魔女リノス
ソルとナイルスが、イエド・プリオル岬の灯台でようやく目を覚ました頃のこと。
ケルブアルライ港のすぐ隣にある、北方騎士団の宿舎では、騎士たちが朝礼の真っ最中で、
若き小隊長ナジが
いつもと同じ、異常なしの報告。キッチリと姿勢を正して向かい合う騎士たち。
その一人が、壁の方を見て、首を
「た、隊長……あれは……あれはなんですか?」
震えた声で、自分の後ろの
レンガの壁には、騎士団の
その旗の中央。本来ならば騎士団の
騎士たちが、ざわざわと騒ぎ出す。
「騒ぐな!」
ナジが
ナジは剣の
――お前が、ナジか?
「……!」
不意に、宿舎の中に女の声が響いた。
落ち着いた、美しいアルトの響き。
数名の騎士が「うわあ」と悲鳴を上げた。
「何者だ!」
ナジが叫ぶと、渦が大きくなり、中心に星空のような模様の穴が空いた。
そしてその穴の星空が、ゆらりと揺れたかと思うと、星空色のローブを着た女性が現れた。
ナジと同じ歳くらいに見える、
ナジは、思わず叫んだ。
「まさか……! リノス!」
魔女ではなく、ずっと会いたかった友人の名を、思わず叫んでしまった。
「ふふふ、覚えていたのか。リノスも喜ぶ」
「……何だって?」
リノスではないのか、と一瞬思ったが、このような人間離れした
十年前から指名手配中の、魔女リノス。
はるか昔、
必ず天からの追手は再来する。
人には扱えない魔法を使う者。
それが、魔女。
リノスの罪状は、ザビクの玉座への反逆と、殺人。
「何用だ。素直に我々に捕らえられてくれる気になったのか?」
「ふふふ……ナジよ。リノスの友であるお前に、いいことを教えてやろう」
こちらの
「昨夜、森に侵入しようとしてきた鳥を、そちらに飛ばしておいた」
「鳥……? どういうことだ?」
「お前たちが愚かにも、見せしめのごとく閉じ込めている、リノスの弟の近くに落ちたようだな」
「何を言っている?」
「お前たち騎士団が
「……!」
数年前から騎士団が
ソル・ワサト。
眠り巫女であるララの兄にして、神殿に
国民が
眠り巫女に選ばれるのは、百年にひとり。
それはそれは、誇り高いほまれとされているのだ。
それを良しとせず、手段を選ばず妹を取り戻そうとする兄。
そのような存在を、国民たちに知られるわけにはいかなかった。
よって、ソル・ワサトという反逆者は、一般の国民たちには知られていない。
魔女は、このソルのことを知っているというのだろうか?
「あの小鳥は、実に邪魔だ。お前達人間が、捕まえてくれるのならば、私も
「どういうことだ!」
「さあ、早く捕まえておくれ。まあ、もう落ちた場所にはおらぬがな。そうさな、そちらにも街くらいあるだろう。そこで待っていれば、現れるだろうさ」
そう言うと、魔女はもう話は終わったとばかりに、こちらに背を向けた。
「ではな。伝えたぞ」
「待て!」
ナジが魔女に向かって手をのばす。
「リノス! 待ってくれ!」
我知らず、そう叫んでいたナジを、魔女は少しだけ振り向いた。
その瞳が、一瞬だけ、白い光を失い、幼い頃に見たリノスの美しい灰色の瞳に変わった。
「……! リノス!」
旗にナジの手が触れたその時、黒い渦が一気に中央に
「リノス!」
叫ぶナジの声は、もう魔女には届かず、周囲の騎士たちは呆然としていた。
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