その探偵、泥棒につき。

2021バレンタイン用SS そのチョコ、本命につき。

 和州わすが目を開けるとそこには見慣れた天井があった。


 「もう朝か……」


 窓から眩しい光が差し込み始めているのに気づきいつもと同じように制服へと袖を通し準備を始める。


 今は2月のため来ているのは黒の学ランだ。全て着終え首元に校章を付けるとリビングへと降りていき、朝食の準備を始める。


 メニューは昨晩多めに焼いておいた焼き魚と白米だ。全部出来てしまっているため盛り付けてから温めるだけだ。


 テーブルの上に並べ時間を確認すると7時手前で、調理をしなかったからかまだ時間には大分余裕があった。


 どうせ起きてこないだろうとは思いつつも歩矢ほのやを呼びに行く。だが、案の定起きてくることは無く結局1人で食べることになってしまった。


 仕方ないと部屋に戻り時間割を確認して持ち物を確認しようとすると今日の日付が目に入ってくる。


 「そういえば今日はバレンタインか……」


 今日の欄に書かれている日付は2月14日で紛れもないバレンタインデー当日だった。


 「今日は疲れそうだな。」


 その辺にいる男のようにワクワクすることは無く、むしろ憂鬱な気分が勝っていた。


 歩矢プロデュースによって強化された和州の顔立ちの良さは学校でも女子生徒はおろか女性の教員までもを魅了するほどのものだ。


 流石に教員から声がかかりはしないが生徒に告白されることもままある。だが、和州には探偵のサポートに裏では隠れて泥棒と忙しさもありその気が無いため、全て撃沈してしまっている。


 その気もない相手に寄られることほど対処が面倒で疲れることはない。ましてやバレンタインとなれば普段の比ではないだろう。


 今の和州は高校1年生で、バレンタインを高校で迎えるのは初めてだ。だが、どうなるかは目に見えてしまっていた。


 だから、和州にとってはちょっと面倒なイベント以外の何物でもなかった。


 「歩矢さーん、僕はもう行きますからねー」


 ため息を吐きつつも準備を整え歩矢の自室に向かって声を掛け家を出る。


 学校に着き下駄箱の前に立つ。


 「こんなことってあるのか……」


 和州の下駄箱には予想をはるかに超える箱の包がぎっしりと詰まっていた。もはや扉が閉まらず半開き状態だ。


 中学の時も割と貰ってはいたが、既にその時と同等のレベルのチョコを入手してしまった。


 一か所だけの異様な入り方に嫉妬の視線が和州にグサグサと突き刺さる。


 そんな視線に耐えながら、通りすがりの女子生徒からチョコを受け取りつつやっとの思いで教室に辿り着く。


 「うわっ……凄い量だな……」

 「多いとは思っていたけど流石だな。」

 「羨ましい奴め……」


 教室に入るなり周囲の視線が痛い。コソコソと言われるだけでは和州には何も言う言ことが出来ず、ただため息が漏れてしまう。


 「僕だってこんなに渡されて迷惑してる。」と言ってしまうと嫌味にしか聞こえないため言える訳もないが、これが本音だ。


 箱が積まれている自分の席に行くとそこでは近くに座る百合少女、恋奈れながガチ目の箱をパーカーとヘッドフォンを装着した全てが小柄な少女である華鳴はなりに渡している所だった。


 「おはよう、2人とも。恋奈も相変わらずだな。」

 「おー、和州。おはよー。」

 「おはようございます。それで、相変わらずって何のことなのです?」


 自身の百合好きを隠しているつもりの恋奈は白を切る。


 「いや、何でもないよ。」

 「うふふ、和州君も面白い人なのですよ。そういえば今日はバレンタインなのですよ。和州君は知ってましたか?」


 和州には笑えないのだが恋奈にとってはジョークのつもりなのかそう言い、透明の小包に入ったチョコを和州に差し出してくる。


 「義理なのですよ。勘違いはダメですよ?」

 「分かってるよ、ありがとう。」


 何せ恋奈は百合好きだからな、と心の中で付け足す。


 「ほら、こっちはあたしからだ。机の上のものを見る限り要らないかもしれないがな。」


 華鳴は20~30円程度で買える市販のチョコを1つ投げ渡す。


 「ありがとう。貰えて嬉しいよ。」

 「おっはよー。おわっ……相変わらずモテモテだね、和州。これは義理チョコだぞっ」


 時間ギリギリになって登校してきた侑は和州に小さ目の紙袋を突き出す。


 「ありがとう。」

 「んー?あんまり嬉しそうじゃないなぁ。やっぱりモテモテな和州は貰いすぎて私みたいな女からは貰っても嬉しくないってかぁ?」


 侑はにやにやとして和州の脇を肘で小突く。


 「いや、嬉しいよ。ただ顔に出てないだけ。」

 「ほんとかねぇ」

 「ほんとほんと。」


 和州のこれは本気だった。


 何せ貰うもの全てが重いのだ。この3人のようなフラットなものが和州には身に染みて嬉しいものなのだ。


 和州が3人にはホワイトデーで何か返さないといけないと心に決めていると、隣では恋奈が侑に華鳴に渡してたような包を嬉しそうに手渡していた。


 そうして和州は1日中本命らしきチョコを受け取り、ついでに告白をされたりと和州の前では女子女子した生徒たちの相手で飛ぶように時間は過ぎていった。


 「ただいま……」

 「おかえり。」


 箱をリュックの中に可能な限り詰込み、入らなかった分を両手に抱え帰宅すると笑みを浮かべた歩矢が待ち構えていた。


 「今年は随分と多いのう……やはり儂がイメチェンをしてやったおかげかの?」

 「荷物になって邪魔で、大変ですよ……。これでもまだ学校にあるんですから。」

 「来年は袋持参じゃの。」

 「嫌すぎます……」


 リビングに入っていくとテーブルの上にはちょっと歪な形のチョコケーキが置いてあった。


 「どうじゃ、和州よ。バレンタインじゃから今年は市販品でなく、チョコケーキを作ってみたのじゃ。」

 「料理なんかしない歩矢さんが?」


 そう、歩矢は面倒だからと家事の一切を和州に押し付けているのだ。だから、バレンタインだとはいえ調理をしたことに和州は驚く。


 「普段はしないだけで出来ない訳ではないのじゃ。レシピがあればこれ位訳ない。それと、これは家族兼弟子であるお主への義理チョコじゃからの?手作りじゃからと勘違いするでないぞ?」

 「そんな勘違いする訳ないじゃないですか……」


 和州が荷物をドサドサと下している内に歩矢は一足早く席に着き、ケーキを切り分ける。


 「それで、歩矢さん。あの洗い物はどうするつもりなんです?」


 和州はケーキを作り終えたままだと思われる調理器具の山が形成されてるキッチンへと目を向ける。


 「いや、あの……儂が後でするのじゃ……」


 歩矢は憂鬱さにしょぼくれる。


 「仕方ないですね……僕も手伝いますよ。バレンタインとはいえ僕のために作ってくれた訳ですし。」

 「ほんとかの!」


 和州は、歩矢が目を輝かせて喜びだすのを余所に椅子に座り、歩矢作のケーキを口食し始めた。


 「ん!これ美味しいです!」

 「それは良かったのじゃ。」


 それはしっとりとした濃いチョコが口の中にふわっと広がりながらもくどさはなく食べやすいものだった。


 普段から何もしない人が作ったものとは思えないケーキに舌鼓を打っていると電話が鳴った。


 「僕、出てきます。」

 「うむ、頼んだのじゃ。」


 電話のような雑務は探偵である歩矢のサポートをする和州の役目だ。


 電話の内容は探偵への依頼で今すぐに来て欲しいとのことだった。


 「よし、行くぞ、和州。」

 「はい、歩矢さん。」


 向かった先は人気があるとは到底言えないような動画投稿者の家だった。


 「俺のファンの人がぁ、バレンタインにチョコ送ってくれたんすけどぉ、こんな感じになっててぇ。見て下さいよぉ。」


 語尾がやけに後に残る無性に腹立たしい話し方をするチャラい男が送られてきたというチョコをカメラマンだという筋肉質な男に持って来させて2人に見せる。


 そこからは針が2本程見えていた。


 「確かにこれはお主を狙った犯行じゃのう。」

 「犯人見つけて下さいよぉ、探偵さぁん。」

 「勿論そうするが、何故お主は命を狙われてそうへらへらとしておられるのじゃ?」

 「これが俺の素なんでぇ。」

 「これで素でいられるのがおかしいんじゃがの。」


 一貫してふざけてるようにしか見えない態度に歩矢はイラっとする。


 「ここに監視カメラがあったはずじゃな?映像を見せて貰えるかの?」


 家の中に入る前に確認していた歩矢は玄関を映す位置にカメラがあったことを思い出し提示を求める。


 「いいっすよ。PC持ってきてくれ。」

 「はいよ。」


 歩矢と和州はチャラ男が筋肉質なカメラマンに持ってこさせた映像を確認する。


 問題のチョコが届いた様子を確認すると車で緑と白のボーダーの服に緑のズボン、そして緑のキャップを被った宅急便の制服に身を包んだガタイの良い男が配達をしていた。


 「うむ……?」

 「ん……?」


 歩矢と和州は顔は見えないがやけに見たことのあるような姿に首を傾げる。だが、誰なのかは分からないでいる。


 「この男、もしくは送り主に心当たりはあるかの?」

 「ないんすよねぇ。」

 「そうか……とりあえず儂はこの服の宅急便の事務所へ問い合わせに行ってくる。和州はここに残っておれ。万が一のことがあった時のためにの。」


 歩矢は依頼主に説明するように話し、席を立つ。


 去り際に和州の耳元で「怒りもせずヘラヘラと視線も彷徨っておる。なにか企んでるようにも見える。見張っておくのじゃ。」と言い残し宅急便の事務所へと向かって行った。


 「弟子君はさぁ、なんで探偵なんてやってるの?」


 暫く男の様子を見ていると和州に向かって話かけ始めた。


 「ただ、一緒に生活してるし、手伝いをしてるだけです。……そんなことよりも自分の心配をした方が……」

 「ん?まぁ、心配もしてるけどさぁ、気になるんだよねぇ。ほら、探偵って珍しいじゃん?エンターテイナーとしては気になる訳よ。」

 「はぁ……」


 そんなことを話している間もチャラ男は周囲をチラチラと視線を彷徨わせていた。


 歩矢に言われずっと視線を追っていた和州はあることに気付いた。このチャラ男の視線を彷徨わせる行為、ずっと同じ場所を確認するような動作なのだ。


 視線の方向を確認すると部屋の隅の3か所にカメラが設置してあった。


 「あの……もう一度、監視カメラの映像を確認しても良いですか?」

 「あぁ、良いっすよ。」


 まさかと思い、もう一度映像を確認する。


 ガタイの良い男が宅配をしている様子を静止させ、カメラマンの男と見比べていると和州の携帯に着信があった。


 「失礼します。」


 着信は歩矢からのものだった。


 「もしもし。」

 「和州、無事かの?ケガはないかの?」


 緊迫したような震えた声がスピーカーから聞こえる。


 「今の所は大丈夫ですよ。何かあったんですか?」

 「それは良かった……確認したが制服は似ているだけで別物じゃった。あの男の怪しい動きと言い心配のなさと言い、やはり何か企んでおるやもしれん。ファンからの贈り物なぞ嘘じゃろう。じゃから一緒にいるお主が危ないかもしれんと思っての。今は急いで向かっておる所じゃ。」


 歩矢は走って戻っているのか息遣いが荒く、語気が乱れている。


 「そうですか……実は男の視線の彷徨ってる方を見たらカメラが仕掛けてあったんですよ。しかも3台も。あと映像確認したらあの制服の男カメラマンに似てる感じがするんですよね。」

 「どこかで見た奴じゃと思ったのはそ奴のことじゃったか。それでカメラが仕掛けてあるとなると……」

 「歩矢さんもそう思いますか。」

 「うむ。どちらにせよ、儂が戻るまで手を出さぬようにな。何があるかも分からん。」

 「はい。」


 和州は通話を切るとチャラ男がいる部屋へと戻っていく。


 「あの女探偵さんからなん?」

 「あ、はい。そうです。もう少しで戻るそうです。」


 和州は映像をもう一度確認していると息を荒くした歩矢が戻ってきた。


 「歩矢さん、おかえりなさい。タクシーでも使った方が良かったんじゃないですか?」

 「タクシーを待つよりもこっちの方が早かったからの。」

 「そうですか。」

 「そうなのじゃ。」

 「で、結果はどうだったんすかぁ?探偵さぁん。」


 和州が和州の顔を見て安心した歩矢と話していると空気を読めてないチャラ男が結果を急かす。


 歩矢はそれが仕事相手であるため笑顔を保っているが、和州には内心でキレているのが丸わかりだ。怒ってる時の笑顔程怖いものはなく、和州はブルブルと震えてしまいそうになる。


 「はーやくぅ、けっかはぁー?はぁやぁくぅ。」


 そんな中、とにかく空気を読めてないチャラ男は煽るように一人叫んでいた。


 それには歩矢も笑顔どころか表情を消し去り、核心を突いた。


 「お主、何を企んでおるのじゃ?監視カメラに映った制服は似たようで宅急便のものとは別物じゃったそうだ。それに、この制服を着た男、そこのカメラマンじゃろ。極めつけにこの部屋にカメラを仕掛けておるの。」


 歩矢の怒気を孕んだ声でチャラ男はやっと気づく。自分は目の前の相手を怒らせてしまったのだと。


 流石に焦ってしまっているのか顔の色が白いものへと変化している。


 「や、やっと気づきましたか探偵さぁん!実はねぇこれ、ちょっとしたバレンタイン用の企画でしたぁ。チョコに危険物が入ってると探偵に依頼をしたら本当に分かるのかってことでそこのカメラマン君に手伝って貰ってましたぁ。正解でぇす。おめでとうございまぁす!」


 チャラ男が言い終わるや否や、歩矢のビンタが炸裂した。


 「ふざけるでないっ。儂らは危険じゃと思って真剣にやっておるのじゃっ。それを企画でやってたなどとふざけるでないっ。」


 歩矢は顔に赤い手形を張り付けたチャラ男から依頼料だけはきっちりと回収し、和州を連れて帰って行った。






 そして、その日の夜。


 和州はベッドの中で依頼のことを思い出しては無性にイライラとしていた。


 歩矢が先にキレたため冷静でいられたが、和州も歩矢と同じ気持ちだったのだ。


 悶々と考えていると1つ危惧するべきことがあることに気付く。


 チャラ男はあれは企画でカメラを回していた。つまりこのままだと明日には動画が公開されてしまうではないか、と。


 あのふざけたチャラ男のこと顔にモザイクをかけたりするような認識があるかも分からない。これで顔が露出しようものなら面倒なことが起こりかねない。


 「歩矢さんに相談でもして……いや、ダメだ。酒飲んでたからそれだと明日になる。そうなると手遅れになってしまう可能性も……だったら盗むしか……。」


 そうして、急遽夜にこっそりと家を出てチャラ男の家へと再度向かって行った。ついでに腹いせにちょっとした嫌がらせをするため学校で渡された未開封のチョコを複数持って。


 家に着くなり両親に仕込まれたスニーキングスキルを駆使し、カメラに映らないようにチャラ男と話していたリビングへと潜入した。


 設置されてそのままになっていたカメラからメモリを取り出し、去り際にテーブルの上に持ってきていたチョコを綺麗に並べ帰って行った。






 後日、チャラ男のアカウントにヤバいファンがいるという動画が上げられていた。


 その内容は朝起きてきたら何のメッセージもなく置かれていたチョコを開封していくというライブ動画だった。


 チャラ男はあまりにもの恐怖で涙目で開封していくとその内容に大反響を呼んだのだとか。その中の内の1つには特殊な趣味の持ち主がいたようでちょっとした異物混入があったのだ。


 その結果チャラ男の再生数とフォロワー数がうなぎ上りになったのだが、悪印象があるだけで興味の欠片もない歩矢と和州がそれを知ったのはもっと後になってからのことだった。

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短編SS 沢田真 @swtmkt

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