5ister×Si3ter

桂花陳酒

5ister×Si3ter

 最初に紅い星が見えた日から、何もかもがおかしくなった。何かに駆り立てられるように、人が人を殺して……。食っていた。


 この世と地獄がひっくり返ったような気さえした。その時の光景が私の脳裏に焼き付いて離れない。そして、その光景は私の中で私の中の狂気を、本能を、欲望を煽る。


 私は、私の目の前に突如姿を現した地獄から妹を連れて逃げた。混沌とした街を離れて、平原を越えて、川を渡った。どこへ行っても、曇り空にたった一つ、紅い星が輝いていた。


 私達は森の中へ逃げ込んだ。ほんの少しの光しか届かない、木々の落とした影の作り出した闇を、私達は恐れることなく進んだ。


 しばらくして廃屋を見つけた。妹が疲れたと言うので、そこで休ませてやることにした。だいぶ埃ぽくて、こんな所に妹を休ませるのは気が引けた。


 私が『ごめんね』と言うと、『お姉ちゃんは悪くないよ』と言うので、ますます申し訳なくなった。


 地獄を見てきた私にとって、妹の寝顔だけが私の心を癒す花のような存在だった。


 だけども、ずっと見ていると、心の奥底から抑え難い何かがせり上がってくる感じがした。


 私は慌てて、廃屋を飛び出した。私の中の何かを妹から遠ざける為に。走った。街を出た時から動かし続けた足で走った。


 風でざわめく木々の中をふと、一匹の狼が横切った。


 その瞬間に、私の意識はどこかへ行った。私が、私から見えなくなった。


 次に目が覚めた時には、私の手は血で染まっていた。側には狼の死体がいくつも血の池に浮いていた。


 剣を振ることも、魔術を扱うこともできない私が、これだけの生き物を殺めたことは、たとえ目の前に証拠があっても信じることはできなかった。


 昏睡していた私の意識は、私を動かす感覚を次第に取り戻し始める。


 口の中で変な味がした。錆びた鉄の臭いのような味で、柔らかい。血だ。肉だ。


 知覚した瞬間、私は口の中のそれを吐き出そうとした。けれど、私の意思に反して、私の口は咀嚼する。血肉を味わう。そして、呑みこむ。


 吐き気がした。血の気が引いた。手の感覚が抜けていく。


 取り戻した意識を再び手放すまいと、身体の内側から焼かれるような痛みに私は耐えた。


 そして、どうにか廃屋の前まで戻ってきた。妹が心配だった。私と同じ苦しみを味わっていないか。それよりもっと辛い思いをしていないか……。


 建て付けの悪い戸を開ける。僅かな光が、廃屋の中に差し込む。


 その時だった。凄い勢いで人影がこちらへ飛んできた。そのまま、私は押し倒された。


 妹だった。妹が、私の上に乗っかっている。


「何をするの」


「……」


 私の声には応じない。


 そのまま静かに、妹は私の足を喰い始めた。自分でも驚くほどに、私は冷静だった。噛みつかれても、肉を剥がれても、何も思うことはできなかった。


 血は出ない。痛みもほとんど感じない。


 ただ『私はおかしくなってしまったんだ』とだけ呟いて、妹になされるがままだった。


✳︎✳︎✳︎


「お姉ちゃんお待たせ。大丈夫だった?」


 妹が食糧の調達から帰ってきた。足を失って、まともに歩くこともできない私の代わりに、妹は毎日、食糧を持ってきてくれる。


「今日はね。兎を捕まえたんだよ。食べさせてあげるね。でも、私の舌は食べちゃダメだよ」


 妹は生肉を口に含んで、私に近づいてくる。


 私も目を瞑って、口を開けて、それに応じる。


 ぐちゃぐちゃとしたものが、私の口に溢れかえる。


「どう?おいひい?」


 理性で食べる分には、なんとも気持ちが悪い。   


 けれども、食事をすれば、私の中の何かは大人しくなる。私が私でいる為には、食事を取り続けるしかなかった。


「おいしいよ」


 血肉を全て呑み込んで、私は答えた。


「もしもね、もしも何も食べるものがなくなったら、お姉ちゃんはわたしを食べて良いよ。わたしがなんとしても、お姉ちゃんを生かしてあげるから」


 ああ、本当は、私がその言葉を言わなくてはいけないのに、私がこの子を守らなくてはいけないのに……。

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5ister×Si3ter 桂花陳酒 @keifwa

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