2021正月用SS 着物と安らぎ

 ある日の昼頃、和樹はヘイムに話を聞いた時と同じ部屋でくつろいでいた。特に何をするでもなくただぼんやりとしていた昼下がりだった。長閑で平和な安らぎ得られるようなそんなひと時を過ごしているとその声は何の前触れもなく響いてきた。


 「和樹さん、かっずきさ~~~~~ん、これ見て下さいよ~。」


 そんな騒々しいと言わざるを得ない声がヘイムの家の上階より聞こえてきた。声の主は勿論のことフレミーだ。


 「なんだよ、急に叫んだりして…。」


 安らぎを邪魔された和樹はやや不機嫌そうにそう言う。だがそんな調子には全く気付く様子のないフレミーはその手に持つ物を掲げ答える。


 「これなんですかね~?見たとこ服に似てますけど…。なんか綺麗じゃないですか?」


 そう言って手に持った赤を基調とした着物を和樹に見せてくる。


 「この世界に着物なんてあったのか…。」

 「和樹さんこれを知ってましたか。物知りなんですね~。これ、着物っていうんですか。」

 「別に物知りって訳じゃないよ。ただ、故郷で特別な日に着る風習があったから知ってただけだよ。」


 この世界に着物があったことに驚きながらもそう説明する和樹。


 「それだったらこれの着方教えて下さい!着てみたいです。」

 「いや、俺は着たことないから出来ないな。しかもそれ女性用だし。」


 和樹が知ってると聞くや否やせがんでくるフレミーだが着方が分からないとなると急にしょぼくれてしまう。だが


 「けど、ヘイムさんが持ってたものなのでヘイムさんなら知ってるはずですよね!帰ってきたら教えて貰いましょう!」

 「無断で持ってきたのかよ…。ヘイムが出かけているからとはいえそんな勝手に…」


 と言ってる内に玄関からもの音がしてこの家の、そしてフレミーが手にしている着物の持ち主が帰ってきてしまった。その音を聞きつけたフレミーは直ぐに着方を教えろとせがみに行ってしまった。


 「あいつは子供かよ…」


 勝手に持ち出しはしゃいでいる彼女に頭を抱えそうこぼし、ため息ついていると2人が戻ってくる。だが、戻ってきたフレミーの顔は非常に晴れやかで


 「やったです~。着せてもらえるそうですよ~。」


 そう顔が物語っている通りに言っていた。そこにヘイムは諦めたような顔で


 「せっかくなので和樹様もどうですか?男性用もあるのでございまし。」


 こうなった時のフレミーは止められないと悟ったのだろうか、そう言いながら部屋に入ってきた。


 「良いのか?」

 「せっかくなので。」


 フレミーだけでなく和樹にも貸してくれるという言葉に甘えて和樹も一緒に着ることとなった。




 和樹もヘイムに紺の着物に白い帯を合わせて着せて貰い元の部屋に戻るとフレミーは顔をほころばせ待っていた。彼女は先ほどまで手に持っていた着物に黒の帯を締めていて、髪もしっかりと編み込まれていた。その笑顔に華やかな着物が似合っていて見蕩れてしまう和樹。そこに


 「和樹さんも着替えましたね~。似合ってますよ!それで私はどうです?」

 「………」

 「どうです?」


 どうしても感想が欲しいようで照れつつも


 「………に、似合ってるよ。」


 と一言褒められるだけで顔が綻んでいくフレミー。


 なんて単純な…。こっちが恥ずかしさできょどってるのが馬鹿みたいだなと思う和樹だがどうしても素直にはなれずそれだけしか言えない。


 ため息をつくと


 「なんでため息なんてつくんです?せっかくの幸せが逃げちゃいますよ~。」

 「ん、いや…ちょっとな。」


 と言ったところで着物に着替えたヘイムが下りてくる。ヘイムが身に纏うものは薄めの青に鮮やかなデザインが施されたもので、そこに純白の帯を巻いているのが髪とマッチしていてなんとも美しい。


 「お~、ヘイムさんも良いですね~。ね、和樹さん?」

 「あ、ああそうだな。……けどこうして着物を揃って着てるのを見ると正月を思い出すな。まぁ、俺は着ないで人のを見てるだけだったんだが。」


 ふと日本の正月を思い出す和樹は初詣で着物を着た人で賑わっている光景を思い浮かべた。


 「正月、ですか?」

 「それは何でございまし?」


 勿論2人は正月なんか知らないためそんな風に聞いてくる。それに対し和樹は正月が何たるかを説明する。それを聞くなり


 「じゃあ、それやりましょうよ!」

 「やるって何をだよ?だから新年を祝う行事だって説明したろ?別にそういう訳じゃないんだし…」

 「そんな固いこと言わずに~。折角着物を着たんだし出かけましょうよ、ね?」

 「それは言いですね。賛成でございまし。」


 そう2人が言い仕方なく3人で出かけることとなった。ヘイムなんかは今帰ってきたばっかりのはずなのにやけに乗り気だ。


 ここで断るのも違う気がして和樹も一緒に出掛けることとなった。



 和樹は着物を着て外を並んで歩くだけで正月を楽しんでいるような気分になり、日本に帰ってきたような感覚になり安らぎを感じた。


 もしかすると2人はこれを見越して…?だから帰ってきたばかりのヘイムも乗り気だったのか?だとすると着付けを全員分したことにも理由が付くよな…?そう和樹は思い感謝の想いを込め


 「ありがとな。」


 それだけ言った。もし和樹の考えが的外れでもこの外出で癒された部分があるのは事実だ。だから雰囲気に身を預けそれだけ言ったのだ。


 2人は和樹のお礼に驚いたのか立ち止まる。そして


 「ちゃんと感謝して下さいよ?」

 「それは着物を貸した私の台詞でございまし。」


 気を追いすぎないように気を使ったのだろう。ちょっとふざけるようにそう言い再び3人で並び楽し気に歩いていくのだった。

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