ふたご星が降った日

 ソルとララは、結局森ヘは行けなかった。

 当然のことなのだが、村の出入り口には見張りの大人が立っていて、子供二人だけで村から出ようなどと、許してくれるわけもなかったのだ。


 二人でわんわん泣いていると、連絡を受けた両親が迎えにやってきた。


 両親に腕をひかれて、家まで連れて行かれるとき、夕暮れと夜空の間の時間。藍色あいいろだいだいまじわる空に、星が二つ、並んで一緒に流れ落ちた。


 両親の背中の向こうに空が見えていたソルとララも、思わず泣き止んだ。


「まあ、めずらしい! 双子の流れ星だわ!」


 母親が明るい声で言った。

 父親もララを肩車かたぐるまして笑った。


「こりゃあ、きっといいことがある前触まえぶれだ。さあ、家に帰ろう」


 家族は、めずらしい流れ星を見ることができた喜びで、明るい気持ちで家路いえじについた。



 翌日の朝食の時間も、家族の話題はあの双子の流れ星だった。


「きれいだったね。ララ、かんどうした!」


 たどたどしい口調で興奮気味こうふんぎみに言う娘の姿に、父親がパンを小さく千切って手渡しながら微笑む。


「ねえ父さん、今日、本当に森の入り口、見てきてくれるの?」


 反対側から、スープが入ったカップを持ったソルが声をかける。

 父親はパンをソルにも渡して「ああ、約束だ」と答えてウインクした。

 ソルは、うれしそうに笑ってパンをかじった。

 母親も、フルーツを片手にテーブルにつき、器用にナイフで皮をむきはじめる。


 そんな、いつもどおりの、何ならいつもより少し明るい朝食の時間は、突然終わりを告げた。


「おい! ワサトさん! 大変だ!」


 ドアを叩くどんどんという音と同時に、近所のおじさんの声がした。


「な、何だ?」


 父親は、おどろいて落としそうになったパンを受け止め、皿に戻すと、ドアの方へと歩いていった。

 ララが怯えて、席を立って母の元へと駆け寄った。

 ソルは、口の中のパンをごくんと飲み込んだ。


「やあ、おはようございます。どうしました。ずいぶんあわてて」

「慌てもするさ。騎士さまだよ! 聖都せいとの騎士さまがいらしたんだ!」


「騎士さま? 一体どうして?」


 ソルとララからはおじさんの顔は見えなかったものの、興奮した声だけでも、何かいつもと違うことが起こっているのだと解る。

 応対している父親の声も「きしさま」という言葉を聞いてから、急に雰囲気ふんいきが変わった。


 ララが母親にさらに強くしがみつく。

 母親は優しく微笑んで、ララを抱きしめて、頭をなでてくれた。

 普段ならこれで落ち着くララも、今回ばかりは不安がぬぐえない様子だった。



「どうしてって! ここに向かってるんだよ、アンタの家に!」


「ええ? な、なんで?」


「昨夜、双子の流れ星を見たろう? あれがご神託しんたくだったらしい」


「ご神託? いったい――」


「失礼」


 二人の声の他に、新たな声が割って入った。

 聞いたことのない、ずいぶんえらそうな男性の声だった。

 そして、聞き慣れない、くぐもった声だった。


「この家に、双子の兄妹がいると聞いてきたのだが」


「は、はい!」


 答えたのは、父ではなくおじさんだった。

 父は、困惑こんわくしたような顔でこちらを振り向いた。

 ララが母親の顔を見ると、母も、不安げに父の顔を見返していた。


「早朝から失礼する。私は聖都はラスアルハワー神殿から来た、聖王せいおう騎士団きしだんに所属する者。昨夜のご神託を受け、この村に双子の兄妹の、妹御いもうとごを探しに来た」


「……!」


 妹、という響きに、ララがさらにおびえて息をんだ。

 ソルは椅子からおりて、母親とララを守るように二人の前に立った。


「どういう、ことでしょう?」


「失礼する」


 騎士がそう言うと、父が一歩下がり、ガシャンという音がして、真っ白なよろいに白いマントの男が入ってきた。

 声がくぐもっているのは、兜の下から話していたからだったのかと、ソルは思った。


「あちらが、双子の兄妹か?」


「は、はい。二人は私の子供で、双子です。ですが、なぜそれを?」


 父が動揺どうようした声で問うと、騎士は大仰おおぎょうな仕草で両手を広げて答えた。



「喜びなさい。あなた方の娘は、神に選ばれた。数年前より空席であった、ねむ巫女みこの座に、選ばれたのです!」


 眠り巫女――その言葉の意味は、わからなかった。

 だけれど、父と母がこおりついたのを見て、ソルとララは、不安を感じた。


 そして、突然家を取り囲んでいた村人たちの、歓喜かんきの声と割れんばかりの拍手はくしゅが、家の外から聞こえてきて、心底驚しんそこおどろいた。

 ソルは、思わず母とララを、その小さな両腕で必死に抱きしめた。


「おめでとう!」

「ララちゃん、すごい!」

「おめでとう!」

「めでたい! 村から巫女が選ばれたぞ!」


 村人たちの歓喜の声はすさまじかった。


 騎士も、それらの声に満足そうにしているのが、かぶとの上からでも解った。


 みんなが喜んでいる。

 よくわからないけれど、喜んでいる。


 だが、父と母は、まだ困ったような顔をしていた。


 小さな双子の兄妹には、お互いの手を強く強く、握りしめることしかできなかった。

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