煌めく都市と偽者の姫君 6
再びロイドの時間が動き出したのは、微かに漏れ出たニコラの声を認識した時であった。きっと、あまりの激情に耐えられず、意識が飛んでいたのだろう。
自分の顔の直ぐ側に、ニコラの顔がある。どうやら自分はニコラの隣に倒れているようだ。それが、件の少女から蹴り倒されたからだと理解するのに、ロイドの頭は何秒もの時間を要した。
ニコラの頬を涙が伝う。どんな奇跡か、先程宙に舞っていた布切れは、彼女の裸を綺麗に覆い隠していた。しかし、ロイドにはそれに意識を向ける余裕もない。
ニコラが苦しそうに、身体を捩る。もう遅いと分かっていても、ロイドは動くなと言いたかった。背後から聞こえる、陶酔と高揚に満ちた少女の声が煩い。
「アァ……! 美シい! ほラ、最期ノお別れの言葉ハぁ?」
本気で少女はこの状況を楽しんでいるようで、現時点で何かをするつもりはないらしい。情報を聞き出すために、少しばかりニコラより長生きする権利があるのだとロイドは理解する。
しかし、ロイドは既に決めていた。
ニコラを看取ったあと、自分も最期の反撃を仕掛けて死のうと。
最早ぐちゃぐちゃを通り越した感情で出した答えが、それであった。ロイドは、ボロボロの右手でニコラの頬に触れる。
「……リサ……姉ちゃ……を、恨……ない、で…………」
ニコラの震える唇から出たその言葉に、ロイドは頷いた。実際は、殆ど脳を素通りしていたが、どうせ死ぬから関係ないと思っていたのだ。
少しの沈黙――――。その間にも、ニコラの生命の灯火は小さくなっていく。ロイドは必死に言葉を探したが、何も見つからなかった。
あまりにも無能な自分に腹が立って仕方がない。
こんな状況だというのに、今だけは世界に二人きりのような感覚さえ覚える。小さな水音と共に、ニコラの口から唾液混じりの血液が零れ出た。
「ニコラ! ニコラ……ッ!」
終わりを意識した時、自分の口をついたのは彼女の名前だった。
ニコラは冷たい手で、ロイドの手を握る。
弱々しく震える彼女の指先が自分に伝えたのは、確かな気持ち。
そして、最期の力を振り絞るように、真っ直ぐな視線をこちらに向けた。
「ロイ、ド…………。大、好き――――」
彼女は確かに、そう告げて。
優しく微笑んだ。
…………それからのことは、あまり覚えていない。
覚えていないが、どうやら自分は助かったらしい。
ロイドは、虚ろな目で周囲を見渡した。
ニコラを殺した少女だったものが、臓物を撒き散らし腐臭を放っている。今、目の前にいる人物が屠ったのだ。
すぐ近くに、片側が潰れた少女の顔面が転がっていた。残っている右目がこちらを見ているような気がしたが、何も感じない。
世界の何もかもが遠い。
とにかく億劫で仕方がない。
ああ、きっと。
僕の頭は壊れてしまったんだろう。
助けてくれた女性、アシュリー・ステンベルクがロイドの名を呼んでいた。ロイドでさえその名と顔を知っている教団上層部の女性。
このあたり一帯を統括する彼女とは、以前にも会ったことがある。だが、何故ここに居るのか。
煌都視察の予定でもあったんだろうか……いや、どうでもいい。
もう、疲れた。
このまま、眠るように死ねたらいい。
そう考えるロイドが、意識を手放そうとしたときだった。身体を揺さぶられる感覚により、再び現実に引き戻される。
「ロイドさん! 大丈夫ですか? しっかりしてください!」
正直煩わしいとも思ったが、慈悲深い表情でこちらに心配の声を掛けるアシュリーこそ正しく聖人だろうと確信する。
うっすら桃色がかった長髪に、暗紫色の瞳。整った顔に、グラマーな肢体。教団内部にも、彼女を信奉する人間は多い。……色々な意味で。
信心深さなど持ち合わせていないロイドだったが、最期くらいは彼女に祈ってもいいとすら思えた。
「ロイドさん! …………こっちを見てください」
一段と低い声に誘われるように、ロイドは彼女の両眼を見た。そして、アシュリーの両眼が明滅し――。
その怪しい輝きに吸い込まれるように、ロイドは今度こそ意識を手放した。
「巫女の死は想定外でしたが、素晴らしい素材になるはずです。楽しみですね、ロイドさん?」
アシュリー・ステンベルクの声は、死臭漂う廃屋に似合わず――、明るかった。
リタはきらびやかな装飾に彩られた廊下を歩く。もう日付も変わろうとする時間だが、リタの足は宿の食堂に向いていた。
聖女たちのおかげで、大通りは大混乱であった。中々馬車に乗ることも出来ず、到着がかなり遅くなってしまったのだ。
手続き等はいつも通り妹に任せ、自分は野暮用を済ませたリタ。これでようやく一息つけるというものだ。
今日一日のことを振り返れば、色々な感情が浮かんでは消えていく。しかし、今ここで下を向いていても始まらない。
気になるのは、キリカがニコラに似た人を前に見た気がすると言っていたことだ。だが、もう彼女たちは運命を選んだ。今更何を言っても仕方がないだろう。
(……とりあえず美味しいものでも食べて、お風呂にでも入ろ)
そうして食堂へと到着したリタを出迎えたのは、巨大なホールと賑やかな声であった。
見上げれば、煌々とホールを照らすシャンデリア。周囲には、明らかにこの高級宿には似つかわしくない同年代の子女達の姿があった。
色とりどりの食事を、同じくカラフルな髪や肌、制服が囲んでいる。遅い時間だが、次々と新しい料理が運ばれていくさまを見るに、今日は特別営業なのかもしれない。
リタは自分の足が止まっていることを認識し、慌てて先に行っているはずの友人たちを探した。
諸外国からも集まってくるとは聞いていたが、かなり高いはずのこの宿に大集合とは……。皆考えることは同じなのだなとリタは苦笑を漏らす。
食堂の賑やかさを鑑みるに、聖女の混乱に巻き込まれたのも同じなのかもしれない。
所々に見える大人の中には、色々な組織のスカウトなんかも居るのだろうか。そういえば、出発前に先生がそんな話をしてたような……。
周囲からの視線を感じつつ、どうにか友人たちと合流したリタだが、すぐに知らない男子生徒に呼ばれ席を立つことになった。
食事をお預けにされて、あからさまに不機嫌になるリタを慰めるようにエリスが肩に手を置く。分かっている、とリタは頷く。
今の自分はアリサ・ユーヴェリアなのだから。キリカも無言でリタの横に並ぶ。どうやら声を掛けてきたのは、エルファスティアの学園に通う生徒らしい。
一応こちらの身分は心得ているのか、丁寧な口調ではある。ついでに、目が泳いでいるところを見るに、美少女耐性は高くないらしい。多少耐性があったとしても、この三人を前にすれば無意味であろうが。
しかし、隠せていないのが見下した視線だ。どうも、話す限りこの国の人間からは王国は田舎だと思われているらしい。
そんな男子生徒の話を意訳すると、まず最初に今回の主催国であるエルファスティアの〝姫君候補〟である少女に、挨拶をしろとのことだ。
男子生徒がどこまでその話を信じているのかは知らないが、リタは思わず口の端を吊り上げた。
所謂、お約束イベントというやつだろう。リタの足取りも少しばかり軽くなる。エリスから聞いた話によれば、エルファスティアで自分が姫君の生まれ変わりだと名乗っているのは二人居るらしい。
そして勿論、他の国にも居る。自分たちという本物だっている。そうして集まった候補たちは、明後日にも戦術大会とやらで激突するのだ。楽しくないはずがなかった。
(こんなこと言ったら怒られるんだろうけど、どうせなら強い敵が居ればいいな)
自分でも相反することは分かっているが、こればかりはどうにもならない。大切なものを守るために、自分が圧倒的に強く在りたいという気持ちが一番ではある。
――しかし、いつも求めてしまうのだ。退屈を吹き飛ばす、生の実感を。知識と力を振り絞り、強敵を打ち倒す喜びを。
男子生徒から案内された先で、件の少女は、つまらなそうにティーカップを傾けていた。短い水色の髪に、藍色の瞳。どこか物静かな雰囲気をもつ少女であった。
「エルファスティア共和連合、三星が一、テルムアンデ家の次期当主候補――。ルネット=コット・テルムアンデ様だ」
案内した男子生徒が、自慢げにそう告げた。どことなく、ルネットという名前の少女は迷惑そうな表情にも思える。
それにしても、〝三星〟ね――。確かに小綺麗な見た目はしている。だが、エルファスティアではかなり上位と思われる家系の人間の雰囲気には思えなかった。
ルネットという少女は立ち上がると、制服のスカートをつまみ、小さくカーテシーを披露した。あまり力が入っていないそれの様子に、格式張った挨拶は必要ないのだな、とリタは理解する。
こちらとしても、正直それは助かる。だが、気になるのは周囲に護衛の姿も見えないことだ。本当に彼女が
周りにいるルネットと同じ制服の生徒たちから注目されていることは確かだ。それに加え、ここに案内した少年がルネットの後ろで目を光らせてはいる。
しかし、自分たちを前に彼らは何の意味も成さないだろう。もし、これで警戒しているというのなら、舐められたものである。
「…………ごめん」
それがルネットの声だと理解するのに、リタは一呼吸を要した。ルネットは平坦な口調で、「迷惑だったはず」と続けた。
(ふむ、これが噂の無口キャラというやつか)
リタは心の中でうんうんと頷く。この独特の間と、小さな声。間違いないだろう。しかし、いざ相対してみるとどう接していいか分からない。
とりあえず、席について一緒に食事でもすればいいのだろうか。そう思って行動に移そうとしたリタだが、すかさずエリスに腕を掴まれる。どうやら駄目らしい。
ルネットが無言で視線を向けると、案内役の男子生徒は一礼して去っていく。いやいや、自分が言うのもアレだが、この子は本当に自分の立場とか分かっているのだろうか、とリタは思う。
そんな間にも、キリカが代表してきちんとした挨拶と、エリスとアリサの紹介を済ませた。非常に丁寧だが、決してへりくだらず、絶妙な加減である。
流石は本物の公爵令嬢、完璧だとリタは思う。しかし、当のルネットはこちらの自己紹介を聞いても、相変わらず表情も変えない。そして少しの間を空けて「…………私の方がお姉さん」と言った。
年齢のことを言っているようだが……。なんというか変わった子だな、とリタは正直に思った。
こっちが進めないと話にならないと感じたリタは口を開こうとした。だが、ルネットの「知ってたけど」と続いた言葉に、すぐに出鼻を挫かれる。
(気が抜けるというかなんというか、疲れる……)
そうして、微妙に噛み合わない疲れる会話を経て、リタはようやく本題に入れるタイミングを見つけた。
「――そろそろ本題に入りますがよろしくて? ルネットさんが、今噂の姫君候補の一人という認識でよろしいですわね?」
「……ん」
リタの質問に、ルネットは微かに頷く。どうやら、肯定しているらしい。
それにしても、この『姫君候補』とかいう呼び方はどうにかならないのか。そんなことを思いながらも、周りに合わせるしかない。リタは更に質問を投げかける。
「その根拠は?」
ルネットは小さく肩をすくめると、席についた。立ち話もあれだ。向こうもこういう態度だし構わないだろう。
リタも席につくと、視線でルネットを促す。ルネットは小さな溜息を吐いて、口を開く。
「…………周りが言っているだけ」
ルネットの答えに、リタは頷いた。ルネットは、よっぽどの才能の持ち主なのかもしれない。周囲に護衛がいないことからも、それは恐らく正しいと思われる。
それに加え、政治的な事情もあるのだろうが、そこはきっと彼女は答えないだろう。リタとしては、ルネットがノルエルタージュに関係する者ではなさそうだという結論が得られただけで十分だった。
そんなルネットに、リタは自分こそが姫君の生まれ変わりなのだと伝えるも、無表情で「それは聞いてる」とだけ返された。肩透かしというか、気が抜けてしまう。
思わず大きな溜息を吐いたリタに、ルネットが微かに頬を緩めたような気がした。勘に過ぎないが、彼女も悪い人間ではないのだろう。
エリスに適当に食べ物を持ってきてほしいと伝えたリタは、もう少し情報収集がてらルネットと話すことにした。
エリスを行かせたのは、外から見れば一番この中で身分が低いからである。別に大した話をするわけではないし、大丈夫だろう。
先にも聞いたが、ルネットの家はかなりの家柄らしい。国の構造が異なるため何とも言えないが、シャルロスヴェイン家くらいだと考えていた方がいいだろう。
しかし、当のルネットはこの様子だ。国柄なのか、彼女が特別なのか、リタは現時点で判断できずにいた。
少し物思いに耽っている間に、気付けばキリカとルネットの会話は、例のおとぎ話の話題になっていた。こそばゆいというかなんというか、未だにこの話題に入るのは慣れない。
「……正直、迷惑」
ルネットの言葉は、自分が姫君候補だと周りから言われることに対してであった。リタはそれを、周囲から期待されることへの拒否感だと認識する。
しかし、どうもそれは違っていたらしい。聞けば、ノルエルタージュが、魔法詠唱者に助けを求めた――ということになっている――のが、気に食わないようだった。
「本当なら、ただの無能。さっさと自死すれば良かった。……それに、魔法詠唱者とかいう奴も無能。そんな力があるなら、最初から振るうべき」
最初の一言で、リタは席を立ちかけた。しかし、自分より怒ってそうな人が隣にいたことで、踏み止まることができた。
キリカはきっと、自身のことではなく、リタのことを悪く言われたことに怒っているのだろう。それは嬉しい。嬉しいのだが……。
何となく、周囲の気温が少し下がったような気がした。変わらず微笑みを浮かべているキリカがとても怖い。エリス早く戻ってきて。
リタはとりあえず、自分は大丈夫だからとアピールするためにも、場を冗談で和ませることにした。
「きっと、詠唱にとても時間がかかったんですわよ」
しかし、結果として場を和ませるどころか、リタ自らエリスに説教される結末を招き入れることになったのであった。
「……詠唱…………ダサい」
「表出ろや、このクソ
邪神ちゃんと極大魔法詠唱者 不屈乃ニラ @nirachang
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