Part 5(end)
「バグウウウウン!」
マカラの叫びが上がる。
突き刺さった剣は瞬時に法力を解き、怪魚の体は激しく揺らいだ。
持国は振り落とされそうになったが、寸前のところで左手で柄をつかみ、何とか耐えた。だが、左手は炎の中だ。
彼はそれにかまわず、すぐさまマカラの体をよじ登り、密着した。
持国は、右の拳を剣の隣りに思いっ切り振り落とした。
「うお」
持国は更なる熱さにうめいた。右腕のひじまで、マカラの体内に入っていた。青い炎は既にマカラの鱗も体表も、やわらかくしていたのだった。籠手に守られているとはいえ、ひどい熱さ。
彼は体内を、勢いよく掻き回した。見つからない。
だからといって、止めるわけにはいかなかった。もう他に方法などないのだ。
持国は炎に青い顔が入るのも厭わず、ついに右腕をすっぽり体内に入れた。
「うっうう……」
彼は気が遠くなり掛けたが、もう一度、体内をめちゃくちゃに掻き回した。力の限り。熱をこらえながら。マカラの体が激しく揺れ動く中、剣の柄をしっかり握って。
ふと。中指につるりとした感触が伝わった。さらに探ると、尖った部分が確認できた。有った。持国の考えた通り、それはそこに有ったのだった。
持国は宝珠を、しっかりとつかんだ。
その刹那――彼の視界は真っ白になり、意識が途絶えた……。
……持国は、すぐに意識を取り戻した。
彼は沼に佇んでいた。右手に宝珠を握り締め、左手に剣を持っている。
《魔》の群れの姿はない。沼には静けさが漂い、持国の目の前では、もとの姿に戻ったマカラが、ゆっくりと回りながら泳いでいる。
夢を見ていたような。
だが、そうではない証拠に、マカラの背は焼け爛れている。持国も左手と右腕、それに顔が、発熱して傷んでいた。
――これが、宝珠の力なのか。
ガンダルヴァが、すっと静かに沼に降り立った。鳥人は宝珠を認めると、あごに手をあて、何か考える素振りをした。
「なあ、ガンダルヴァ」
少しためらいながら、持国は話し掛けた。
「なんですか、持国様」
「マカラを大河まで運んでくれないか」
「私が? お断り申し上げます。無理でしょう。こんな重そうな物は。沼を離れた所で墜落します」
「そうか。……どうしたものか」
突如、宝珠が発光した。光は線となってマカラを照射する。
マカラは小さくなって、宝珠に吸い込まれてしまった。
「驚いたな。しかし、これで良かった。ひとり大河へ赴いて、ガンガーにマカラと宝珠を返すことができる」
「……これは私の予見ですが」
「ん?」
「マカラは、ガンガー様の御前で宝珠から離れ、大河の流れに戻ると思います。そして宝珠は持国様のものになるはず」
「そうなのか」
「なぜなら貴方様は、もうその宝珠を入れる袋をお持ちだ」
はっとして、持国は火傷で痛む手を動かして、鎧のかくしから小袋を取り出した。まるで彼自身を表したかのような、その装飾……。
持国は宝珠を小袋に入れてみた。紐を締めると、ぴったりの大きさだった。
「我に扱えるだろうか。これを」
「だめなら、私は主を失ってしまう。そして私は主を失いたくない」
……だいじょうぶだと言ってくれているようだな、持国は思った。
かくしに収まらなくなった小袋を、彼は兜を脱いで、丁重に空洞の中にしまった。
「さて。賢上城に帰るとするか」
「では、お先に失礼いたします」
ガンダルヴァは金色の翼を広げた。
「我と小鬼を乗せて行く気はないのだな」
「ですから、私はマカラのような乗り物ではない。楽士なのですよ。運ぶことなどしたくもない」
「そういうことか」
「それに城にある花園の良き香りを早く食べたいのです。あと……城の女たちにも早く会いたい」
そう言うと、さっと鳥人は飛び立ち、賢上城へと向かってしまった。
持国は、しだいに遠ざかるガンダルヴァを見送りながら歩きはじめた。
彼は沼の水を左手ですくって、右腕や顔を冷やしながら、もとにいた岸を目指した。
岸まで歩いてゆくと、ピシャーチャが腰を下ろしていた。体のあちこちにできた傷口を、舐めたりさすったりしては、痛そうな顔をしている。とりわけ両足の傷はひどく、とても歩けそうになかった。
持国は見ていられなくなって、こうべを垂れた。そのまま近づいて、小鬼の側まで行く。
「勝ったか?」
「さあね。あと少しのところだったんだけど。あいつら突然いなくなった」
「そうか。それは残念だった。……なあ、ピシャーチャ、おぶってやろうか」
その言葉に小鬼は、とても驚いた感じで首を横に振ったが、足を引きずりながらも、ちゃっかり持国の背後に回った。
「歩けるようになるまでだぞ」
「ピシ、明日には治ると思うよ」
「そいつは頼もしい」
持国はピシャーチャを、おぶった。ことのほか重かったが、賢上城までの長い道のりを、彼はゆっくりと歩きはじめた。
(了)
混濁沼戦闘記 青山獣炭 @iturakutei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます