買い出し

 門の先は、外壁がいへきや門にふさわしく、華やかでにぎわっていて、人々にも活気があった。

 田舎育ちのソルには、大都会に見えるほどだ。


 ソルは思わず目を輝かせて、商店や露店ろてんが並ぶ市場の通りへと駆け出した。


 するとすぐに、頭上からナイルスが降りてきて、肩に止まった。


「すごい街だ。聖都せいとよりにぎやかなんじゃないか?」

流通りゅうつう拠点きょてんなのであろう。大きさは聖都せいと圧倒的あっとうてきであろうが、人々の活気という点では、こちらが上かもしれぬな」

「よし! 買い物買い物! どんなものが売ってるか、楽しみだな!」


 ソルは財布さいふが入っている腰のポーチをいじりながら、キョロキョロと辺りを見回した。


「まずは食料を買うのであろう。あちらに良さそうな屋台やたいがあったぞ」

「おう!」



 街の市場はひときわにぎやかだった。物珍ものめずらしい郷土料理きょうどりょうりの屋台や、この辺りの民芸品みんげいひんを並べている店が特に目をひく。もちろん、新鮮しんせんな果物や色とりどりの野菜、肉や魚などの食べ物を扱っている店もあった。

 ソルは、焼きたてのパンをいくつかと、果物と野菜を少し、チーズと干し肉を適当てきとうに買った。


「二人で食べるってどんな感じだろうな? こんなものでいいかな?」


 ソルは市場の外れで、今しがた買ったばかりのリュックを広げ、その中に買った荷物をまとめていた。


「ナイルスはほとんど食べないもんなあ。人間二人の食事なんて、久しぶりに考えたよ」


 ナイルスは肩でただの鳥のふりをしているので、ソルの言葉に特に答えることもなく、ただ肩をくちばしでツンツンとつついた。


「よし、そろそろ戻ろうか」


 そう言って、袋を背負せおって顔を上げると、とある店に目をうばわれた。


 市場の通りの横の、小さな路地ろじの入口にひっそりとある、白いかべのその店は、入り口にきれいな絵がかざってあった。


 ソルが近寄ってみると、入り口のイーゼルに立てられた絵画かいがは、ドレスを着た女性の絵だった。

 その横や周囲にも、いろいろな大きさの絵が飾ってある。


 ソルが気になったのは、女性の絵画の上に吊るすように飾られた、小さなサイズの、空と海を描いた絵画だった。


「これ……もしかして……」


 ナイルスが不満そうに肩をつついてくるのを無視して、その絵に顔を近づけると、店の中から、恰幅かっぷくのいい中年の男が出てきた。


「やぁ、いらっしゃい。その絵が気になります?」


 店主は仕立ての良いシャツを着ていて、優雅ゆうがに口ひげをはやしていた。

 商売は繁盛はんじょうしているらしい。


「あ、ああ。似た絵を、最近見たもんで」


「おや。それはどこでです?」


 店主は面白がるような顔になって、手袋をした手で、吊るしてあった絵を取り外して、ソルの目の前に差し出した。


「実はこちらの画家がかの絵は、特別なお客様にしかお売りしていないのですよ。これも商品ではなく、まあ、看板のようなもので」


「へえ、そうなのか?」


「ええ。ちょっとした、でしてね」


「いわくつき?」


 ソルの問に、店主は不敵ふてきな笑顔で答えた。これ以上説明する気はないということだろうか。


「いわくって何だい?」


 ソルはあえて空気を読まずに、世間知らずの子供のふりをして興味津々きょうみしんしんの笑顔を作って聞いてやった。

 ナイルスが肩をつつく。


「まあまあ……お客さん見たところ、お若いが旅をされているのですかな?」

「うん、まあそうだよ」

「なら、さてはどこかの街や村で、地主様や大司祭様のお屋敷やしきにでも滞在たいざいされたことがおありなのではありませんか?」

「どうしてそんなこと聞くのさ?」


「これを描いた画家の作品は、特別なお客様にしかお売りしないと言ったでしょう? のが好きな、上流階級の方々にだけお売りしているんですよ」


「そういうのってなんだよ? 海とか?」


「ふふ、大事なのは、描かれているものが何かではなく、何者が描いたのか。ですよ」


 ソルは何となく、店主の言い回しに嫌なものを感じた。

 この絵は、絶対にさっき見た、エクトが描いたものだ。

 エクトが何者かが大事……とはどういうことか、問い詰めたい衝動しょうどうにかられた。


 だけど、自分とエクトが知り合いだなどと街の人間に知られては、下手したらエクトがさらに孤立しかねない。



 ――だって、自分は、この国全ての人間に石を投げられても仕方ないくらいの、大罪人たいざいにんなのだから。



 だから「描いた人間を知ってる」とは口がけても言えない。


 軽い苛立いらだちを覚え、何となく視線を外すと、店内にある小さな小瓶こびんが見えた。


「あ、ねえ、おじさん、アレ何?」

「ん、何でしょう?」


 店内を振り向いた店主に、ソルは「あれだよあれ」と言いながら、小瓶を指差して見せた。

 店主は店の中から、その小瓶を三つほど持ってきてくれた。

 小瓶の中には、それぞれ赤と青と黄の、きれいな粉が入っている。


「これは絵の具ですよ。この粉を、水や薬剤でいて絵を描くのです」


「へえ~」


 これも、エクトの部屋で見たものだと、ソルは思った。

 あの、床にばらまかれていた色鮮いろあざやかな粉の正体は、これだったのだ。

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