エピローグ

『マキ、お前も来てるんだよな?』

「ああ。正門でタクシー降りたとこ」

『おせーよマキ』

「ちょっと寄り道してきたからな」


 昼前に設定された集合時間にはまだだいぶ早いが、『ちゃんと来いよ』と念を押されて電話が切れた。


「実松さんですか?」

「うん」


 懐かしむような優しい声の美園の手を取り、正門に設置されたゲートをくぐる。

 第63回と書かれた文化祭のゲートは僕らの代とは違いカラフルでポップな仕上がりになっている。メインストリートの装飾もそういった類の色使いなので、今年のテーマがこうなのだろう。


「1年ぶりですからね。皆さん、智貴さんに会いたいんだと思いますよ」


 あの頃と同じように穏やかに笑う美園が可愛らしい。しかしそれでもやはり、雰囲気は大人びた。特に今年の春に卒業した頃から伸ばし始めた髪は以前より10センチほど長く、元々可愛らしさにあふれる彼女の中にそれを損なわないまま楚々とした魅力を加えている。


「卒業してバラバラになると中々会えないな」

「そうですね。だからこそ、こういう機会は貴重です」


 僕も美園も親友たちとは離れて就職した。彼女の言う通り、1年に一度集まれる文化祭口実はとても貴重だ。


「会うのが楽しみだよ。今年はいい知らせもあるし」

「はいっ」


 ふふっと笑う口元を押さえる美園白く美しい指には、あの頃とは違う輝きがある。彼女の卒業に合わせて贈った約束の指輪だ。


「それじゃあ、時間までぶらつこうか」

「はい」


 絡めた指にお互い少しずつ力を入れ、僕たちは歩き出した。



「去年も言ったけど、変わらないな」

「去年はよくわかりませんでしたけど、自分が卒業してみて変わらないという言葉の意味がわかりました」


 しばらくぶらぶらと歩いた後、二人にとって思い出のベンチに座って今日と過去の文化祭を比べて懐かしむ。

 文化祭は毎年テーマが変わるし、参加団体の出展内容だって変わる。だから本来「変わらない」という事はあり得ない。


「参加者の方も、来場者の方も、それから実行委員の後輩たちも、みんな変わらず楽しそうです」

「ああ」


 そして美園自身、僕自身も同様だ。満面の笑みを浮かべる彼女に僕も笑顔で応じる。


「私たちはどうでしょう? 変わったんでしょうか?」

「うん。美園はますます綺麗になったし、包容力も増してきてるよ。僕の方はますます美園が好きになった」

「もう。すぐそういう事を言うところは変わっていませんね」

「美園だって、可愛いところも優しいところも変わってないよ」


 ああ言えばこう言う僕に対し美園は呆れてむくれた表情を作ってみせたが、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべた。それだけで彼女が何をしたいのか、もうわかる。そして周囲を見渡す隙も貰えず、美園の唇が僕に触れる。


「キスのしかたが優しいところも、変わっていませんね」

「……美園だってそうだろ」

「あ。照れていますね」


 顔を赤らめながらも自慢げな美園に内心で白旗を振る。多少の慣れは確かにあるが、結局僕は彼女にベタ惚れなのだ。何年経っても不意打ちには弱い。まあこの辺はお互い様ではあるが。


「さあ、そろそろ行こうか」

「はい」


 負けを認めて立ち上がった僕に優しく微笑み、美園は僕の差し出した手を取る。左手と右手を繋ぎ、そのまま笑い合って二人で歩き出す。


「こういうのは慣れたよな」

「はい。さっきのお話じゃありませんけど、慣れた事、慣れない事、変わった事、変わらない事。たくさんです」

「うん――」


 頷いて言葉を返そうと思ったところでスマホが震えた。取り出そうとすると、「あ、いたー」と少し遠くから懐かしい声が聞こえる。

 待ち合わせ場所である委員会室の前ではなく、1ステ前の休憩所辺りで懐かしい面々と出会った。


「遅いから探しに来たよ。久しぶり、マキ」

「まだ時間前だろ?」

「夕飯は飲みに行くんだし、昼はちょっとくらい早くてもいいでしょ?」

「あとお前が彼女とイチャついてると思うとちょっとムカついた」

「わかります」


 彼らの発言の内、最後から二つめを聞いた僕と美園は顔を見合わせて笑った。

 そんな僕たちの様子に全員が怪訝そうな表情を浮かべている。

 そして僕は隣の美園の腰に手を回し、そっと抱き寄せて口を開いた。


「改めて、僕の最愛の人を紹介するよ」

「牧村美園です。改めましてよろしくお願いします」


 最初は実行委員とお客さん、次に先輩と後輩、それから彼氏と彼女。僕たちの関係はこう変わって来た。

 そして今日、ちょうど5年前に美園と出会った文化祭の最終日、奇しくも日付まで同じになったこの日に、僕たちは思い出の土地で新しい関係を始めた。

 これからは夫と妻。いずれは父と母なんて関係性も追加されるのかもしれない。それでも僕と美園である事はずっと変わらない。


 口々に驚く面々を見ながら、僕と美園は互いに優しい笑顔を向ける。きっとこんな姿もずっと変わらないのだと、僕も美園も確信している。
















 一応本編としてはここが最終話ですが、おまけの話をしばらく投稿し続けます。

 本編以上に起伏の無い話ですが、よろしければお付き合いください。

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