星の運命

 アスクレフィオス聖王国せいおうこくの中心地であり、神が降り立ったとされる地、聖都せいと


 十五歳の少年、エクトが暮らす街からは、この聖都の入り口の門が少しだけ見えた。

 そしてその門の奥にも、神が眠っているとされる神殿しんでんの、ドーム型の屋根が少しだけ見えていた。


 エクトは、街外れの丘の上から、聖都に巡礼じゅんれいに向かう人の列や、馬車たちを眺めるのが好きだった。

 特にエクトが好きだったのは、商人たちのキャラバンだった。

 遠く離れた地からやってくる旅人や商人たちは、この辺りでは見ないような民族衣装みんぞくいしょうを着ていたり、見慣れない動物を連れていたりする。

 馬の見た目も、地域によって違う気がする。


 そんな人々の姿を、スケッチブックに焼き付けるように描いていく。

 汗がにじむひたいに、墨黒色すみぐろいろの髪がはりつくが、エクトはお構いなしに筆を走らせている。


 家の仕事である畑作業を手伝った後、親から許しを得てここで絵を描く。これがエクトの日課だった。


「相変わらず、上手ね、エクト」


「わあっ! びっくりした……! 姉さんか」


 急に声をかけられて、振り向くと、自分と同じ黒髪に灰色の瞳の、二つ年上の姉、リノスが立っていた。

 リノスは、街の女性では珍しい短髪たんぱつで、白いシャツとげ茶色のパンツに、黒いエンジニアブーツという服装ふくそうだった。

 膝下ひざしたまである長いスカートを好む、街の他の女性たちとは、全然違う服装だった。

 ほとんど男のエクトと同じだ。ちがいは、パンツの色が黒であることと、エクトは上にエプロンをつけていることくらいか。


「エクト。私が生まれた日に、星が降ったって知ってた?」

「え?」


 リノスは、エクトの絵を見つめたままそう言った。


「私が生まれた日、空に星が流れて、とてもきれいだったって、お母さんに聞いたの」


「へえ。素敵すてきだね。神話みたいだ」


 エクトは、姉のことが大好きだった。

 知的で、凛々りりしく、街の他の女性たちとはちがう、孤高ここうな姿。

 そんな姉が生まれた日に、星が降っただなんて。


 ――やっぱり姉さんは特別なんだな。


 エクトはそう思った。


「そうね。私もそう思った。運命なんだって」


「――姉さん?」


 リノスの声が、少し悲しげに聞こえて、エクトは姉の横顔を見つめた。


 いつもどおり、美しい横顔だった。


「エクト、あなたの絵はとても素敵。ずっと、これからもずっと、絵を描いてね?」


「う、うん」


「じゃあね、エクト」


「うん……」


 エクトは、リノスが家の方に歩いていく背中を、呆然ぼうぜんと見つめた。

 にぎりしめたままの絵筆が、乾いてしまうまで。


 それが、最後に見る「姉」の背中になることを、そのときエクトは知らなかった。

 知らなかったが、何か、大きな不安がエクトの心のなかに渦巻うずまいていた。

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