魔女と大鷲
魔女――ダナブは、ゆったりとしたローブの
「お前を我が家に
ソルを試すように、意地悪な笑みをたたえて、おとぎ話の悪い魔女のように手招きをしている。
「覚悟か……難しいことはわかんないけど、魔女の招待を受けたら人には戻れないとか、そういう話?」
ソルは肩をすくめて問い返した。
「ふふふ、面白い子だ。私が怖くはないのか」
「まあ、ナイルスの知り合いみたいだし」
「ナイルス? それのことか? 妙な名で呼んでいるのだな」
ダナブは
「我にもいろいろと都合があるのよ」
ナイルスがいじけたようにそっぽを向いた。
「貴様、まさか名を
ダナブは小馬鹿にしたように、ナイルスを見下ろしている。
「フン。何とでも言え」
「おいおい、ケンカしないでくれよ」
ソルが困ったようにそう言うと、ナイルスはそっぽを向いたままだったが、ダナブは「くくッ」と笑い出した。
「この私が人の子にそのように言われるとはな。
まあよい、
この中は、天使の目も届かぬ
ダナブの口調は相変わらずゆったりしていて、どこか
ソルがナイルスを見ると、ナイルスもこちらを見ていて、無言で
ソルは、意を決して扉をくぐった。
「わあ……こりゃすごいや」
中は、まさにおとぎ話の魔女の家のようだった。
「さあ、歓迎の
「うっ!」
ダナブがニヤニヤしながら差し出してきた、陶器のカップの中身を見て、ソルは顔をしかめた。
見たこともない、パッションピンクの液体に、緑色のツブツブが浮いた
「なんだい、これ。俺まだ子供だから……酒はちょっと」
「酒ではない、安心しろ」
「いや、見た目が安心できないって」
「ダナブ、ソルをからかうのはよせ」
「ふふ、実に面白い人の子だ」
ナイルスに
ソルは、ぎょっとした。
「ダナブ。ポムの樹はこの辺りにあるはずだが」
ナイルスが呆れたようすで、話を本題に戻すと、ダナブはカップを
「樹には結界を張って隠してある。ありがたく思え」
「ふむ。礼を言ってもいいが、我のためではあるまい。お前がいずれ利用としようとしていたのだろう?」
ダナブは、フンと鼻で笑い、細長い指でテーブルをとんとんと叩きながら、聞き返してきた。
「あのポムの実をどうするつもりだったのだ?」
「ヤツに食わせるのよ」
「なるほど。この世の
「なんだと?」
ダナブの言葉が予想外だったのか、先程まで自信まんまんだったナイルスは、裏返り気味の声を上げた。
「雑よ雑。貴様、眠っている者の身体にどうやって木の実を食べさせるつもりだったのだ? 童話の王子よろしく、そこな小僧に
突然指をさされたソルは、小首をかしげる。
「バカ、お前……っ! 余計なことを言うでない!」
ナイルスは興奮して、ソルの肩から飛びたつと、テーブルの上にあった大きな瓶のフチに止まり、大声を出した。
「ソルはまだ子供だぞ! 妙なことを教えるでないわ!」
「これは驚いた。よほど可愛がっているようだな」
「……お前には関係あるまい」
「しかも……ほう……」
ソルを指していたダナブの指が、ゆるりとゆれて、虚空に円を描く。ちょうど、その円の中心が、ソルの心臓の高さになるように。
すると、ソルの胸元がぼうっと光った。
「わっ……!」
「契約か……随分と乱暴なことをしたものだ」
ダナブの目が細められる。
「人の子の身体を乗っ取っているお前に、言われたくはないな」
ナイルスが、
ダナブは、ゆらりと視線を動かして、ナイルスを
「や、やめろって、ケンカは! 俺は、自分の目的のためにナイルスと契約したんだ。後悔はしてない」
慌てたソルの言葉を聞いて、ダナブが目線だけを動かした。
横目で見下される形になったソルは、その恐ろしくも美しい白い瞳に、思わずドキリとした。
背筋がゾクゾクするような、鋭利な視線だ。
「フン……まあよい」
すくみ上がるソルから、興味が失せたとでも言いたげな仕草で視線を外すと、ダナブは元の、
「貴様らの雑な策、私が
「……お前を信じろと?」
「これは異なことを。共同戦線を持ちかけてきたのは貴様であろう。嫌ならば、やめにしてもよいぞ? あの樹を見つけられずに、永遠に森をさまようがいい」
ナイルスは、ダナブをギロリと睨んでから、
「わかった。いいだろう」
「ただし、私が貴様らと協力するには、条件がある」
「何だ」
ダナブはすぐには答えなかった。
一歩下がって、壁にもたれかかる。
ソルにはその顔が、少しだけ悲しそうに見えた。
「――弟」
「え?」
「この身体の……リノスの弟……エクトを、ここに連れてきてくれ」
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