げんかい

 アア。


 苦しい。


 息が、苦しい。


 こわい、こわい……!


 エクトは、灯台の扉を締めて、檻の中へ入る。

 檻の鍵は、大きな南京錠なんきんじょうだ。

 いつもなら、外側から兵士が閉めるそれを、エクトは震える手で取り外し、内側に装着して、こちら側から鍵を閉めた。


 手がひどく震えていたので、ガチャガチャと耳障りな音がした。



 アア。

 何をしているんだ。

 こんなことをしたら、あとで兵士に何をされるか、解ったものじゃない。



 心の底から、暗い瞳をした、冷静な自分が言う。



 お前のせいで、あの親切な兵士は怪我をした。

 お前は、生きているべきじゃない。



 ドキドキと、心臓の音がうるさい。


 なのに、暗い暗い声は、はっきりと心の中で響き渡っている。



 魔女は、姉さんじゃない。

 ならば、エサにも意味はない。

 聞こえるか。外の怒号が。悲鳴が。

 お前を殺せと叫んでいる声が!



 ハアハアと、エクトは肩で息をしながら、取り憑かれたように階段を駆け上がった。



 跳ね上げ扉を持ち上げて、外に出る。


 ごうごうとかがり火が燃えている。


 暑い。


 暑い。


 海が見える。

 潮風が吹いている。


 ああ。陽が、陽が西に傾いている。


 煙が見えた。


 いつもなら、見張りのやぐらが見える、村の方角。

 その、やぐらが、ごうごうと燃えている。


 何が、何が起こっているのだ……!


 兵士の見張り小屋の方を見ると、そちらからも真っ黒な煙が上がった。


 逃げたぞ、追え、などという野蛮な声が聞こえてきた。


 村人が、追いかけてきたのか。

 まさか、兵士たちを、焼き殺したのか?



 まるで、まるで魔女じゃないか。



 アア。


 僕は何をしているんだ。

 なぜ、ここにいるんだ。









 もう。



 もういいじゃないか。







 暗く、低く、つぶやく自分の声。

 エクトは、ハッとした。




 もういいじゃないか。

 充分がんばったよ。

 もういい。

 もういいんだ。

 ここから、自由になればいいよ。

 さあ。




 さあ。

 手すりに手を置いて。

 さあ。

 その上に立って。


 さあ。

 さあ。



 おつかれさま。僕。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る