約束とお別れ
エクトがようやく、生活空間を
「ふう、さすがにお腹が空いたな……ソルたち、大丈夫かな?」
独り言を
外は相変わらずよく晴れていて、空気は真夏の真昼らしく、むせかえるほど暑かった。
そうでなくてもこの最上階では、かがり火がごうごうと燃えているのだ。
階段を上ってきたこともあり、エクトは
「あっつ」
どんなに暑くても、かがり火は
海の方を見ると、気持ちのいい風が吹いてくる。
火は暑いけれど、海からずうっと高い
「気持ちいいな……きれいな空だ」
描きたいけれど……手持ちの青い絵の具は全部、床にばらまかれてしまった。
悪あがきをして
せっかく湧いた
ハアと、ため息をついたときだった。
「エクト」
「うわああああああっ」
ぼんやりと海を見ていたエクトの視界を、突然真っ黒な鳥が
「
「び、びっくりした……!」
カラスほどの大きさに戻っていたナイルスは、ヨタヨタと上昇して、
ナイルスが持ってきたのは、食料品が入った袋だった。
「だ、大丈夫でしたか? ソルは……」
「大丈夫ではない。ソルは崖の下におるわ。全く、我だけに
「にくたいろうどう?」
「兵士どもがいる見張り小屋とやぐらの死角を狙って、我がこの荷物を持って、まっすぐ、真上に飛んできたのだ」
「わわ、お手数おかけしました……!」
エクトはペコペコと頭を下げた。
ナイルスは心なしか満足そうに、フンと鼻で笑った。
「すまんが、中身を取り出して、袋だけ返してもらえるか?」
「ああ、はい! あの、ソルは?」
エクトはわたわたと袋の中身を取り出した。
果物に野菜、エクトの顔よりも大きいパンが一つ。そして、絵の具の小瓶が三つ転がってきた。
「……これ……!」
エクトは驚いて、絵の具の小瓶を見つめた。
間違いなく、エクトの絵を買い取ってくれる
「どうして」
「ソルから伝言だ。一緒に食事できなくてすまないとな」
「え?」
「港街で騎士団に見つかってしまったのだ。ソルがここにいては、またお前に迷惑をかけるであろう」
「そ、そんなこと……」
「その絵の具は、お前にとって大切なものだろうと言っていた。どうしてもお前に、それを返さねばならないんだそうだ」
「ソ、ソル、ここに来れないんですか?」
「ああ。残念だが、一刻も早くマルフィーク大森林へ向かわねばならない」
「マルフィーク大森林……?」
エクトの心臓が、
「どうして?」
「それは、我の
ナイルスはそう言うと、バサリと羽ばたいて空へと飛び立つ。
「待って! 森は、僕にとっても無関係じゃないんです……あそこには……」
「すまない。時間がない。エクト、ソルからもう一つ伝言だ」
エクトは、手すりに両手をついて上半身を乗り出した。
「また、必ず来るから。その時は絶対に一緒にごはんを食べよう。ここで待っていてほしい」
エクトの両目が見開かれる。
「僕は……」
エクトが目をこすってもう一度開いたとき、ナイルスはもう見えなかった。
浜辺に目をやったが、ソルもナイルスも見つけられない。
「僕は……ここで生きていても……いいのかな……」
弱々しい独り言は、誰にも届くことはなかった。
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