青年が負うもの

 そこに立っていたのは、おびえてかたをすぼめたエクト一人だった。


「おい、さっきの光の玉を見ただろう。あれは、お前の姉がここに飛んできたものじゃないのか!」


 エクトは兵士にいきなりむなぐらをつかまれた。


「知りません、僕も今、大きな音におどろいて、ここから見ていたところなんです」

「うそをつけ!」


 兵士が右手を高く構えた。


 ――なぐられる!


 そう思って反射的に歯を食いしばったエクトだったが、そのこぶしは、あとからやってきた中年の兵士によって止められた。


「よさないか。殴ったってなんにもならない。それより、きっちり尋問じんもんをした方がいいだろう」


「じ、尋問じんもん……? でも、本当に、姉はここに来ていません。し、下の部屋を見ていただいてもかまいません」


 エクトは息苦いきぐるしくてうまく話せなかったが、必死にうったえた。

 中年の兵士がそれを聞き、大きくうなづいた。


「そうだ、そうするといい。彼は俺が見張みはっておくから、お前は灯台の中をくまなく探してくるといい」


 青年兵士は、歯ぎしりをして拳を下げた。

 そして、思い切りエクトを突き飛ばした。

 エクトは、柱に背中をしたたかぶつけて、き込んだ。


「魔女が見つかったら、お前もただじゃおかないからな!」


 青年兵士は怒鳴どなるなり、これ見よがしにかがり火の周囲をぐるりと一周し、ときどき手すりから身を乗り出して確認したりしてから、はしごを降りていった。


 中年の兵士は、エクトの元へと駆け寄ってきて、助け起こしてくれた。


「大丈夫か? 乱暴らんぼうですまない。彼にも事情があるようなんだ」

「い、いいんです。みんな、姉をにくんでいます。だから……仕方のないことなんです」


 エクトが痛みをこらえるような顔でそう言うと、中年の兵士は悲しそうな顔をした。


「君までにくまれることはないのに」


「え?」

「いや、なんでもない。そんなことより、あの光の玉が墜落ついらくしてから、ここは何も変わったことはないのかい?」


 表情を引きめた兵士の質問に、エクトは目をふせてコクリとうなづいた。


「ここで、かがり火の様子を見ていたら、遠くの空が光ってあの光が飛んできたんです。ここに飛んでくるのではないかと怖かったですが、少しそれたようでした。何が落ちたのか、目をらして見ようとしましたが、何も見えませんでした」


「そうか。あの光は、君の見たとおり、ここと村の中間あたりの坂道に落ちたようだ。だが、そこには大きなくぼみができているだけで、地面には何もなかったんだ。

 ものすごい爆発ばくはつも起こったように見えたんだが、何かの破片はへんとか、そういうものも何もなかったんだ。

 ただ、月もなく、こうも暗くては、絶対にないと言いきれないかもしれないが。

 もう一度聞くが、誰もここには来なかったし、何も変わったことはなかったんだね?」


「はい、ずっと、僕一人です」


「わかった。さあ立って。ケガがはないかい?」


 中年兵士に支えられて、エクトが立ち上がったところに、青年兵士が帰ってきた。

 彼は不満がありありと浮かんだ顔をしていた。


「何もなかった。お前、本当にかくし立てしていないだろうな?」


 言うが早いか、となりに立っていた先輩である中年兵士を押しのけて、彼はエクトの腹を思い切りりつけた。

 エクトはまともに蹴りを受けて、ひどくむせた。


「いい加減にしないか!」


 中年兵士は、あわてて後輩の腕をひいて、跳ね上げ扉の方へと連れて行った。


手加減てかげんはしましたよ」

「彼は一般人いっぱんじんだぞ!」

「……ちがいますよ」


 憎悪ぞうおをむき出しにして自分を見る、自分とさほど変わらないとしであろう兵士の目を見て、エクトは心の底から恐怖した。


「俺は魔女を……絶対に許さない」


 のろうようにそう言うと、兵士ははしごを下りていった。

 中年の兵士が悲しそうな顔で「すまない」と言って、続いて下りていった。


 二人の足音が遠ざかり、またおりじょうが閉められる音が聞こえてから、エクトは大きくため息を付いて、柱にもたれかかってずるずると脱力した。


「はああー……」


 エクトのため息を、柱の裏側から聞いていた大鷲おおわしが、そっと手すりの中へと入ってきた。


「お主、大丈夫か?」


 大鷲は心配そうにエクトの顔をのぞき込んできた。

 エクトは弱々しく笑った。


「はは、れているので。それより、あなたの方こそ屋根の上で大丈夫でしたか? 丸いし、その大きな体ではせまかったでしょう? 背中のも大丈夫ですか? 突然とつぜん無理を言って、かくれさせてしまってすみません」


 エクトは頭を下げた。

 この大鷲おおわしと少年は、兵士から隠れる必要などなかっただろうに、エクトは自分の都合つごうで屋根の上へとおいやってしまったのだ。

 冷静に考えれば、少年が気を失っていることから見ても、兵士に助けを求めるべきだったかもしれないというのに。


「いや――」


 座り込んだままうなだれるエクトに、大鷲は優しい口調で答えた。


「我らは聖都せいと騎士団きしだんに追われる身だ。感謝している」


「そう……なんですか?」


 エクトは驚いた。この礼儀正れいぎただしく、気高ささえ感じさせる大鷲が、どうして聖徒せいと騎士団きしだんに追われるはめになったのだろう。

 まあ、人語じんごを話す大鷲なんて神話の中のような存在なのだから、発見されたら大騒おおさわぎにはなるだろうが……。


「じゃあ、僕と一緒ですね」


 ボソリと呟いた。

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