第二章 大切なもの

港街

 兵士の監視を逃れたソルとナイルスは、清々しい青空の下、涼しい海風を感じながら浜辺を歩いていた。


 ナイルスは、ツバメくらいの小鳥の大きさにまで小さくなって、ソルの左肩に乗っていた。


「すげえな、海って! 本当に大きいな!」


 ソルははずんだ声でそう言いながら、自分の左側に広がる途方とほうもなく大きな景色をながめた。


「ララにも見せてやりたいな……」


 小さな声でそう付け足したのを、ナイルスは聞こえないフリをした。

 これも優しさだ。


「しかしソル、大きな港街ということは、その辺にいる兵士たちとはちがう、聖都直属せいとちょくぞくの騎士がいる可能性がある。くれぐれも気を抜くなよ」

「わかってるよ、ナイルス」

「マルフィーク大森林に入る方法も、考えねばならぬ」

「うん、そうなんだよなあ……でも俺、考えるの苦手なんだよなあ」


 ソルが情けない声を出したところで、砂浜が途切とぎれて、大きな岩がいくらも転がり、その隙間すきまに海水がたまっているような岩場に出た。


 ソルは器用にピョンピョンと、岩の上をジャンプしながら進む。

 途中、足元を見ると、岩の隙間から小さなカニや、小魚の影が見えた。


「ハハッ! 見たことない生き物もいる」


 ソルは楽しそうに言った。


「ソル、向こうを見てみろ」


 大きく揺れるソルの肩から離れて、ソルの頭上あたりを飛んでいたナイルスが声をかけた。しゃがみこんで岩場を覗いていたソルは、立ち上がって顔を上げた。


 前方の海に、何艘なんそうかの大きな船が見えた。

 ゆうゆうと海を行く船が、遠く地平線にシルエットとなって見えているものもあれば、すぐ近くに碇泊ていはくしているらしい船も見える。


 これらは全て、どれも大きく立派だった。


 どうやら港の外れが見えてきたようだった。


 少し道をカーブしながら進むと、それらの船が出入りする船着き場が見えてきた。


 海の上にいくつも渡された桟橋さんばしに、レンガでできた大きな倉庫。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのたくましい船乗りたちが大きなたるや荷物を持って歩いている姿も見えてきた。


「ソル。そこで少し待っていろ」


 ナイルスはそう言うと、港の方へと飛び去っていった。


「飛べるっていいよなあ」


 ソルは思わず呟いた。

 ナイルスはすぐに戻ってきて、ソルの肩に止まった。


「街の入口はこちらではない。こちらから行こうとすると兵士が出てくることになりそうだ。港から街に行く途中では、身分を証明しなくては通れない門があるように見える。あちらへ回れ」


 そう言って、ナイルスは海とは逆の方を指した。

 そちらには防砂林ぼうさりんがあった。


「あれを抜けるの? しょうがないな。街の入口には、兵士、いないの?」


 防砂林ぼうさりんの方へ足を向けながらソルが聞く。


「ああ、入り口に兵士は一応立っているが、特に何かを取りまったり、通行証つうこうしょう身分証みぶんしょうが必要ということもなさそうだ。堂々と、ただの旅人のふりをしていれば通れるであろう」

「わかった」


 防砂林はなかなかの距離きょりがあり、鬱蒼うっそうとした道が続いたが、幸いにもすぐに管理用に切り開かれたらしい細い道に出たので、歩きやすかった。


「では我は先に街に入っている」


 ぐるりと石塀いしべいに囲まれた街の外周がいしゅうが見えるなり、ナイルスは街の上空へと飛んでいってしまった。


 ソルはナイルスを見送ってから、街に続く街道かいどうに出て、ずっとそこを歩いてきたかのように進んだ。



 門は立派な石造りで、門のてっぺんにこの国――アスクレフィオス聖王国――の国旗と、ここケルブアルライ港の紋章もんしょうと思われる模様もようの旗、それから国教こっきょうであるザビクの玉座ぎょくざの紋章が描かれた旗の三つが、高々たかだかかがげられていた。


 ソルは、門の前に行商人ぎょうしょうにんの団体――キャラバンだ――がいたので、彼らに紛れるようにして門をくぐった。


 一瞬、門番と目があったが、にっこり笑いかけると、向こうも笑い返してきた。

 

 港と街の間でしっかりと検閲けんえつしているからか、街は平和であるらしい。


 ソルはうきうきしながら街に入っていった。


 その少し後ろに、白いよろいの一団がせまっていることには、まだ気付いていなかった。

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