第2話 君としあわせの味を知る―①
「さて!おせちを作っていこうか!」
「はい!」
翌日。僕とよるは、おせち料理を作るべく、朝早くからキッチンの前に立っていた。
作る、といっても、流石に一から全ての料理を作るのは、時間的にも厳しいだろう。そう思って、一部のものについては、昨日のうちに出来合いのものを購入して、時短を図るつもりでいる。
彼女のもとに持っていくのは、基本的に自分たちで作ったものにするとして。さて、まずは何から作るべきか。
「……とりあえず、時間かかりそうな煮しめとかから作っていこうか」
「はい!」
しかし、よるをキッチンに立たせたはいいが、一体なにを手伝わせたらいいのだろう。こんな小さな子に、包丁なんて握らせて大丈夫なんだろうか。怪我とかさせそうで怖い。
「……よるちゃん、包丁とか握ったことある?」
「包丁ですか?ありますよ。お母さん、時々料理とか教えてくれてたんです」
意外な返事だ。あの子、料理の仕方なんて教えてたんだな。
でも、それなら有難い。よるに任せることができる作業が増えるってことだ。
本人だって、手伝うことは多い方が達成感があるだろう。
「ふうん、そうなんだ。それなら野菜切るのとかお願いしても大丈夫かな。僕はこっちで出汁とってるからさ」
「はい!任せてください!」
元気のいい返事をして、よるは早速大根を手に取る。
本人が大丈夫と言っても、やはり見ていない訳にはいかないだろう。出汁をとる準備をしつつちらちらと少女の様子を見る。
その手つきを見て、驚いた。なんというか、すごく、包丁捌きが上手い。左手はきちんと猫の手になっていて危なげではないし、トン、トン、とリズミカルに包丁が切り分ける食材は、どれも均等に切り分けられている。
まるで、普段から料理をしている人の手つきだと、そう思った。
「よるちゃん、包丁使うの上手いね?」
「そうですか?ありがとうございます」
「……普段から、やってたりするの?」
「そう、ですね。お母さん、仕事で忙しかったから代わりに作ることはよくあったし、お母さんが体調崩してからは、殆ど私の仕事みたいになってたと思います」
さらりと言いつつも、目線は手元から離さない。しょり、しょり、と心地好い音を立てて剥かれていく大根の皮だって、厚さは均一だし、何より無駄に太く向かれていることもない。
めちゃくちゃ器用じゃん、この子。
僕はその手つきに感心しつつ、しかし先程少女が口にした言葉が引っかかって、その疑問を口にした。
「君のお母さん、そんな昔から体調崩してたの?」
その問いに、少女はほんの少し目を伏せた。
「……そう、ですね。もう、半年くらいになります。お医者さんが言うには、過労で身体を壊したとのことなんですけど、一度壊した身体は、なかなか元には戻らないらしくって……」
「そっか」
なんだそれ。初めて聞いたそれらに、僕は憤りを感じた。
君、そんな前から、体調崩してたっていうの。なにそれ。そんなことになっているなら、もっと早く、言ってくれたらよかったのに。
僕しか頼れる人がいないって言うなら、尚更。
悔しい。無性に悔しくって、お腹の底がムカムカして、思わず僕は、ぎゅう、と拳を握りしめた。
「あ、ありすさん……?」
僕のその仕草に怯えたのか、いつの間にか、包丁をまな板の上に置いた少女が、僕の手をそっと握りしめていた。
いけない。彼女をこんなふうに怖がらせるつもりはなかったのに。
僕は、ふう、と深呼吸すると、努めてやさしい笑顔を浮かべて、少女に言った。
「ごめんごめん。怯えさせちゃったかな」
「いえ、大丈夫です。だけど、なんだか、ありすさん―」
寂しそうに、見えたので。
その言葉に、僕は首を傾げる。寂しそう?それは一体、どういうことなんだろう。
このムカムカも、悔しい気持ちも、決して「寂しい」なんてものから来ているものではないだろう。なのに、寂しそう、とは。子供の感性はよく分からないな、純粋にそう思った。
「うーん?別に寂しくはないんだけどな?まあいいや。こんなに駄弁ってたら今日中に作業終わらなくなっちゃうし、続きやろっか」
「……はい」
僕の言葉に返事をして、よるは再び作業に戻る。
その声音も、表情も、どこか不服そうで。僕の言葉を信じていないんだろうことを、如実に伝えてきた。
「はあ〜!なんとか完成してよかったね」
「はい!良かったです!!どれも美味しそう……」
昼過ぎ。太陽もやや傾いてきた時間になってようやく、僕たちのおせち作りは終わりを迎えた。
昨日食材と一緒に購入した重箱には、まるで宝石のような料理の数々が詰まっている。
黒豆に伊達巻、田作り、綺麗に並べられたかまぼこ。数の子や海老、鰤などの海の幸。それに、出汁の味が染みた煮しめ。
結果的に自分たちで作ったのはほんの数品程度だが、それでも、なかなかの出来栄えではないだろうか。
「ね!美味しそう。よるちゃんの包丁捌きが上手かったからだよ」
「い、いえ!そんなことは……!ありすさんの取ったお出汁が美味しいからですよ!だってすごくいい匂いするんだもん……!!」
そう言って、煮しめにそっと手を伸ばす。味見がしたいんだろう。僕はそれをそっと見守った。
厚揚げを摘んだよるは、小さな口をかぱりと開けて、綺麗に切られた厚揚げをそこに放り込む。もぐ、もぐ。厚揚げを噛み締める表情が徐々に柔らかくなっていって、
「んんー!やっぱり美味しいです!」
しあわせそうな声で、言う。その子供っぽい仕草が微笑ましくて、僕は思わずくすりと笑みをこぼした。
笑われたのが恥ずかしかったのだろう。よるは顔をほのかに染めると「そ、そんな笑わないでくださいっ」と、笑顔を引っ込めてしまった。自分が笑ったせいとはいえ、少し寂しく思う。
彼女の素直な笑顔は、友人である彼女によく似ていて、見ているだけで幸せになるのだ。
「ごめんごめん。でも、そんなに美味しいなら、きっとお母さんも喜んでくれるね」
そう言うと、恥ずかしさからぶすくれていた少女は、一気に表情を明るくすると「はい!」と、これまた明るい声音で返事をした。
にこにこと笑う少女が、再び、記憶の中の彼女と重なる。なんだか昔に戻ったような心地がして、僕は無意識のうちに、浮かべていた笑みを深くした。
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