第2話 衝突《コリジョン》

 人が空に色を感じるのは、大気の層に太陽の光が反射し、目に入ってくる光の波長により青くなったり、赤くなったりするわけだが、私の頭上に広がるこの黄色い空を説明できる人間がいたら是非して欲しいものだ。

ただし、私はその一人になりえる存在だと言える。つい先ほどまで自分が黄色い空の世界にいたからだ。これは決して夢などでは説明がつかない。私が向こうの世界で出会った少女モニカ。彼女に巻かれた”おでこ”の大きな絆創膏がその証拠だ。

今思うと、この絆創膏の素材もこの世界に存在しない材質だ。

私は確かにあそこにいた。そして、その名残をここ新宿で今体感している。


 冬の新宿に集まる人々は皆空にスマホを向けている。私も上着のポケットからスマホを取り出すと動画共有サイトやネットの記事に黄色い空いついて情報が溢れていた。現段階でわかるのは、この現象は23区に限定で起こっていること、23区と23区外の世田谷区辺りについては黄色と青い空が混じりあったような状態であり、それ以降の郊外は青い空が広がっているということだ。


 電子音と共に、ディスプレイに通知が届いた。1件は母から、もう1件は未登録の連絡先だった。母からはニュースでやっている空の件についての連絡だった。母が棲む西東京では影響が出ていないらしい。そしてもう1件の連絡を開こうとしたその時、その文章の1行目のみがディスプレイに映ったが、その一文に私は目を見開いた。


『こちら もにか おうとう せよ』


私は急いで連絡通知をタップし、本文を開いた。すると内容はさっきの一文のみだったが、今のこの状況では十分すぎるきっかけだった。


『なんで連絡先がわかったの?』

『ごめん なんて かいてあるか わからない このもじと おなじものを しよう してほしい』

『なぜ おれの れんらくさき わかったの』

『あなたが ねている あいだに にもつを しらべちゃった』

そういうことかと私は納得した。

『あなたが めのまえから きえてしまったので かすかな かのうせいにかけて れんらくしてよかった いまどこにいるの?』

『おどろかないでほしい おれのせかいだ もと いた せかいにもどった』

『そのばしょを おしえてほしい』

『しんじゅく という まち』

このメッセージを打った後、すぐに返信は来なかった。私はスマホを握ったまま返信を待った。バスタ新宿にわたる横断歩道の信号が2回変わる頃、手の中で通知音が鳴った。私は今起きている不思議な現象に関わっている人物である為か誰にも見られないように、画面のディスプレイを少し傾けた。

『もうすこし くわしく』

『しんじゅく という まち いまは しんじゅくえきをでた こうしゅうかいどうという おおどおり』

『なるほど 新宿駅か ココの座標は新宿駅と同じとは 驚きだ 数分で君を捕獲する』

「っ!?」

私の指はピタリと止まり、画面を見たまま硬直してしまった。私に未だかつてない程の悪寒が走った。私は何かに駆られて空を見あげた。そこには遥か遠くの空に小さな黒い塊が見える。確実にこちらに向かっている。次第に大きくなるソレがあの時モニカが乗っていたあの飛空艇だと気がつくのに時間はかからなかった。

「まじか!」

私は駅に振り返り大道芸人を囲う人々押しのけ新宿駅南口の構内に駆け込んだ。しかし、飛空艇は高度を限りなく低くし構内に入って追いかけてくる。ものすごいエンジンの爆音が構内に響き渡る。新宿西口の方角へ駆けつつ飛空艇は天井にぶつかりながら私を追ってくる。そこで咄嗟に方向を変え、小田急線の改札をくぐり抜けた。

曲がりきれなったモニカの飛空艇は柱に激突し、柱の液晶ディスプレイは粉々に砕け散った。

「待って!私はあなたを守りたいの!!きゃーーー!」

モニカの声かどうかは確認できなかったが、一目散に駅のホームに駆け下りようとしたとき同じ声が悲鳴に変わった。

もしかしたらモニカに何かあったのか

いや

追いかけてきたのはモニカか

いや

なぜここに

いや

もう御免だった。

気が付いたら知らない世界にいることも、

知らない少女に殺されそうになるのも、

この世界に戻ってきてしまったことも。



 私が大学生になったのは2年前の事だ。浪人することを考えることはなかった。

父のいない私にとって、女手一つで育ててくれた母に私は頭が上がらない。

だからまじめな人間になったと思っているであろうが、私は父の存在を追っていたのだ。母には感謝しかない、ただし男にとって父の存在の大きさは言い表すことができないくらい偉大だ。私が10歳のときに父と母が大喧嘩をしていたのを自分の部屋で聞き耳をたてていたその時、突然父が私の部屋を訪ね、この家を出ていくことを私に告げたのだ。それっきり父は戻らなかった。それなりに物心ついた私は父の事を母に聞くことは控えることにしていた。ただ、大学受験でストレスを抱え込む中、夜遅くまで飲み明かしてかえって来た母にぽつりと聞いてしまった。


今、父はどこにいるのかと。


母も父がいなくなってから気丈に振舞っていたが、そのせきが切れた様に私に涙を流しながら怒鳴り散らした。なぜ父が必要なのか、なぜ今まで大切に育てた私より父の事を心配するのか。

それから大学受験を模試でA判定のなんてことない私大の合格で終わらせると、母に家を出ていくことを告げた。一人暮らしをする必要のない距離であったが、これ以上私はこの人と一緒にいれなかった。

そんな母のもとを離れて1年程経ったある日、母から今親しくさせてもらっている人を紹介したいとメールが入った。あれは大学の友人と大学近くの飲み屋で酒と唐揚げを胃に詰め込んでいたときで、胃の中で混ざり合ったそれらが異物の様に感じて店のトイレで吐いた。

父以外の人間には興味がなかった私は『母の人生は自分で決めていい』と返事をしてそっと携帯の画面を暗転させた。



小田急線にのった事はほぼない。たまたま発射間際の電車に駆け込んで座席でうなだれている。私が何をしたというのだ。私は何も自殺をしようと思ったわけではない。大学のなかで出会った限りある人たちとの交流に私は満足している。週に数回飲みに出かけたり、無駄に朝までカラオケを歌ってみたり、酒が深い日には人生についてなんて青臭いなりに語ったこともある。それがいけないことか、両親のゴタゴタに文句を言ったことはない。

「俺、間違えたのかな」

心の声が漏れたとき、今まであったこの4日間に嫌気がさしたと同時に頬に涙が伝った。

「地球片って思ったより人間臭いんだな。」

隣の席に座っていた黒いパーカーのフードをかぶった乗客が私に話しかけてきた。

今の一瞬で男性であることは声でわかった。私は涙をぬぐい彼の方を見ると、男はフードを外した。赤い瞳、赤い髪は逆立つ。目は鷹の様に鋭く、口はライオンの様に大きかった。

私は咄嗟にまずいと察した。

「まぁ身構えるなよ地球片君」

「チキュウヘン?よくわからいけど、お前この世界の人間じゃないな」

私の問いに男は腹を抱えて笑っていた。

「この世界ってどの世界だよ。もしかしてまだ地球にいると思っているのか?」

私は窓の外をみて狼狽した。そこには見たこともないビル群が線路に沿って並んでいるではないか。電車は小田急線のまま、なぜか景色の一部がところどころ歪んでいる。

「地球は地球だけど、クロラが混じった地球だよ。まだ浸食はこの東京23区さっきお前が言っていたなんだっけ?シン、ジュク?とかいうところを基準に、俺たちのクロラのある座標が混じっているってわけだ。」

「どうしてお前がさっきの会話の内容をまさか、お前!」

私は男の胸倉をつかんだ。

「モニカさんをどうしたんだ!」

「あの娘なら目の前にいるだろ?」

『あの娘』まではたしかに確かな黒さを含んだ男のほくそ笑んだ声だったが、『目の前にいるだろう』と発するのと同時にみるもる容姿は少女へ変化した。

「モニカさん」

取り乱して胸倉を離した私に、薄く笑みを浮かべて一歩近づくと私の額に手をかざした。モニカの掌は赤く光り出した。

もう、疲れた。

私は瞼を閉じようとしたその時、


ガラガラ、ガシャン。


車両の連結部分の扉が開いた。

銃の様な明らかに武器を構えたモニカと、もう一人、左腕が機械仕掛けの大きな黒人の男が現れた。

「あれが、モニカが言っていた地球片か」

「そう。救出が第一、相手は容姿及び攻撃様式から判断し第1種戦闘員。気を抜けない。この狭い空間を考慮しレベル1以下の重火器を使用。以上。」


小田急線の線路沿いに立つ電柱の影が私を追い抜いてモニカ達に届いた瞬間、目の前の二人は閃光と共に線と化した。


「作戦開始。」

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東京・異世界漂流記《ドリフターズ・レコード》 白シャツ父さん @mutouryouta

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