自慢の彼氏

「智貴がね『凄くいい子だから会えば絶対に気に入る』って言っててね、それで実際に来てくれた美園さんが本当にいい子で、しかもこんなに可愛らしいんだから、ほんとに驚いちゃって」

「いえ、そんな。でも、ありがとうございます」


 夕食時、ハイテンションの母さんに照れながらも応じる美園が可愛い。のだが、一瞬向けられた僕への視線が、「後でお話を聞かせてください」と伝えてきた。もちろん視線で「はい」返しておいた。


「まさか智貴がこんなに面食いだとは思ってなくて。だからずっと彼女いなかったの? せっかくカッコよく産んであげたのに」

「別に外見だけを好きになった訳じゃない」

「ふーん」


 この母親、まるで息子に興味が無い。まあ僕とは1ヶ月半前の成人式の時に色々話したからなのだろうが、話を振っておいてそれかと言いたくなる。


「ところでどう? 智貴と付き合ってて何か不満とかない?」


 母さんがちらりと僕の方を見て、「智貴がいると言いにくいなら外させるけど」なんて付け加えている。僕もまだ食事の最中なんですけどね。

 それにもし不満があるのなら、美園はそれを僕に伝えてくれるはずだ。そこを遠慮するような関係で無い事には、絶対の自信がある。


「不満なんてある訳がありません。ずっと好きだった智貴さんとお付き合いできて、それだけでも本当に幸せなのに、智貴さんは凄く素敵で優しくてカッコいいんです」


 穏やかな笑みを浮かべた美園は、照れる事もなくはっきりとそう言った。こちらとしても嬉しくて仕方ないのだが、直接言われるよりも、それも両親の前でなので、よっぽど気恥ずかしい。

 そして両親、あり得ない事を聞いたような顔をするな。


「……それ、本当に智貴?」

「はい。牧村智貴さん、私の自慢の彼氏さんです」


 ニコリと、美園はほんの少しだけ自慢げに笑い、ちらりと僕に視線を向けて僅かに頬を染めてはにかんだ。

 それはズルい。今まで恥ずかしがってあまり口にしなかった「彼氏」という単語を、ここで使った。今のは両親に答えたように見せた、それでいて紛れもなく僕に向けた言葉。


「本当に、ウチの息子の事を好きでいてくれてるんだね」

「はい!」

「智貴、顔が真っ赤だぞ」

「知ってるよ」


 愛されている自信はある。美園が普段から全身で伝えてくれているのだから。それでもやはり、今のは効いた。頬の弛みを抑える事に全力を尽くさなければならない。


「ところで二人はいつから付き合ってるんだ?」

「8月の終わり頃からだよ」

「それじゃあ、もう半年経ったの?」

「明日で丁度半年になります」

「智貴」


 嬉しそうに応じる美園に優しい視線を向けたかと思えば、母さんは僕をジロリと睨む。


「何だよ?」

「付き合って半年なんて大事な時期に、明日じゃちゃんとお祝い出来ないでしょ」


 お祝いしようと思って小旅行のつもりだったんだけどなあ。


「あの、いいんです。大事な記念日ですけど、だからこそ、そんな日を智貴さんのご実家で迎えさせて頂ける事が、本当に嬉しいんです」

「美園……」


 穏やかに笑いながら母さんにそう言い、隣の僕に対しては少しだけ頬を朱に染めてはにかむ。そんな美園を抱きしめたい気持ちを自制するのに必死だった。


「なんっていい子……諦めてた智貴の彼女がこんな子だなんて」

「智貴があんな事を言う訳だな」


 感極まった様子を見せながら失礼な事を言う母さんのその横で、今度は感慨深げに頷いた父さんが約束を違えた。


「あんな事?」


 ニコニコ笑った美園が疑問をぶつけたのは、しまったという顔をしている父さんではなく僕の方。「説明してくれますよね?」と、可愛らしい視線が拒否を許さない。


「あー、君岡さんは――」


 そんな美園の視線意図に気付いた訳ではないだろうが――気付けるのは僕だけだと自負している――父さんが気まずげに発した言葉を、母さんが遮った。


「君岡さんなんてそんな他人行儀な。娘になってくれる子なんですから」

「あ、おい」

「いいでしょう? もう。貴明さんが口を滑らせたんですから。ね、智貴?」


 開き直った母さんと、その横で額に手を当てる父さん。

 そして隣の美園は「あんな事」の内容に察しがついたのか、顔を真っ赤にして僕に潤んだ瞳を向けている。


「成人式で帰って来た智貴がね、私達に色々言った後、『将来は彼女と結婚するからそのつもりでいてくれ』って」


 その色々で端折られた部分も結構大事な事を言った気がするんだが。覚えていてくれているだろうか。


「浮かれてるだけかとも思ってたんだけど、今日美園さんに会ったら智貴が本気なんだってわかったかな。あ、もちろん智貴が勝手に言ってるだけだから、愛想つかせたなら捨てちゃっていいからね」

「おい」

「いえ。それは絶対にあり得ません」


 まだ熱を帯びた顔を上げ、それでも美園はきっぱりと、母さんを正面に見据えてそう言いきった。


「聞いた智貴? こんっないい子、逃したらあんた一生結婚できないからね! ちゃんとしたとこに就職しなさいよ。それで死んでも離さないように」

「言われるまでもないよ。僕は絶対に美園を離さないし、必ず美園に相応しい人間になってみせる」


 顔こそ両親に向けて口に出した言葉だが、これは美園に向けた決意表明だ。


「私のセリフですよ。もっともっと素敵になって、ずっと智貴さんの隣にいます。他の誰にだって、この場所は渡しません」

「これ以上素敵になられるとちょっと困るんだけど」

「もうっ」


 二割程本気交じりでおどけて見せると、美園はその柔らかな表情を崩してクスリと笑った。思わず伸ばしかけた手を、両親の前だという事を思い出して引っ込めた。


「美園さん」

「はい」


 そんな僕達を見ていた母さんが、急に真面目な声を出したので、美園は佇まいを正し、綺麗に背筋を伸ばしてそれに応じた。

 唐突な形ではあったが、結婚という生涯に関わる話題を出したのだ。今までの流れからして否定的な事では無いだろうが、母さんも人生の先達だ。

 対して僕達はまだ学生。社会にも出ていないのだ。多少浮かれている気持ちを引き締める為の言葉を授けてくれるのだろうか。


「お義母さんって呼んでくれる?」

「おい。何かと思えばそんな事――」

「いいでしょ! 娘が欲しかったの! それが叶うんだから。それもこんなに可愛い娘が」


 駄々を捏ねるな40代。横の父さんも固まってるぞ。

 呆れていないかと美園を窺うと、目を丸くしていた彼女が、口元を抑えて小さく笑った。


「あ、すみません。嬉しくて」

「それじゃあ!」

「はい。今後ともよろしくお願い致します。お義父様、お義母様」


 そう言って微笑み、美園は二人に向けて惚れ惚れするほど綺麗なお辞儀をした。本当に、何度でも惚れ直せる。


 そんな美園の先にいる母さんは口元を抑えて大喜びしているし、父さんも「おお」などと言いながら弛んだ頬を手で抑えている。


「美園さん。今日は一緒に寝ましょうか。客間にお布団二つ敷いて、川の字になって」

「ええと……」

「ダメだ。線が一本足りないし、母さんと一緒じゃゆっくりできないだろ?」

「そんな事言って。自分が美園さんと一緒に寝たいだけでしょ」


 全くの図星なので言い返しようが無い。


「智貴は貴明さんと一緒に寝ればいいでしょ」

「嫌だよ!」

「智貴……」


 悪かったからそんな微妙な顔しないでくれ父さん。


「とにかく。春休みの間は一緒に寝て、朝一緒に起きる約束なんだ。これだけは誰にも譲らないからな!」


 そう言いきって母さんを見据えようとすると、隣の美園が顔から火でも出しそうなくらいに真っ赤になっているのに気付いた。


「約束があるんじゃしょうがないかな」


 ニヤニヤと口元を抑えながら笑う母さんの視線が鬱陶しい。


「智貴さん」


 真っ赤な顔の美園が、可愛らしい笑顔を僕に向けてくれた。


「はい」


 だから僕は、そう言うしかなかった。

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