諦めることを、諦める

 エクトは、目の前で涙目で笑うソルを見て、ようやく我に返った。


 自分がしようとしたことを思い出すと、足が震えた。

 同時に、心の中で何かが落胆らくたんしている。


 まだ――苦しみが続くのか。と。



「ソル、助けてくれて、ありがとう。ナイルスも」


 エクトはが弱々しく礼を言うと、ソルは顔を左右に振った。


「ううん、俺たち、その、ある人に頼まれて、森から急いで飛んできたんだけど、今、ここに来れてよかったよ」


「頼まれた?」


「うん……エクト、その、落ち着いて聞いてくれるか?」


「う、うん」


 ソルは少し迷っているようで、一度ナイルスの顔を伺った。ナイルスは静かに頷いた。


「俺たち、マルフィーク大森林から来たんだ。ダナブっていう、魔女に会って」


「魔女……ダナブ?」


 ソルの言葉に、エクトの心臓がドキドキした。


 ――まさか。


「その魔女が、リノスっていう人の弟を連れてきてほしいって言ったんだ。その弟が、エクト。お前だって」


「ほ、ほんとうに……?」


「ああ。それで、迎えに来たんだ」


「……ッ!」


 エクトは、頭が真っ白になった。

 いや、いろんな言葉や感情が一気に押し寄せてきたので、脳と心が機能停止きのうていししたという方が正しい。


「エクト、姉さんが罪人で、ずっと行方不明だって言ってたよな? その、どうしてダナブが、お前を連れてきてくれって言ってるのか、俺もよくわからないんだ」


「ソル。詳しいことは後だ。下が面倒なことになっているようだからな」


 たどたどしく説明しようとしたソルを、ナイルスが遮った。


 ソルとエクトが、の騒ぎを思い出したと同時、ガシャン! という激しい音が聞こえてきた。開かない檻をゆさぶっているとかいうレベルではない。何かを金属に叩きつけている、耳をつんざく音だった。


 何者かが下の檻を、破壊しようとしているのだろう。



「下には騎士団がいた。ここに来られては、我らにとっても不利よ」


 ナイルスの緊迫きんぱくした声に、ソルが意を決したようにエクトを振り向いて、手を差し出した。


「わがままばっかり言ってごめん! 俺たちと、一緒に来てくれ」


 エクトは迷った。


 いや、気持ちは、心は迷わずソルの手を取りたかった。



 だが、これは、十年間ぶら下げられたエクトというエサに、魔女がかかったということではないのか。


 ――リノスを、取り戻す――


 昨夜のナジの顔が、声が脳裏のうりに蘇る。


 どうしよう、ナジに、ナジに知らせたほうがいいのではないだろうか……。



 エクトの思考を遮るように、ガシャンガシャンという金属音が激しさを増す。


 心も頭も耳も、何もかもが混乱していて冷静な判断など、出来はしなかった。



「ぼ、ぼくは……」


 エクトの口から、我知らず言葉が溢れた。



「ぼくは、ここから出ても、いいのかな……」


「エクト?」



「ぼくなんかが、外に出たいなんて、ソルと一緒にいきたいなんて、思って良いのかな?」



「エクト……」



 ガシャン!


 金属の音が、ことさら大きく響いた。

 檻が開く音がする。

 壊されたようだ。


「ソル!」


 ナイルスが、鋭くささやく。


「エクト、諦めよう!」


「……え?」


 ソルが、エクトの両手を掴んだ。


「俺も、妹のこと、諦めようと思って頑張ったけど、諦めきれなかったんだ! エクトも、もう、姉さんのことも、自分の自由も、諦めようとすんの、やめようぜ!」


「……あきらめ……?」


「諦めきれない自分がいたっていい。仕方ないだろ! 

 世界でたった一人の家族なんだから……!」


 ――家族。


 エクトの胸に、鋭く突き刺さった。


「行こう! 俺たちには、諦めれらないものがあるんだ!」


 エクトは、ソルに腕をひかれるまま、それでも確かに自分の意思で、足を前に出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る