此岸からの手

 ナジは上空にソル・ワサトを乗せた大鷲を確認して、慌てて灯台の中に入った。


 ソル・ワサト。

 なぜ今、ここに現れた……!


 他の騎士たちも混乱しているようだったし、突然巨鳥が現れて、灯台から飛び降りたエクトを救ったのを見た村人は、またしても、魔女が来たと騒ぎ出した。


 ナジは部下たちに、とにかく全員を捕縛ほばくするよう命じて、灯台の中へ駆け込んだ。

 おりの鍵は、ナジが閉めたのだろう。南京錠が向こう側にあった。

 じょうを破壊すれば入れると思っていたので、ナジは舌打ちをした。手近なところにいた部下に協力してもらい、二人で体当たりをして檻の破壊を試みた。


 ようやく破壊できて、中へ潜り込もうとしたときだった。


 外から、部下の叫び声が聞こえた。



「隊長! 鳥が逃げます!」


 ナジは慌てて取って返して、上空を睨みつけた。


 巨鳥の背には、ソル・ワサトと、揺れる墨黒色の髪が見えた。

 エクトだ。


「おのれ! お前達、済まないが村人たちを頼む」


「承知いたしました!」


 ナジは早口で部下に後を頼むと、さくの向こうに待たせていた馬のもとへ駆け出した。


「待て!」


 ナジは全力で叫んで、馬にまたがる。

 馬は岬を駆け下りて、南下していく鳥を追いかけた。


 途中、木に遮られて見失いそうになるが、ナジは彼らの向かう場所がマルフィーク大森林にちがいないと思っていた。


 最悪、見失ったとしても、森に行って追い詰める。

 そう心に決めて、必死に追いかけた。


「エクト! 待て! 待ってくれ!」


 鳥の背に乗っているエクトがこちらを振り向いたように見えた。


「エクト!」


 自分の声が、兜のせいでくぐもっているのではないかと思ったナジは、兜を外して投げ捨てた。


「エクト! 待ってくれ! エクトーーー!」


 声の限り叫ぶと、鳥の速度が落ちて、高度が下がった。


「……!」


 エクトがこちらを見ているのが、しっかりと見えた。


「ナジさん、僕、姉さんのところに行ってきます!」


 エクトが叫んだ。

 ナジは、馬にムチを入れた。


 馬がいなないて、さらに鳥に追いつく。


「だめだエクト! リノスのところへ行くのならば、私が連れて行く! ソイツらと一緒に行ってはだめだ!」


「けれど……」


「アンタじゃ、森に入れない」


 ソルが、エクトの隣から叫んだ。

 ナジは、ソルの顔を見て、カッとなった。


「反逆者ソル・ワサト! エクトを返せ!」

「アンタのことは気に入ってるし、エクトの友達みたいだし、乱暴はしたくないんだ! 帰ってくれよ!」


「ふざけるな! エクトを返せ! お前が連れて行ったら、エクトは、の人間になるんだぞ! 解っているのか!」


 ソルの顔から、笑顔が消える。

 急激に表情が消えたことに、ナジはわずかに緊張きんちょうした。


 ソルが、鳥に向かって何かを話しているのが見えた。

 エクトが何かを叫んでいる。


 エクトが、泣きそうな顔でこちらを見た。

 ナジは、もう一度説得の言葉をつむごうと口を開いたが、それを声に出すことはできなかった。


 ソルが、鳥の背から飛び降りてきた。


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