Mise-en-scène


Mise-en-scène(ミザンセーヌ)とはフランス語で、演出という訳語である。映画、舞台などカメラの向こう側に映る登場人物を含めた全ての物、舞台演出である。つまり、スポットライトの当たっている場所だ。作品を作るために裏方仕事をしている人たちは、しばしばMise-en-scèneの範囲に入らない。


しかし、人生が一つの映画だとするのなら。全ての人がMise-en-scèneに関係する。


人生の主人公は自分だ。嬉しくても悲しくても、それ以外は認められない。自分が主人公の物語なんて、面白味も何も無い。集客など見込めず、どうしようもない駄作と成り果てるだろう。




そんな単語を、ある時読んだ物語の中で見つけた。


自分の出番を待つ間、人との交流は取らないようにしている。そうじゃないと、集中が切れて今から演じる役に没頭出来ないから。パイプ椅子は軋み、足を組み替える度音を鳴らす。ページを一枚めくるだけで世界は広がっていく。物語は魔法のようだといつだって思う。


魔法にかけられたかったから選んだ職種だった。テレビの向こうで輝く演者に目を奪われたからという理由もある。けれどそれ以上に、私は私以外の誰かになりたかった。自分の人生が決して美しいものではないと、気付いてしまったその日から他の誰かになりたかった。演じるという職種は自分にとって持って来いだった。演じているその瞬間だけは、自分以外の何かになれる。



その一瞬が、たまらなく好きだった。







忙しない日々の中で忘れては思い出す日々がある。下手くそな演技、ブレブレのカメラ、纏う衣装も選ぶ背景も、何一つ素晴らしいものはない。けれどそれが一番だと信じて疑わなかった日々の話だ。


笑える話だけれど、私はずっと貴方に憧れていたのだ。


出席番号一番、自分とそう変わらない背丈の貴方は真っ直ぐな瞳で未来を見ていた。端正な横顔からは想像出来ないくらいの人物で、素直で時折皮肉も言うけれど、クラスメイトからの人気は高く憶えている限りで貴方の事を好きだった人は数人いた。友人たちと楽しそうに盛り上がる姿を見て、淡い恋心と共に小さな妬みも芽生えた。


自分には出来ないものばかりが出来て、キラキラ輝いていて、貴方だけが目に映り続けた。



私にとっては貴方が星だった。





ボタンの掛け違いですれ違った結末は私たちを他人にさせた。忙しい日々の中で今でもあの頃を思い出すあたり、私はどうしようもなく貴方に恋い焦がれているのだろう。



もうきっと、貴方が私の演技を見る事は無いでしょう。どれだけ上手くなっても変わらずに、ずっとずっと一方通行のままでしょう。あの日聞いた言葉だけが、脳内で何度も再生される。




それでも構わない。


これはラブレターだ。


貴方が大好きな私が勝手に貴方を想い残す、ラブレターだ。


この世界に残る私の出演した作品すべてが、貴方に向けたラブレターだ。








だから、いつか8.6光年先にまで届けてねなんて、馬鹿みたいな事を願いながら目を閉じた。



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