アンタに、本当に、何もかもを受け止めて、そっち側の正義を貫く覚悟があるってんなら、神殿で待ってろよ」


「何?」


 ソルは、言い終わると棒の先端をナジに向けた。

 ソルの金糸の髪が、黒いジャケットが、白いマントが、ふわりと揺れた。


 ナジは目を疑った。


 ソルの棒の先端に、炎が現れ、渦を巻いている。


 人の為せる業ではなかった。


「お、お前は……それはまさか」



 ――魔法。


 天の神々。天からの追手にしか扱えない業。


 ナジの全身が粟立った。



「神殿だ。聖都のラスアルハワー神殿。

 俺たちは、俺たちの大切なものを取り返しに行く」


 ソルが、冷徹な瞳で棒を、炎の渦を二人の間の地面に向かって叩きつけるように、思い切り振りかぶった。



「たとえ、世界を壊すことになっても!」



「クッ!」


 炎が地面に着地すると、あっという間に天に向かって巻き上がる、炎の柱となった。


 熱風に顔をかばって、炎が収まるまで耐えることしか、ナジにはできなかった。



 ナジが次に目を開けたときには、炎の柱も、ソルの姿も、消え去っていた。

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