第一章 星と星とが出会うとき

罪を恐れぬ少年 ソル十六歳

 月のない夜。

 金銀きんぎん星々ほしぼしが、漆黒しっこくの空にてんてんと光りかがやくその下。

 小さな村の外れにある、丘の上。そこは静かで、夜空のごとく音のない、死者の眠る場所――墓地ぼちだった。


 その墓地の一番奥の、がけふちにある墓の前。


 一人の少年がひざまずき、いのっていた。


 色素しきそうすい、短くられた白に近い金色のかみを、夜風よかぜにゆらして、きつく目を閉じ、おのれの身のたけほどもある長いぼうを、まっすぐに目の前に立てて。

 まるでちかいを立てるおとぎ話の戦天使いくさてんしのように。

 ただ、静かに祈っていた。


 その美しく清らかな静寂しじまを切りく、羽ばたきの音が響き、少年の右肩あたりに、一羽の大きな黒い鳥が舞い降りてきた。


 その鳥は、夜に溶けるような真っ黒な翼に、黄色いくちばしで、目は金色に鋭く光っていた。

 世にも珍しい、黒い大鷲おおわしだ。

 大鷲のくちばしがわずかに開いたかと思うと、聞こえてきたのは、鳥の鳴き声ではなく、人の、大人の男の声であった。


「ソル。来るぞ」


 ソル。大鷲にそう呼ばれた少年は、静かに目を開き、祈りを終えて、フゥーと長く息を吐いて立ち上がった。

 そして思い切り息を吸って、熱された真夏の空気に思わずむせた。


「ゲホッ、わかった、ありがとナイルス」


 としのころは十六歳くらいであろうか。まだあどけなさを残した瞳は、澄んだ青空のような色をしたアーモンドアイだ。肌も、髪と同じく色素の薄い色をしているが、黒い半袖のジャケットからのびた腕は、華奢きゃしゃではなく、しっかりとひきしまっていた。

 咳が収まると、少年は羽織はおっている白いマントのフードをかぶった。


「全く、まらなぬヤツよ」


 大鷲――ナイルスは、苦笑したような声でそう言うと、一度上昇した。


 直後、金属がこすれるような耳障りな足音が、いくつもいくつも、騒々そうぞうしく近づいてきた。


「いたぞ!」


 粗野そや雄叫おたけびとともに、墓地と村との境界にある林の木々の間から、白いよろいの一団が現れた。


 ソルは背後からせまる大勢の人の気配を感じ、振り返ることなく、棒を片手に持つと、墓の向こう、崖の先へと迷うことなく飛び出した。

 同時、よろいの一団がソルにの背に向かって弓矢を構える。

 しかし、彼らはせっかく構えた弓を射ることなく、急降下してきたナイルスが巻き起こした突風によって吹き飛ばされ、ひとり残らず体制を崩されてしまった。


 ナイルスはそのまま地面すれすれを飛んで、崖の先、落ちていくソルの元へと飛んでいく。


 ソルは、素早くナイルスの足首を掴むと、片腕でぶら下がった。

 ソルをぶら下げたナイルスは、高度をわずかに上げて数度羽ばたくと、高速で滑空していく。


「じゃあな!」


 明るい笑顔で振り向いたソルに、白い鎧の騎士たちは苦し紛れに矢を放った。しかし、それらは空を切って、闇にのまれていく。


「このまま行くか、ソル」

「ああ、行こうぜ! ナイルス!」


 ひとりと一羽はそう言い合うと、眼下に広がる大きな、黒い樹々のかたまり――マルフィーク大森林を見下ろした。


「この森に、ポムの樹を植えたんだろ? どの辺か覚えてるのか?」


 ソルが風の音に負けないよう大声で言った。


「当たり前であろう。なんせ、ど真ん中よ」

「へえ、じゃあそこまでよろしく!」


 軽快けいかいな口調でウインクしながら言うソルに、ナイルスは余裕たっぷりにうなずいた。


「ようし、行くぞ」


 ナイルスが森の中央あたりで急降下を始めた。

 目指すは、神が作りたもうた原初げんしょの森。マルフィーク大森林だいしんりん。その中央めがけて、ナイルスは彗星のごとく飛んでいく。


 まもなく森の樹に届きそうというところで、突然、ひとりと一羽が目指していた場所から、白く光る球体きゅうたいが浮かび上がってきた。

 そして、それにナイルスとソルが気付くと同時に、光はふくれ上がり、一気に森全体を半球形はんきゅうがたの屋根のようにおおった。


「何だあれ!」


 ソルが叫んだ声は、白い光に呑み込まれる。


「クソ……! これはまさか、ダナ……」


 ナイルスが悔しそうに叫んだ直後、光の膨張ぼうちょうは最高点に達して、一人と一羽は、はるか北の空へと弾き飛ばされてしまった。


「ソル! 手を離すなよ!」

「わああああ!」


 そんな悲鳴が、一瞬にして遠ざかり、少年も、大鷲も、姿かたちがすっかり見えなくなってしまうと、光は満足したかのように小さくしぼんで、消えていった。

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