光明
今朝の
「その……魔女が言った『反逆者』っていうのは、本当に街にいたんですか?」
「ああ……ただ、この反逆者については内密に願う。兵士たちも知らない話だ」
なぜ、そんな話を自分にするんだ。
エクトは少しイライラした。
ナジは名前こそ出さなかったが、内密にしてほしい反逆者というのは、おそらくソルだろう。
ソルが自分のところにいたことを知って、それで話しているのか。
それとも、他に何か考えがあるのか。
エクトは、現実感を
いずれにしろ、ナジの話す「魔女」の話は、何だか、姉の話だとは思えなかった。
「何だか、僕の知っている姉さんでは、なくなってしまったように、思います」
ボソリと、ようやくそれだけを
「そう……そうだ!」
「え?」
エクトは
自分の両肩を握りしめて、真正面からこちらを見つめてくるナジの、
「あれは、リノスじゃなかった……!」
「どう、いう……ことですか?」
現実感が戻ってこないままのエクトは、この状況に理解が追いつかない。
混乱して、手が震えてくる。
「身体は、リノスのものなのだろうけれど……何か、ちがうものが入っているような……」
――何を。
この人は何を言っているんだろう。
「今朝のリノスは、君のことを『リノスの弟』と言ったんだ。まるで、自分はリノスではないとでも言いたげじゃないか」
「そ、そんなこと……」
「私はこの話を上司にも伝えた。自分でも
上司は聞き入れてくれなかった。魔女になったのだから、
エクトの肩を掴む、ナジの手に、いっそう力がこめられた。
「私の考えが正しければ、我々は、リノスを取り戻すこともできるかもしれないと……思わないか?」
「……え?」
「君は『魔女』とは何なのか知っているか?」
「……!」
エクトは、ドキリとした。
実はよく知らなかった。
十年前のあの日、ザビクの
まるでみんな、昔から知っていたかのように、当たり前のように「魔女」という言葉を使う。
でもエクトにとってはあの日、初めて聞いた言葉だったのだ。
誰も説明してくれないから、魔女の弟には教えられない話なのだろうと思っていた。
「魔女という言葉は、ザビクの玉座の
『いつか必ず、天からの追手がやってくる。それらは魔法を
魔女とは、魔法を使うことができる、天からの追手のこと。
我らの神、ナスル神さまを天へと連れ戻しにきた者、ということになる」
「天からの追手?」
姉は、天から降りてきたものなのではない。
姉は、ずっと自分たち家族と一緒にいた、普通の少女だったはずだ。
「ここからは、私の
「聞かせてください」
気付けばそう答えていた。
ナジは
「もし『魔女』が天から降ってきて、リノスの身体を乗っ取っているのだとしたら……!」
「……ッ!」
唐突に、エクトの
――エクト。私が生まれた日に、星が降ったって知ってた?
――私が生まれた日、空に星が流れて、とてもきれいだったって、お母さんに聞いたの。
――そうね。私もそう思った。運命なんだって……
まさか……
「姉さんが、生まれた日、星が降った……その星が、魔女だったなら……姉さんは、運命だと思ったって……ずっと、生まれたときからずっと、魔女が姉さんの身体の中に
「! 思い当たる
エクトは、震える声で、たどたどしく、ナジに姉との最後の会話の内容を話した。
ナジの瞳は大きく見開かれて、希望に輝き始めた。
「やっぱり……! やっぱり、リノスの魂は魔女ではないんだ、きっと、きっとそうだ」
「けれど、そうだったとして、僕たちに何ができるのでしょう? 本当に姉を取り戻すことが、できるのでしょうか?」
エクトは、自分の心に芽生え始める希望を、光を、必死に見ないようにしていた。
無理に決まっている。希望など、お前は持ってはいけないのだと、心の
「それは、私が調べよう。取り戻す方法を探し出す。例え一生がかかろうとも」
「……!」
驚いた。
この騎士は何を言っているのだろう?
姉を、罪人を取り戻す方法を、一生をかけても探し出すと?
この人は家族ではない。
姉とわずか一ヶ月足らずの間、親しくしていたというだけ。
それも、幼い子供の頃のことだ。
どうしてそれだけしか
世界中から憎まれているような人物を、小さい頃に仲良く遊んだというだけで、人生をかけて取り戻すだって?
「あの、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
エクトは、意を決して聞いてみた。
ナジは、目を見開いて、夢の中から急に現実に引き戻されたような顔をして、そっとエクトの肩から手を離した。
「そう。そうだな……笑わないでくれるかい?」
「え? ええと、はい」
「私は子供の頃から騎士になるのが夢だったんだ。そういう家系だったが、両親は
私は、女でも騎士になれるのだと証明したかった。
そんな夢を、笑わずに聞いてくれて、応援してくれたのは、リノスだけだったんだ」
「そう……だったんですか」
「たった一人だった。リノスと別れてからの二十年近い時間、こうして騎士になれたのも、今も騎士としていられるのも、リノスが私の背を押してくれたからなんだ。リノスとの日々は、私にとって本当に特別だった。
幼すぎて、リノスの住所を聞くとか、そういうこともできずに、でも当然また会えると
いつか必ず、騎士となって聖都に配属されて、リノスに会いに行こうと決めていた。それだけが、心の支えだった」
姉さんなら、たしかに人の夢を笑ったりしない。
魔女ではない姉の姿を、久しぶりにしっかりと思い出した。
そして、エクトは、本当に久しぶりに、姉を「魔女」と呼ばない人に出会ったことに、ようやく気付いた。
――この人なら。
エクトは、心の底に希望が灯るのを、止めることはできなかった。
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